第11話 田口家の晩餐



「すっかり芽衣が勉強教えてもらったそうで」


 夕飯の席、仕事から帰ってきた金臣は、保住に頭を下げた。


「余計なことをしました。ついつい。悪い癖です」


「いやいや。そうやって銀太も指導してもらっているんだべ。なにからなにまで、一族でおんぶに抱っこだな」


 昨晩は保住が寝入ってしまっていたので、食事を共にすることはなかったが、今晩はみんな揃っての晩餐だった。田口はともかく気が気ではない。


 保住は金臣に農協の話を聞いていた。保住という男は何事にも興味を示す。飲み会の席で、矢部にアニメの話を聞いてい姿を思い出して笑いそうになった。


 二人の様子を黙って見守っていると、ふと隣に座っていた真樹が、その隣にいた芽衣に声をかけた。


「んでんで、係長さんはどんな感じだったのよ?」


「お母さん、野次馬すんの?!」


「だって〜、いいなー。二人きりで勉強教えてもらったんでしょう? いいなー」


「あのねえ」


 芽衣の声が聞けるのは嬉しい。彼女は目元を赤ている。前の彼女に戻ったみたいだった。保住はいったい、どんな手を使ったのか。


 田口は日本酒を煽りながら、家族の様子を観察した。みんなが笑顔だった。


 田口はこの家族が大好きだ。みんな大切な人。そして、その中に保住がいることが不思議な反面、嬉しく思った。


「芽衣は気難しいからな。迷惑かけてしまいましたね」


 ふと金臣が保住に頭を下げた。保住はゆっくりと首を横に振った。


「そんなことはありません。すごく伸び代がある子だ。やりたいことを支えてやれば、どんどん成長しますよ。田口にそっくりです」


 褒められた田口と芽衣は、顔を見合わせた。なんだか気恥ずかしい。


「やだな。係長」


「田口、その係長ってやめてもらえないか? みんなが名前を呼んでくれないからな」


 それを聞いて父親は笑いだす。


「確かにな。係長さんじゃ、おがしいよな」


 その場が沸いたその時。急に玄関が豪快に開いて男が二人顔を出した。


「なんだい! 銀太が嫁子よめこ連れてきだって聞いたもんだからよ」


「どこのべっぴんさんだい?」


 田口は吹き出す。嫁子よめことは嫁のことだ。やってきたのは隣の家の同級生、名島なじま親子である。昔から家族ぐるみの付き合いだ。明日のクラス会まで顔を合わせたくなかったのだが……。田口は「彼女じゃないし」と呟く。


 名島はキョロキョロと辺りを見渡した。


「なんだよ! 隣のばあちゃんが、見だって言ってたぞ! 銀太も良い年なのに。違うのか!?」


 田口の母親は苦笑して、名島に説明をした。


「来てるのは銀太の職場の係長さんだ。体調崩してだがら療養しに来てんだよ」


 田口の嫁とは誰だ? と一緒になって辺りを見渡していた保住は、そこで自分のことかと気がついたようだ。慌てて名島親子に頭を下げた。


「保住です」


「な、なんだ。男じゃねーか」


「隣のばあちゃん、白内障だがらよ」


 名島親子は笑い出す。


 ——やっぱり連れてくるんじゃなかった!


 保住は笑っているが、穴があったら入りたいくらい。田口の田舎は、やはり田舎なのだ。


「なんで、そうなるかな……」


「そもそも、おめえが早く結婚しねーがら、そう言う噂になんだぞ? 彼女できねーの?」


「悪かったな。仕事忙しいんだよ」


「またまた。彼女できねー奴は、大抵そういう言い訳するもんだ」


「んだな」


「うるさいな。ほっとけよ」


「いじけたぞ」


「うるさい! もう帰れ! 人の家の夕飯に上がり込んで来んなよ」


「こんなうるさくて、療養なんてできねーべ」


 名島に言われて、図星でなにも言い返せない田口は、頭をかいた。 


 ——本当に良かったのだろうか?


 澤井はこんな賑やかな田口家を想定していないだろう。田舎だから静か。そう思ったに違いない。


 保住を療養のつもりで連れてきたはずなのに、逆に負担をかけてしまっているのではないだろうか?


 田口は保住を見た。その視線を受けて、彼は目を細めて笑顔を見せる。あっという間に田口の頭に熱が登った。


 保住は名島父親の言葉に首を横に振った。


「いえ、とても良くしていただいております」


「おお! 都会の人だ」


「なんか訛ってねーぞ」


 東京や大阪のような大都会から来ているわけではない。梅沢市だって、立派な田舎都市だ。県庁所在地があるくせに、中核市にもなれない田舎の都市なのだから、そんな都会扱いをされると、逆に恐縮してしまうものだが、雪割の人たちからすると、梅沢市も立派な都会らしかった。


「明日の同級会、ちゃんと来んだろうな」


「だから帰ってきているんだろう」


「だけどもよ」


「あのさ、わかる? おれは上司を療養させるために帰って来てんだよ。邪魔すんなよ。本当に。さあ、帰った帰った」


 名島息子を追い払うように手を振る田口。


「おめえ、本気で殴るぞ」


「ああ、いいぞ。勝手にしろ」


「銀太の野郎! バカにしやがって」


 同級生同士の攻防は終わりを知らない。そこにいる者たちは、そんな様子にただ笑うしかなかった。






 翌日は、田口はクラス会に出かけた。帰宅して聞いた話によると、保住はすっかり田口家の人たちと打ち解けていた。


 田口の父親や兄とは、まつりごとについて。

 田口の母親とは、田口の梅沢での暮らしぶりについて。

 田口の祖父とは、農業について。

 田口の祖母には、手を握られていた。

 芽衣とは勉強だけでなく、進路についての話をし、小学生組には虫取りに付き合わされたと言っていた。


 最後の晩餐には、近所に住む叔父家族もやってきて、田口家はまったくのお祭り騒ぎだったのだ。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る