第18話 初戦


 拳を握りしめて、変な汗が背中を伝わるのがわかる。この時間は、本当に嫌だと思った。カサカサと紙のめくられる音だけが大きく聞こえた。


「そうだな。六十点かな」


 保住の声に、息を潜めていた他の職員たちは表情を明るくした。


「やったな! 田口」


「本当だ。係長のお眼鏡にかなったのなら安心だ」


「し、しかし。まだまだ合格ラインギリギリですが……」


 とは言いつつ、嬉しいのは嬉しい。


「十点からの進歩だぞ!」


 渡辺は手を叩いて笑顔を見せた。まるで我がごとのように喜んでくれる先輩たちに、なんだかくすぐったい気持ちになった。


 保住はネクタイを締め直した。


「係長?」


「田口、それ持って局長のところに行くぞ」


「係長?! 六十点で勝負するんですか?」


「結構、ギャンブラーですね……」


 矢部と谷川の言葉に田口は不安になった。


「えっと」


「企画書ができ上がったら、担当者が直々に局長にプレゼンするんだよ。OKないと話し進められないだろう?」


 谷川の説明に「確かに」と頷く。企画書を作るのが目的ではない。事業の実施が目的なのだ。


「六十点で大丈夫でしょうか?」


 不安そうな谷口の言葉に保住は笑顔を返す。


「例え九十点の企画書でもプレゼンがダメならダメです。田口、六十点でもお前のプレゼンしだいで九十にも百にも跳ね上がる」


 ——プレッシャー……。


 田口は胃が痛んだ。


「係長、それは励ましというよりプレッシャーですよ」


 渡辺は苦笑。


「そうですか? 励ましているつもりですが……」


 瞬きをする保住は悪気がないらしい。そのことはよくわかった。


「行けます」


 田口は深呼吸をして保住を見る。それを受けて彼は頷くと、廊下に出ていった。


「頑張れー」


「局長の目を見るなよ」


「うまく行ったら歓迎会してやるぞ!」


 励ましなのか、アドバイスなのか、意味不明な言葉に背中を押されて廊下に出る。澤井の部屋は廊下を挟んで向かい側だった。


「お前のやり方でやればいい」


 隣に並んだ保住の手が田口の肩に添えられる。緊張のドキドキが、別なドキドキに変わるのがわかった。


「了解です」


 田口の返事を聞いてから、保住はノックをして扉を開けた。澤井の返答など関係ないということだ。


「入りますよ。局長」


 ずかずかと入っていく保住の度胸には脱帽だ。田口も恐る恐る後に続いた。


「返答しておらん。勝手に入ってくるな」


「いいじゃないですか。どうせいるのは知っています」


「お前な」


 澤井は、保住に一瞥をくれてから田口を見た。



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