嘘つきショートホープ
ふじゆう
第1話
嘘つきショートホープ。それが、俺の名前だ。勿論、本名ではない。仕事上のあだ名のようなものだ。いつの間にか、同業者からそう呼ばれていた。直接呼ばれる事はないけど、陰でそう呼ばれていると聞いた。
特段、仕事に思い入れやプライドがある訳ではない。ただ、実入りが良いというだけで、長年嫌々やっている。中には、この仕事を天職だとほざく奇人変人もいる。理解に苦しむ。ただ俺には、才能があるようで、未だかつて一度もミスをした事がない。能力と好みは、別物のようだ。
唯一、気に入っている事があるとすれば、一度のミスが命取りだという事だ。たった一度のミスも許されない、このひりつく緊張感は気に入っている。
―――殺し屋。これが俺の仕事だ。
そして、たった今、初めてのミスを犯したところだ。たった今ではないな。確かに、ターゲットを殺し損ねはしたが、俺の一番のミスは、クライアントの選択ミスだ。あのババアの執念を見誤った。
血まみれの少女を膝に抱え、スーツの内ポケットに手を入れる。煙草とジッポライターを抜き出した。俺のあだ名の由来の一つであるホープという煙草に火をつけた。十本入りの小さな煙草だ。ショートホープと呼ばれている。
煙を吸い込むと、激しくむせ返った。口から血液が飛び出し、少女の顔に付着した。俺の膝の上で寝息を立てている少女の顔に、手の甲を当てる。起こさないように、そっと血を拭き取ってやった。少女に付着している血液は、全て俺のものだ。肺に穴が空いているのかもしれない。陽の光が届かない細い路地の片隅で、ビルの壁に背を当て座り込んでいる。背中に受けた切り傷も、思ったよりも深そうだ。壁にもたれているだけで、悲鳴を上げそうなほどの痛みが走る。だが、少女を抱えて全力疾走した足腰は、もっと悲鳴を上げていた。
「煙草は、体に悪いからやめた方がいいよ」
咳の激しさと、伝わる振動で、少女は目を覚ましてしまったようだ。あのまま、ずっと眠っていた方が良かったのかもしれない。
この子の母親は、殺されてしまったのだから。確認はしていないが、あの状況では、生きてはいないだろう。俺は、この少女を連れて逃げるので、精一杯だった。
「ご忠告、ありがとよ」
むせ返りながら、煙草を吸って、煙を吐いた。体の事を気に掛けるならば、直ちにこの仕事を辞めた方が良いだろう。
別にこの少女を助けた訳ではない。この少女も、ターゲットの一人なのだ。つまり、母子ともに始末しろという案件であった。クライアントのババアもそうとうエゲツナイが、俺も俺でなかなかだ。仕事を引き受けたのだから。
予想外な事は、現場で同業者とバッティングした事だ。獲物を取り合う形になった。これもババアの魂胆なのだ。同業者三人に、同じターゲットを狙わせた。莫大な財産に物を言わせて、下品な真似をする。ターゲットを奪い合わせ、始末の確率を上げ、互いに食い合わせ口封じだ。
これだから、金持ちはいけ好かない。
それにしても相手が悪かった。ババアもそうだけど、鉢合わせた同業者の面子だ。俺は、この仕事の能力と成功率が高い。しかし、中の上もしくは、上の下といったところだ。どうあがいても、上の上には勝てないし、勝てたとしてもよっぽど最適な条件がそろった時だけだ。運の要素が強すぎる。
この業界で、上の上である有名どころと言えば、ギンバエ、カマキリ、スズメバチ、ハリネズミ、コブラ。この五人だ。少し前まで、阿吽兄弟というのもいたが、コブラにやられたと聞いた。この五人は、まさに化け物だ。そう、不運にもバッティングしたのが、カマキリとスズメバチの二人だ。敵う訳がない。
名は体を表すのか、体は名を表すのか分からないけど、二人はコードネームを体現していた。カマキリは、両手に草刈鎌を持っていたし、スズメバチはアイスピックを持っていた。
背中に×印のようにつけられた切り傷は、カマキリによるものだし、肺に穴があいているのかは定かではないが、スズメバチに胸を貫かれた。
俺が、少女を抱えて逃げたのは、ターゲットを全て奪われない為だ。母親の方は諦め、少女だけでも始末しようと目論んだ。そう思っていたのだが、もう体に力が入らない。それでも、あいつらに一泡吹かせてやれたのは、気分が良い。
それにしても、この少女は、とんだ災難だったな。母親が殺されたのだから、ここで始末してやった方が、幸せなのかもしれない。
「ねえ、おじちゃん。飴玉食べる?」
俺の膝を枕にしている少女が、両手の握りこぶしを突き出した。現状を理解していないようで、屈託のない笑みを浮かべている。
俺の想いとは裏腹に、呑気なものだ。
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