第6話 夕暮れ時の後悔

帰り道だった。田口は、渡辺から聞いたクリニックの前に立つ。


 寄っていいものか考えあぐねた結果、やはり寄ってみようと心に決めたのだ。


 保住がいない振興係は、まるでお通夜のように静かだった。残業をする気持ちにもなれず、渡辺の解散宣言に合わせて、田口たちは帰途についた。


 渡辺に教えてもらったクリニックは市役所のはす向かいにあった。


「ここかな?」


 古ぼけた建物だった。市役所の本庁と築年数が近いのではないかと思われる石造。入院施設というと、大きな総合病院のイメージだったので、こんな小さな病院で入院設備があるのだろうかと疑問になった。


 正面入り口には、「本日の診察は終了しました」と書かれた札がぶら下がっていた。そしてその下に小さく「入院患者への面会は西口よりどうぞ。面会時間14時〜20時まで」と書かれていた。


 田口は小さく頷いてから、西口と矢印で指し示されている方に足を向けた。


 橙色だいだいいろの薄ぼんやりした明かりが灯る小さい丸電気を頼りに、薄暗い脇道を歩く。

 

 建物に沿って裏に回り込むようだ。舗装された細い脇道をしばし歩いていくと、白いペンキが剥がれている古い腰高の木戸があった。


 こんな古い病院が信頼できるのだろうか。総合病院の方がいいのではないか——。何故澤井は保住をここに運び込んだのだろうか。


 そんな疑問を胸に、木戸に手をかけると、施錠されているようだった。戸惑って辺りを見渡す。扉の横に「呼び出しベルを押してください」と記載されていた。


 指示通りにボタンを押すと、すぐに落ち着いた低めの女性の声がインタホンから聞こえた。


『はい』


「あの、面会したいのです。入院されている方の。面会は可能でしょうか?」


『患者様のお名前は?』


「えっと、保住さんです」


『大変申し訳ありません。保住さんはしばらく面会に制限をかけさせていただいております。……ご親族ですか?』


 田口は口ごもってしまった。


「いえ。すみません。職場の部下です」


『少々お待ちください。確認いたします』


 ジリジリとした機械的な音が途切れた。


 ——入院はしている。ここで間違いない。しかし、悪いのだろうか?


 しばらくして、かちゃんと何か繋がる音がしてから、先程の女性の声が聞こえた。


『申し訳ありません。本日の面会はお断りしております』


「やっぱり悪いんですか?」


『病状についてもお答えしかねます。明日以降においでください』


「……わかりました」


 ダメなものはダメなのだろう。田口は肩を落として、今辿ってきた細い道を引き返した。


「保住さん……」


 ——心配だ。不安だ。


『田口』


 保住の顔が脳裏に浮かぶ。


 ——もう会えなくなったらどうしよう。まだ、なにも始まっていない。


 話したいこともある。

 聞いてみたいことだらけ。

 教えてもらいたいことだらけ。


 ——知りたい、知りたい。


 あなたのことが知りたいと思った矢先なのに、こんなことになるなんて。


 ——なぜ、気がついてあげられなかったのだろう? おれは……。


 田口は拳を握りしめた。自分の不甲斐なさに怒りさえ覚えた。保住を失うかも知れぬ不安に、心がざわついている自分を持て余していたのだった。








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