第9話 少女の夢は

「ここを出てやりたいことあるの?」


 彼女は頷く。


「お母さんみたいに野菜の研究したい。もっと美味しくて、安定して作れるようになるといい。それに、今まで誰も食べたことのないような野菜作ってみたいの」


「それはそれは」


 保住は感嘆の声を上げた。


「それに。日本のこの技術を発展途上の国にも伝えて、世界中の人に知ってもらいたい」


 ——ある意味自分よりもしっかりしているのではないか?


 自分は地方公務員で精一杯なのに、彼女は世界に飛び出したいらしい。こんなにしっかりした夢を描ける子だったとは。田口は感心していた。すると突然、保住が「素晴らしい!」と両手を打ち鳴らした。田口と芽依は顔を見合わせるが、保住はお構いなしだった。


「素晴らしいな。その年で視野が広い。感心する! それは是非、叶えなくてはいけないな」


「係長。しかし、我が家は古い家ですから。なかなか難しいんですよ。男ばっかりの中でせっかく生まれた女の子です。世界に送り出すなんて。絶対に反対されます」


「田口、なにを言う。お前がそんなんだからダメなのだ。こんな崇高な夢を抱いている姪っ子を見捨てるのか? そんなつまらないことで潰してしまっていい夢なのか?」


「そんなことは言っていませんが」


「では、なにも迷うことはないではないか。親御さんの気持ちは想像はつく。おれは親にはなっていないから、想像することしかできないが……。きっと身を裂くような思いなのだろう。しかし、だからこそ! 可愛いからこそ旅をさせねばなるまい」


「係長」


「彼女のノートを見ると、どうやらやり方を理解していないようだ。やり方さえわかれば、勉強なんていくらでもできる。そんな素晴らしい夢を描けるのだ。きっとセンスがある。勉強だって伸びるぞ」


 芽衣は保住の言葉に顔を赤くした。


「自分の夢は自分で掴み取るしかない。田口にやってもらうことでもないのだ」


 保住は芽衣を見る。


「交渉をするには、相手が納得できる材料が必要だ。君の夢に反対する者たちを、有無を言わせず賛同させるには、勉強して結果を出すしかあるまい」


 保住は芽衣に手を差し出す。


「見せてみろ。ノートだ」


 彼女は一旦は隠したノートをそっと差し出した。保住はそのノートを簡単に眺めてから、「ふむ、今一歩だな」と言った。


「明日、学力テストなんだけど、全然集中できなくて」


 保住はノートを机に置いた。


「テキストを出してみろ」


 芽衣は保住に言われた通り、テキストを引っ張り出す。


「この問題は、大した応用ではない。こっちの基本をマスターしろ。そうすれば、どんな応用でも使える」


 ——始まった。いつもの職場みたいじゃないか。

 

 保住にダメ出しされている芽衣は、まるで市役所にいる自分を見ているようだ。最初は、面食らっていた芽依だが、保住は教え方がうまい。


 いつの間にか、すっかり保住のペースに巻き込まれて、芽依は勉強を始めた。これが始まると、しばらくは終わらないだろう。田口は苦笑いをして、その場所を離れた。



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