第8話 閻魔大王の頼み
「剣道か。なかなかいい選択だ。まったく! あいつはからだの管理には無頓着で知識もない。教えてやれ。おれは部屋が別だし、四六時中見張ってるわけにも行かん」
「局長」
「それから、保住がいない間、お前が資料の説明に来い」
「え!?」
——嘘でしょう?!
田口は背中に嫌な汗が流れていくのを感じる。
「どうやら、お前たちとおれの言語はかけ離れているらしい。今まで気がつかなかったたが、保住の通訳があって初めて理解できる。あいつほどではないが、お前の説明もなかなか理解できそうだ。文章の意味が理解できないと業務に支障を来す」
——そう言う事か。
保住フィルターを通ることで、簡潔に端的に整理された書類が澤井の所に上がる。
そのお陰で、澤井の仕事は滞りなく進んでいたようだ。それが一週間が経ち、綻びが出ているのだ。その保住の役割を代行しろと言うのだから無茶な話だと思った。
「わかりました。しかし、金曜日は夏休み休暇をいただいておりますので……」
「こんな忙しい時に。夏休み休暇だと? 悠長なものだな」
「すみません。迷ったのですが、実家で色々とあるものですから」
澤井はふんと鼻を鳴らす。
「休みの理由など問うつもりはない。タイミングの話だ」
田口は「すみません」と頭を下げる。
「仕事に戻れ」
「失礼いたします」
いらぬ仕事は増えたが、保住の状況はわかった。目的は果たしたから、少しでも早くこの部屋を出たい。そう思ってドアノブに手をかけると、澤井から声がかかった。
「お前の
唐突な質問に田口は振り返った。
「えっと。
「高速で飛ばして一時間か。米どころだな。——農家か?」
「はい。昔ながらの農家です」
自分のプライベートに興味があるようには見えない。澤井の真意がわからず、戸惑いながら答えた。
「お前に頼みがある」
「はい?」
澤井は真面目な顔で田口を見ていた。
*
澤井との
三人は田口を心配していたようで、彼の姿を認めると安堵の表情を浮かべた。田口は澤井から聞いた保住の様子を伝えた。
「係長。明日、退院だそうです」
田口の声に、一同は喜びの声を上げた。
「うおおお」
「それはよかった!」
水を差すようで悪いな……と思いつつ、田口は付け加えた。
「一週間は自宅療養予定だそうですが、」
「だけど、係長のことだから」
「きっと」
「来ますよね?!」
みんなは、同じことを考えていたらしい。
「それじゃ、必死に仕事しないとやばい!」
「間に合わないぞ」
「あの。もう一つ」
言いにくそうに、田口は三人を見た。
「書類の説明におれが来いと言われました」
三人は気の毒そうに田口を見る。
「お前。きっと
「係長がいないから、いじる相手いないからな」
「生贄だな」
「……すみません」
盛り上がった部署は一気に寂しげな雰囲気に盛り下がったのだった。
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