第6話 よく働く男

翌朝。田口は早々と身支度を整える。帰省の目的であるクラス会は、明日の午後なので、農業の手伝いをするつもりでいたからだ。


 祖父と父親は、いつもの通りに畑仕事に出かけていったようだ。

 兄の金臣夫婦も仕事に行った。中学生の芽依は部活。小学生の二人組は寺子屋行きだ。


 この地域では夏休み、小学生たちは近くの寺に集められて宿題をさせられる。この夏場、農家は忙しい。長い休みで自宅にいる子どもたちに構ってはいられないのだ。寺の住職の好意で、特設の夏期学童クラブが開催させれてというわけだ。


 この仕組みは田口の幼少時代から続いている。なんだか懐かしい思いに駆られた。午前中で学童クラブが終わると、昼食を摂りに自宅に帰る。それから午後になると、友達と連れ立って学校で解放されているプールに行く。これが夏休みの日課だった。


「係長。行ってきます」


 まだ起きられずに、とこにいる保住に声をかけると、彼は申し訳なさそうな顔をしていた。


「すまないな。田口」


「いいのです。お休みいただくために来ていただいたのです。ゆっくりとしていてください。昼には戻りますから。あ、それから——」


 保住は閉じかけていた瞼を持ち上げた。


「おれがいない間は、ここから出ないようにしてくださいね。広いので迷子になりますよ」


「冗談に聞こえないな。心しておこう」


 彼は微笑を浮かべると、そのまま瞼を閉じた。田口はその様子を確認してから自室を後にした。


 田口家の人間たちが保住に多大なる興味を抱いていることは一目瞭然だった。みんなが出かけたとは言え、この家には要注意人物である母親が残されているのだ。彼女が保住にちょっかいをかけることは目に見えている。胸騒ぎがしてならなかった。


「あら、銀太も行くのね」


 玄関に行くと、母親が竹ぼうきを持って掃除をしているところだった。


「係長さんはどうだい?」


「寝ているから。そっとしておいてよ。母さん」


「わかっていますよ」


「いいね? 声かけたりしないでよ。おれ昼には戻るから。それまでは寝かせといてあげて」


「わかっているって。——もう! あんだ、私をなんだと思っているの」


「絶対に係長にちょっかいかけるに決まっている。いいね? 絶対に声かけないでよ」


 田口は母親に釘を刺してから、家を後にする。太陽はもう高く上がってきていて、ジリジリと熱い夏の一日だった。



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