第6話 お前、おれが嫌いだろう?
「それより——」
「なに?」
田口の言葉に、ハンドルを握っている保住は目を瞬かせた。
「自然な流れで係長に運転していただいていますが、すみません。また。運転させてしまいました。——まったくダメ部下です」
「また、その話題?」
保住は笑い、そして続ける。
「行き先、お前に言ってないし。運転されても困る」
「星野一郎記念館ではないですか? 確かにおれは、徒歩で通勤していますが、運転が苦手なわけではないんですから。そろそろハンドルを握らせてください」
「そうきたか! おれのこと、信用してもらえないんですか的な卑屈発言」
「では、どういう意図があるのですか?」
からかわれているみたいで面白くない。上司に減らず口を叩くタイプではないはずなのに。保住といると、ガードが緩くなってしまう。あの緩い感じに自分もされてしまうのが怖かった。いつもの自分でいられなくなる。
「おれが運転好きなだけだ」
「係長!」
「怒るなよ。本当のことなのに……」
田口は黙り込んだ。この一か月、とても騒がしくて、心が落ち着かない。
入庁してから初めての事ばかりだった。いつも同じであるということが、心の安寧をくれると信じているのに。保住といるとそんなぺースが乱されてばかりだった。着いて行こうとすればするほど、精神的に疲弊していく気がする。
「お前、おれが嫌いだろう?」
田口は言葉に詰まった。「はいそうです」とも言えないし「いいえ違います」と咄嗟に言葉が出なかったのだ。
動きが止まってしまっま田口を見て、「図星」と気がついたのだろう。保住は、面白そうに笑った。
「ち、違います」
「あー、やっぱり図星だろ!」
「な、なんでそんなことを言うのですか」
「だって、すっごく嫌そうな顔ばかりだ」
「そうでしょうか」
感情が表情に出ないということは、ずっと欠点だと思っていた。なにを考えているかわからないと、よく言われていたからだ。
しかし社会人になると、それは長所でもあった。面倒なことに巻き込まれずに済む。余計な感情を相手に勘付かれないのは、大変便利だった。しかし。保住は田口の気持ちを瞬時に当ててくる。
——なぜ、わかるのだ。
雰囲気でわかると言っていた。
——怖い。
感情を読まれずに済むというのとは、田口にとったら他人との境界線——言わばセーフティ機能である。
——もしかしたら、係長以外の人にも自分の感情はダダ漏れなのだろうか? おれ一人、気がつかなかっただけなのか? ……怖い。
田口は黙り込んだ。そんな彼を横目に見ていた保住は苦笑した。
「そんな不安そうな顔をするな。お前の気持ち、わかる人間はそうそういないぞ。安心しろ」
「係長」
「すまない、立ち入った話だったな」
「いいえ」
——上司の前でいい部下を取り繕えないなんてお粗末だ。
面倒な男に当たった。仕事だけこなせればいい。自分の内面にまで踏み込まれたくないのに。保住という人間は、田口の人間性にまで触れようとしてくるのだ。
嫌いだった。苦手だった。全てが嫌だ。だらしのない格好も。それから、自分よりも若いのに、周囲の人間をうまくまとめる能力の高さも。
そして、自分の心を大きく揺さぶってくるところも。市役所に来てから、大人の社会を学んだ。人を信頼してはいけないと学んだ。それなのに。彼は田口に何を求めているのだろうか?
とにかく嫌だった。まだ配属されたばかりだというのに。1日でも早くこの部署を離れたいと思っていた。
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