第2話 スケールの違い

「不慣れなところで一人で寝かせておく訳にもいかない」と田口の母親は言った。


「あんだの部屋に布団おいといたからな」


 田口は悲鳴をあげそうになった。


「な、なんでだ。部屋はいくつもあるだろう?」


「だって。何かと不便だろう? 体調も思わしくないんだがら。あんだがそばにいないでどうすんだよ」


 彼女はそう言ったかと思うと、さっさと奥に引っ込んでいった。田口は隣に立っている保住に頭を下げた。


「すみません。他の部屋も準備できるのですが。おれと一緒ではゆっくり休まりませんね」


「いや。ありがたい配慮だな。右も左もわからん。こんな豪邸で迷子になりそうだ」


「豪邸だなんて」


 田口は大きいからだを縮めながら、保住を案内した。田口の自宅は昔ながらの農家だ。古い木製のガラス窓。夜には雨樋を閉める。ギシギシと軋む廊下を右へ左へと折れて、とある障子戸を引いた。


 ここが彼の自室だ。「どうぞ」と保住を招き入れると、彼は部屋を見渡して「お前の部屋は多目的ホールか」と笑った。


「変ですか?」


「何畳あるんだ?」


「えっと。十五畳です」


 保住は笑いだす。


「通りで」


「え?」


「いや。きっちりしている割に、たまにスケールのでかいことを言い出すのは、こういう環境で育ったからだな」


「そうでしょうか」


「こんな広い部屋で、悠々と過ごせるなんて羨ましい」


 田口にとったら当たり前が、保住には当たり前ではないらしい。なんだか恥ずかしい気持ちになった。間を持て余してしまう。保住とは、仕事では一緒だが、プライベートで時を過ごすのは初めてだ。何を話したらいいのかわからなくなってしまったのだ。


 田口は黙々と布団を敷くと、保住を促した。


「どうぞ、ここで」


 彼の顔色は蒼白だ。田口の家族との会話で疲弊しているに違いない。保住は頷くと、素直に布団の上に移動した。


「おれ、ちょっと用足しをしてきますから、着替えをして横になっていてください。夕飯は別に一緒にしなくていいんで。ここにいてもらって大丈夫です。後、トイレはここ出て右の突き当りなんで。古いので驚かないでくださいね」


「ありがとう」


「では、また来ます」


 田口は頭を下げると廊下に出た。


 後ろでに障子を閉める。物音ひとつしなかった。きっと直ぐに横になっていることだろう。


 田口はずっとドキドキしていた。

 保住が直ぐそばに感じられて、ドキドキが止まらなかったのだ。


 長い長い廊下は古びていて、田口が歩くたびに鈍い音を立てる。久しぶりに感じた埃臭い匂いは懐かしい。


 ——帰ってきたんだ。係長と。


 居間に近づくにつれ、賑やかな声が耳をつく。田口の嬉しい気持ちは、一瞬で萎えた。


 田口家の面々が大人しく保住を放っておくはずがないと思った。保住に家族の恥をさらすようで気が重かった。嬉しい反面、これからのことを考えると頭が痛んだ。


 田口は大きくため息を吐いてから、居間を目指した。




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