第1話 上陸

 眼前にそびえる看板にでかでかと書いてある文字は、確かに『成田国際空港』で間違いなかった。

 その異常さは、ほかの乗客たちにも伝わっていたらしく、口々に驚きの声が上がり、追って不安や絶望が湧きだしているのが感じられた。

 その不安定な感情は俺の席の隣にも伝播したようで、その席に座る陽菜が俺に話しかける。


「ね、ねぇ、ようやく抜け出せたと思ったら……なんで? なんでこんな地球でもないところに出ちゃうの?」

「それは千葉に失礼だろ。三年前まで地球だった『なぞのばしょ』だ」

「それ何も変わってないよね⁉ やっぱり地球外じゃん‼」

「確かに」

「納得するの早っ! もういい、もういい……」


 そう言い残し、地にうずくまると、絶望の表れか、体が大きく震えているのが見えた。

 さて、機内の状況はというと、こんな状況ではあるが、取り敢えず食糧の確保を大事にしようということで、乗客乗員のなかで、募集制による代表者の決定が行われることになった。

 乗員だけではないのは、煙草を吸いたいという人や、自由に体を伸ばしたいという人を考慮したのかもしれないが、多分人手が足りないというのが、一番の理由なのだろう。

 ただあまり手を挙げる人が少なかったので、成功した暁には獲得できる食糧が倍になる、という条件付きで再募集することになった。

 俺は普通に外の空気を吸っておきたいという理由で、最初の募集で手を挙げていたので、そのあとにいい条件が追加されたのはただのラッキー、ということになる。

 本当は陽菜も連れて行ったほうが俺も安心できるので、できればそうしたかったのだが、蹲っていまだに動けそうな状況ではないので、ここに待機させておくほうがいいと判断した。


    ☆☆☆☆☆☆


 この食糧探しには、俺には二つの収穫があった。

 一つ目が、この機内の外に出て、空港をくまなく探し回れたこと。

 元々旅行好きに加えて廃墟好きだったこともあり、絶妙に荒れ果てていた空港に期待していたのだが、意外にも整備が行き届いていたのは驚きだった。

 そのうえ今の日本と遜色ないどころか、一・二世代は先を行っているようなてかてかの照明や、AIが入って館内を隅々まで一緒に来てくれて道案内してくれる案内ロボットなど、とても近未来的な街の縮図のような空間が広がっていた。

 ただそれも嫌ではなく、むしろ地球から寸断された彼らが如何にして文明を発展させていったのか、俄然興味が湧いてきた。

 二つ目は、機内でも述べた「彼女」も、この探索に参加していたことだった。

 元々他人だったのでお互い声はかけなかったが、こうやって一緒に行動するとなれば、話しかける口実はできた。

 なので、早速話しかけてみることにした、のだが……


「すみません、私、機内でお世話になったものですが…」

「⁉」


 なんと、先を越されて話しかけられた。

 しかも、『お世話になった』って。

 なんとも皮肉めいた表現ですね。

 もっと人に優しくしなさいって、御祖母さまに言われなかったのかなぁ。

 って、これに関しては間違いなく俺が悪いな。

 なので、


「えっと、その、申し訳ございませんでしたぁ‼」


 と、謝るのは俺は当然だと思う。

 若干キャラが崩壊しているような気もするが、まだ一話なのでこっちの路線にシフトする可能性は十分にある。

 はっきり言ってそれは怖い。


「ね、ねぇ、頭下げて、その状態でボーっとしてるのは、誠意を見せようとしているのかそうじゃないのか、どっちなんですかね……?」

「( ゚д゚)ハッ! 私は今何を⁉」

「言ってるそばからまたボケ倒してる……」

「いやすまない、ちょっと考え事していて…… それで、何か御用ですか?」

「あの、機内でのことなんですが……」

「いや、俺は何も見てないなぁ! うんうん‼」

「いや、別にそれを咎めるとか、そういうわけじゃなくて、折角こうやって会話する機会が出来たので、少しお話したいなって……」

「あ、はい、ありがとうございます。 実は俺も話しかけたかったところなので大丈夫ですよ」

「えっ、そうだったんですか!」

 彼女の表情が、一気に花開くかの如く明るくなる。

「じゃ、じゃあ先に自己紹介させていただきます! 私は千代田ちよだ真凛まり、あだ名はマーリンでした、これからよろしくね!」

「俺は奥野勇一だ。 こちらこそよろしくな、マーリン」


 これが、俺とマーリンの初めてした会話だった。

 とにかく、どちらも大きな収穫であったことには間違いない。

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