第8話 年頃娘




「か、可愛いって……」


 田口は頭のてっぺんまでぶわっと熱くなった。それから、「からかわないでください」と声を絞り出す。保住は「別に。からかっていないだろう」と苦笑した。


「いい話し方だと思うぞ。職場でもそのままいればいいのに」


「係長! 渡辺さんたちにからかわれるだけじゃないですか!」


「梅沢も田舎じゃないか。田舎だとか、都会だとか線引きをすること自体が無意味。おれは、雪割の人たちの言葉は温かくていいと思う。気に入った」


 田口は頭をかくしかない。地元の言葉を褒められたことなどなかったからだ。なんだか気持ちの置きどころに困り、視線を彷徨わせると、昼食を終えたのだろう。半分開かれた障子の間から、芽依の姿が見えた。

 

 以前、帰省した時はこんな感じではなかった。「銀ちゃん、銀ちゃん」と彼の周囲をまとわりついていたものだった。


 それがどうしたことだろうか。彼女は自室にこもりがちだ。思春期とは、こんなにも難しいものなのだろうか。なんと声をかけたらいいのかわからない。


 田口がしばらく芽依を見ていると、ふと隣にいた保住が動いた。


「なにやら行き詰まっているようだな」


 彼が芽衣に声をかけるだなんて、思いもよらないことだった。田口は目を見張る。芽衣も、弾かれたように顔を上げてから、さっとノートを隠した。


「別に。なにもない、です」


「なにもない顔はしていないぞ。失礼する」


「係長……!」


 年頃の女の子の部屋に入るのは、身内でも恥ずかしいのに、彼は御構い無し。芽衣は初対面に近い保住を警戒しているようで、じっと二人を見返していた。


「こんな見てくれてだが、少しは人生の先輩だ。困っていることがあれば話すのが一番だ。黙っていても、誰も察してくれることなんてないのだ」


「別に……なにも……」


「ほら、の田口がよく話を聞きたいと言う顔をしているぞ」


 保住は田口の背中をばしんと叩く。押し出された田口と芽依の視線が合った。なんだか気恥ずかしいと思っているのは自分自身かも知れない——。田口はそう思った。


「係長!」


 芽衣と話せるきっかけを作ってくれた保住に感謝をする。


「なにか心配事でもあるのかい? おれも、なかなか帰ってこないからさ。悪いんだけど」


「別に……銀ちゃんのせいじゃないし」


「でも、もっと頻繁に帰れれば、芽衣ちゃんの相談にも乗れるし。あ! おれなんか相談相手にならない話?! ごめん! 余計なお世話かよ?!」


 田口は、顔を赤くした。もしかして、好きな子の話だったりして……と思ったからだ。


「な……なんで銀ちゃんが赤くなる訳?」


「だって、好きな子の事、とか?」


 田口の言葉に、逆に芽衣が顔を赤くする。


「そんなんじゃないよ! 彼氏もいないし、好きな子なんていないし。こんなで、そんな子いないし」


「ど田舎?」


 保住はその言葉を繰り返した。そこで田口も気がついた。


 ——ああそうか。


「もしかして、進路のこと? 将来のこと。悩んでいる?」


 指摘された芽衣は、はっとして視線を落とした。


 ——図星か。こんな田舎から抜け出したいのか?


 彼女は観念したのかポツポツと話し始めた。


「お父さんとお母さんには言えない。じいちゃんたちにも。本当は、ここから出てやりたいことがあるんだけど、女の子は地元に残ってればいいって。いつも言ってっから」


「芽衣ちゃん……、ここじゃないところに行きたいのか?」


「もっとちゃんと勉強して、やりたいことあるんだ。地元の高校には行きたくない。でも、勉強も捗らないし。誰にも相談できないし。なんだか、最近嫌なことばっかりだし」


 随分、悩んでいたのだろう。大人の田口でさえ、ここを出たことを悩むのだ。彼女にとったら深刻な問題だ。


「銀ちゃんなら気持ちわかってくれるかな? なんても思ったけど忙しそうだし。電話もできないし」


「芽衣ちゃん。ごめん。気がついてやれなかったね」


「銀ちゃんが悪いんじゃないよ。忙しいでしょう?」


 田口は保住をちらりと見る。


「まあねえ」


「忙しくさせているつもりはないが」


「そうでしょうか?」


 保住は鈍感。仕事のことは切れ者だが、そう言うところは鈍感なのだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る