第2話

 ひょっとしたら、この少女はあの男の娘なのかもしれない。

 投資家であり大富豪のバン=ローレライン。ローレラインの妻である、バン=カルネラが、今回のクライアントだ。この少女の母親は、ローレラインの愛人である。八十歳近いローレラインであるが、噂以上のタフネスぶりだ。同じ男として、頭が下がる。

 今回の案件は、妻が夫の不倫相手と、その子供を始末するという依頼だ。カルネラもこの少女が、旦那の子供だと疑っていたのかもしれない。カルネラは確か六十代のはずだ。いくつになっても、嫉妬というものは、なくならないようだ。この子の母親は、まだ二十代で美しい容姿をしていた。孫ほどの年齢の隔たりを埋めるのは、やはり莫大な財産なのか。金の為に働く事が、正当化された気がした。

「おじちゃん、おじちゃん! どっちだ?」

 寝そべる少女が、体の前で左右のこぶしを動かしている。左右のどちらかを選んで欲しいようだ。少女は大きな瞳を輝かせて、俺を見上げている。年頃になったら、美しい女性になるだろう。その頃まで、生きていられたらの話だが。きっと、左右の拳には、飴が握られているのだろう。正直、甘いものは、あまり好きではないけれど、少女の右手に触れた。少女は、ゆっくりと右手のこぶしを開いていく。案の定、少女の手の平の上には、飴が乗っていた。ピンク色の紙に包まれている。

「当たりぃ!」

 嬉しそうに少女は、手足をバタバタと跳ねさせた。当たり? 実は、左手のこぶしから、黄色の包み紙が、少し見えていた。きっと、少女は、ピンク色が好きなのだろう。少女から飴を受け取った俺は、指で摘まんだ飴を茫然と眺めた。視線を少女に向けると、俺が飴を口に入れるのを楽しみにしているように見えた。が、彼女の期待に応えてやる気になれない。まさか毒でも入っているのでは、そんな疑いはない。単純に、甘みを体が欲していないだけだ。

 ニコリとほほ笑んだ少女は、左手をポケットに入れ、ピンク色の飴を取り出した。そして、飴を口に含む。ん? と、首を傾げた。どうして、黄色の包装紙の飴をしまって、ピンク色の包装紙の飴をわざわざ取り出したのだろう。ピンク色が好きなのだろうけど、中身も違うのだろうか? 少女は、両手で頬を挟み、幸せそうに目を閉じた。

 きっと、これが少女の短い人生最後の幸福なのだと思うと・・・特に何も感じない。これまでも、そうだったのだから。これまでに、沢山の人間の人生を終わらせてきた。老若男女分け隔てなく、平等に扱ってきた。例え、対象が小さな少女だとしても、特に心は痛まない。道徳とか倫理とか、そんな腹の足しにならないものは、とうの昔に捨てた。

 仕事をまっとうして、金を頂くだけだ。気が付くと、少女がジッと俺を見上げている。摘まんだままでいる飴が気になるのだろう。飴を投げ捨てて、空いた手で拳銃を引き抜くだけだ。が、少女に見つめられながら、飴を捨てる事に抵抗があった。引き金は引けるのに、飴を捨てる事に戸惑う様に、なんだか笑えてきた。善悪の価値観が破綻している。今ほど、『ロクな死に方はしないだろうな』と、強烈に感じた事はない。

 包装紙を破いて、飴を口に含んだ。思った通り、甘ったるい。苦虫を噛み潰したような顔になっているだろう。眉間に力が入り、顎の辺りに違和感を覚えた。

「ね? 美味しいでしょ?」

 俺のどの部分を見たら、美味しそうに見えるのか疑問だ。飴を舌で転がして、吐き出すタイミングを伺う。しかし、少女は、視線を外してくれない。ああ、そうかと、俺はスーツの内側に手を入れる。指先に、拳銃の感触が伝わった。

 少女の額に銃口を押し付け、強制的に目を閉じさせれば良いのだ。

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