第3話 熱中症



 保住を抱えた澤井は庁舎では目立つ。すれ違う人たちは、あっけに取られて見ているが、そんなことは御構いなしだった。彼は迷うことなく庁舎を出ると、車道を横切り右手に曲がると、近所の古めかしい建物に入った。


「すまないが、急患だ」


 突然入ってきた男が、人間を抱えている光景は非日常だろう。受付に座っていた中年の女性は、あっけに取られて動けないできた。澤井は女性の反応をじっと静かに見返した。


「話にならんな」


 独り言のように呟くと、騒ぎを聞きつけたのか、奥の診察室から初老の男が顔を出した。


「澤井さん。なんだい。またその子?」


「先生、いつもすみませんね」


 白髪混じりの短髪に眼鏡の男は、白衣が妙に白く光って見えた。


「中、入って」


 澤井は頷くと、保住を抱えたまま診察室に入った。待合室にいた高齢者たちは、澤井に視線を遣す。彼は軽く会釈をして「急患です。申し訳ない」とだけ声をかけた。


「熱中症かと」


 澤井の言葉に医師は頷く。


「だろうね。この暑さだし」


「ええ」


 医師は看護師にテキパキと指示を出す。呑気そうな雰囲気が、一変し診察室の中は慌ただしくなった。


「クーリング。ルートも確保もしてください」


「生食ですか?」


「いや、いつもの捕液にしようか。一気に入れていいよ」


「はい」


 医師に促されて、診察室のベッドに保住を寝かせる。彼は必死に目を開けようとしているが、ままならないようだった。


「目を閉じていて大丈夫ですよ」


 医師は優しく囁くと、保住の瞼を手の平で覆った。


「クールビズのおかげで、庁内の室温と湿度が高いのです」


 澤井は首筋の汗をハンカチを拭った。病院の涼しさにホッとした。市役所の取り決めとはいえ、澤井自身も蒸し風呂のような暑さには参っていた所だ。


「好ましくないものが始まりましたね」


 澤井との会話をこなしながら、医師はテキパキと保住に処置を施す。


「熱が40.5度。血圧は94の50。脈は120。酸素飽和度サーチレーションは87か。呼吸はしているな」


 彼の計測値を看護師は手際よくカルテに書き込む様子を眺めながら澤井はじっと様子を伺っていた。


「意識レベル際どいな。点滴して冷やしてどうかな? 血液検査、ガスね」


 医師はそう言うと澤井を見た。


「澤井さん、悪いけど処置するから待合室でお待ちいただけますか」


「わかりました」


「うーん。重症だな」


 医師のつぶやきを背中に受けて、澤井は待合室に出た。


「保住、踏ん張れよ」






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