第24話 一刀両断
やはり夢の中というべきか、朝から昼、昼から夜という風には、時間が流れていかないらしい。
生徒会室でのやりとりが終わると、また翌日の生徒会室になっている。
同じ一日が繰り返されるループとしてではなく、きちんとしたやりとりの結果は反映されている。
なんというか、課題をクリアーしないと出られない部屋のように感じる。
生徒会としての企画というものが一つの鍵だと考えていたが、なんらかの企画について提案しても、進んでいるような感じがしなかった。
現実では、どのくらいの時間が経っているのだろうか。
今の時間と外の時間で、経過時間が同じなわけはないと思う。
けれど、全く経過していないわけでも、ないと思う。
もしもこのまま、ここから出られなくなったら、どうなってしまうのだろうか。
そんな不安を打ち消すように、今日も生徒会室で過ごす日が始まる。
「先生に出さなければいけない課題が提出できなくて、成績が下がってしまいそうなんです……なんとか先生から良い評価を貰える方法はないでしょうか?」
今日行っていることは、一般生徒からの相談受付とした。
相談支援部での活動を活かした内容だと、貞彦は自画自賛していた。
澄香は終始嫌そうな顔をしていた。
しかし「まあ、やるというからには従いましょう」と言うことは聞いてくれた。
そして、本日の相談一人目。なんだかくたびれた様子の男子生徒だった。
「えっと、そもそもなんで、課題が提出できなかったんだ?」
まずは言い分を聞いて、内容を理解しようと考えた。
今までもやってきたことだった。
「……これは言い訳かもしれませんが、母親が昔から病気がちでして、最近は特に体調が良くないんです。寝込んでしまうことが多くて、兄弟の世話だったり家事だったりをしていると、疲れてしまって」
「そっか。それは確かに、大変だな」
貞彦は同情的に声掛けをした。
こう言ったところで、問題の解決には至らないことはわかっている。
しかし、まずは受け止めること。受容し、共感すること。
心を開いてもらうことで、問題の確信や解決に繋がる。そう澄香に教わった。
貞彦は、チラリと横を覗き見た。
澄香はぎゅっと、拳を握りしめていた。
眼からは光が消えており、表情からは何も感じない。見るからにヤバい雰囲気だと感じた。
貞彦の嫌な予感は、すぐに現実の出来事へと変わった。
「久田さん。何を生ぬるいことを言っているのですか?」
「生ぬるいって……まずは話を聞いてみなきゃ、何もわからないだろ?」
「いいえ、もう充分です。物事の原因と、その結果ははっきりしているのですから。そこのあなた」
「は、はい」
澄香に呼ばれた男子生徒は、背筋を伸ばして応じた。とてもビビっているようだった。
「評価というものは、一定の基準に満ちているかどうかで判定されるはずです。提出がなされなかったのであれば、評価はつかない。それは当たり前のはずです」
「で、ですが、それには事情があって」
「事情があろうがなかろうが、それで評価を変えてしまうのであれば、基準としての意味をなくしてしまう。感情や心情で評価が変わるのであれば、その評価の客観性と公平性をどうやって担保したらいいのでしょう?」
「なあ白須美さん。そうかもしれないけど、恩情の余地はあるんじゃないか?」
貞彦がかばうと、澄香はくだらないとばかりに、首を振った。
「そもそも、元々彼の母親が病弱な気質であったということなら、そこに対してなんらかの対策を行ってしかるべきじゃないでしょうか?」
「な、なんらかの対策?」
「雨が降りそうであれば、当然傘を用意するはずです。家事や兄弟の世話に時間を取られるかもしれないのであれば、事前に最悪を想定して準備しておけばいい話ではありませんか?」
澄香はまくし立てるように言った。
貞彦も峰子も、澄香の剣幕には何も言えなかった。
「少しでも勉強の時間を確保できるように、家事を分担する。兄弟の間での役割を決める。父親と相談した上で食事や家事の短縮を図る。祖父母への協力を依頼するなど、何かしら実行できる手段はあるはずです」
「……そうかもしれません」
言いたい放題に言われて、男子生徒は俯いてしまった。
なんだか可哀そうに見えてしまうが、澄香は止まる気配を見せなかった。
「できることをやらなかったことの結果の責任は、自分で負うべきです。学んだことを次回に向けて活かせるかどうかのみを、考えるべきです」
澄香がそう言い切った時、その場にいる者は誰も口を挟めなかった。
その後も、面白がってやってきた者たちの相談は続いた。
好きな子に告白をしてフラれたので仕返しがしたいと冗談めかして言った生徒に対して、澄香は言った。
「フラれたのは、自身の魅力がなかっただけの話です。自分が傷つけられたなどと捉えるのは、自分の面でしか物事を見ていないからです。あなただって、どうしても好みではない異性からの告白は断るでしょう? なぜ自分自身の立場では行うであろうことを、相手から向けられたら不当だと牙を向けるのでしょうか。理解ができません」
クラスメイトが教室掃除に言っても参加しないので、仕方なく自分で代わりに掃除を行ったという愚痴を言う生徒に対して、澄香は言った。
「自分の意志でやりたいことをしたんでしょう? どうしてぐだぐだと文句を言うのですか? 掃除をしなかった人は、掃除をしていないという正当な負の評価を受けるだけの話じゃないですか。そのことに対して罰がくだらないといけないという考えは傲慢です。やらないといけないと強制させる役割は、私たちではありません。こんなところで文句を言わずに、担任教師に報告すれば済む話でしょう」
自分の方が能力が高く魅力的なのに、どうして他の人物の方が頼られたり相談をされたりするのだろう悩みに対して、澄香は言った。
「魅力という物を、どうやって測っているのですか? 比較をするためには数字で表したり、質を検証する必要がありますね。そうですか、おそらくはあなたの独りよがりな判断なのですね。そのお相手の方のことについてはよくわかりませんが、あなたに言えることがあります。自分自身の行動や言動に対して、他者がどのような反応をしているのか。どのような影響を与えているのかについて、客観視と振り返りが必要でしょう。自分自身の姿を正しく捉えられるようになってから、もう一度自身の抱いた疑問についての答えを考えてみてください」
こんな具合で、澄香はある意味絶好調だった。
相談に来た者たちは、例外なく意気消沈して帰っていくか、怒りを露にして捨て台詞とともに去っていくかだった。
相談を受け付けることに関しては、いい結果をもたらしたとは死んでも言えそうになかった。
「あの……白須美さん」
「なんですか? 企画立案をしておいて、ほとんど話もしていない久田会長さん」
「トゲが刺さりすぎて痛いよ……その、なんていうかさ」
「さっさと言ってくださいまどろっこしい。うじうじした態度や言動には苛立ちを感じます」
あまりにも刺々しい澄香の様子に、貞彦は少しむっとした。
「じゃあ率直に言うけれど、言っていることは正しいのかもしれないけれど、いくらなんでもひどすぎるんじゃないか?」
貞彦は真剣に言ったが、澄香はなぜかキョトンとしていた。
まるで宇宙人から話しかけられたとでも、言わんばかりだった。
「ひどいとは、どういう意味でしょう。正しいことを言っていると、久田さんは認めているわけですよね?」
「白須美さんの言うことが、間違っているとは思わない。けれど、もう少し感情に配慮したりとか、気持ちを汲んであげるとか、恩情めいた言葉も必要なんじゃないか?」
貞彦が言うと、澄香は鼻で笑った。
「恩情というものに関して、私は大いに気を配っているつもりですが」
「……マジでか?」
「ええ。久田さんはおそらく知らないでしょうけど、世界の食糧難を解決するための方法をご存じですか?」
「確かに知らないけれど、そんなことは可能なのか?」
「人工知能の答えのようですが、とても合理的で効率的な解決方法を提示してくれましたよ。まさに、食糧難という問題だけは解決されるでしょう」
「それは、どんな方法なんだ?」
「少しはご自分で脳を奮ったらと言いたいところですが、引き伸ばすのも意味はありません。簡潔に述べてしまいましょう」
澄香は笑った。
冷徹な仮面のような笑み。
「簡単なことです。人口を減らすこと。合理的かつシンプルな解決方法です」
澄香はまだ、笑みを向けている。
その姿を貞彦は、なんだか恐ろしく感じた。
「確かに、食糧難ってことは解決できるかもしれないけれど……それは俺たちが望んでいることとは、違うんじゃないか」
「もちろん私にもわかっています。人口が増え続け、その全員を養っていくための方法や、苦しみを最小限にするための解決方法。そう言った視点が抜けていると言いたいのでしょう」
澄香は得意げに目を細めた。
「そう考えると、私の方が何倍も恩情に満ちた答えを出しているのではないでしょうか。だって、どれもこれも、努力次第では実行可能なこと、でしょう?」
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