第7話 クズが
あれから一週間が経過した。結局、一度断られてしまった面会には行けず仕舞いだった。断られたのは、保住の病状が理由だと理解していても、何故か自分の存在を否定されてしまったように感じられたのかも知れない。
何を怯えているのだろうか。田口は自分自身の気持ちがよく分からずに、ふわふわと雲の上を歩いているような、地に足がつかない一週間だった。
パソコンで文字を打っては、間違いに気がついて消す作業を繰り返す。そんな無駄な時間を過ごしていると、渡辺がお腹を抑えながら帰ってきた。
「アイタタタ……」
「大丈夫ですか? 渡辺さん」
谷川が心配そうに声をかける。
「キツイ……胃がやられてきた。おれには無理だ……局長の面倒をみるのは。おれには無理だ」
「おれでも無理ですよ」
矢部も「同感」と頷いた。
「おれは、一生、
渡辺はそう叫んだ。正直、彼の本音だろう。
「早く帰ってきてーー! 係長!」
この一週間で振興係は疲弊している。係長代理の渡辺は胃を壊し、矢部はストレスで不眠らしい。谷川も食欲がなく、ますます痩せて見えた。
保住たった一人が抜けただけでこの有様だ。保住の影響力は、計り知れない。
田口はまるで前職にいた頃に逆戻りしたみたいだった。仕事が面白いと思えない。保住が戻ってきた時に、喜ばせたいとは思っていても、なかなか仕事が捗らないのだ。
明後日の金曜日に夏休み休暇をもらって、週末休暇と合わせて二泊三日で実家に帰るつもりだったが。
とてもそんな気分にもなれなかった。夏休み休暇をもらうのはやめて、実家への帰省も延期した方がよさそうだ。
田口は満身創痍の先輩たちを見渡してから、首を横に振った。このままでは復帰した保住をがっかりさせるだけだ。不安な気持ちを押し込めて、敢えて明るい声を上げた。
「もう少しですよ! きっと係長、戻ってきます。頑張りましょう。このままでは係長をがっかりさせてしまいます」
「田口」
三人は田口を見返していた。
「へこたれてきているのは、おれも同じです。全く使い物にならなくてすみません。こんなおれが偉そうに言えることではありませんが」
「わかっているけど……」
みんな同じ気持ち。先の見えないトンネルみたいで頑張れないのだ。それなら……。田口は両手をついて立ち上がった。
「おれ、局長に聞いてきます」
「え?!」
「係長の容態とか、退院の目処がどうなっているのかとか。それがわかれば、みんな頑張れます」
「嘘だろ? お、お前! 局長のところに乗り込む気か!?」
「待て、待て!」
「田口ー!」
必死に止める三人を他所に、田口は「行ってきます」と言って事務室を後にした。
保住の容体は佐久間でも把握していない。なら澤井に聞くしかない。ほかに術がないからだ。
「田口!」
「やめておけ!」
「減給だぞ」
後ろから三人の声が聞こえてくるが、お構いなしだ。田口は廊下に出ると、さっさと澤井の部屋をノックした。
「誰だ」
「田口です。お話があります」
——門前払いか?
そう思ったが、澤井はあっさりと「入れ」と言った。
「ありがとうございます」
中に入ると、いつもと打って変わって、彼の机の上には書類が山積みだった。珍しいことだった。いつもはもっと整然とされている局長室なのに。
「くそっ、意味がわからんな。こんな書類作りやがって、クズがっ」
彼は文句を吐くと、田口を手招きする。
「おい、お前。この企画書を説明しろ」
「え?! は、はい」
田口は慌てて澤井の元に駆け寄った。
澤井が「クズ」呼ばわりしている企画書は、矢部が書いて、渡辺が提出したものだった。内容を聞いていてよかった。田口の説明に、澤井はじっと目を閉じて黙っていたが、ふと声を上げた。
「なんだ、そんな話か。じゃあそう書けよ! 馬鹿者。返却。書き直し」
「すみません」
「お前のではないのだろう。自分のことではないところで謝罪するのは、なんの意味もない無駄な行為だ。やめろ。目障りだ」
「はい……」
澤井は頭をかいた。
「通訳がおらんと、こうも仕事が滞るものか……」
「通訳……」
田口が呟くと、澤井はそこで初めて田口を見る。
「で、なんだ。お前」
「振興係の田口です」
「そんなものはわかっている。なんの用だ」
「仕事とは関係ないのかもしれないですが……」
「グズグズ言うのは嫌いだ。要点を言え」
澤井は真っ直ぐに田口を見た。
「係長の容態が知りたいのです。局長ならご承知なのではないかと」
——そんなこと教えてくれないんじゃないか?
そんな危惧が脳裏を掠める。しかし。澤井は「明日退院だ」と言った。あまりの答えに、田口は耳を疑った。
「本当ですか? あ、明日ですか?」
「嘘を言っても仕方あるまい。今回はやっと戻ってきた感じだな。一週間は自宅療養を言いつけたが、多分、来週から出てきてしまうだろうな」
澤井はデスクに肘をついてからため息を吐いた。
「今回ばかりは、ダメージが大きい。復帰してもお前がきちんと管理してやれ」
「お、おれですか?」
「他の奴よりは使えそうだ。体型からしてスポーツをしてきたのか。体調管理の術くらい心得ているだろう」
「剣道をやってきましたので、多少は……」
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