第23話 ミネミネがミネミネと言う話
澄香は、一向に進まない状況に焦れたのか「少々退席します」と言って出て行ってしまった。
ちくちく刺されているような視線から逃れて、貞彦はほっと一息ついた。
澄香がいなくなったことで、思考に余裕が戻ってくる。
遭遇している白須美澄香というのは、おそらくは過去の澄香なんだろう。
正論で人を押しつぶし、他者を下に見て孤高に生きている。
まあ、今のところただの理不尽な人なんだが、夢の中だから多少は誇張的な処置がなされているのかもしれない。
「さて……どうすっかなあ」
貞彦は頭をかいて、困っていた。
貞彦は、ネコの夢の中に入った時のことを思い起こした。
あの時は、知り合いがやたらと積極的で、なんだかラブコメの主人公になったような気分だった。
ネコ本人が出てきて、悪の組織を滅ぼしたり病気で死にかけの少女を救っていた気がする。
そして、挙句の果てにはネコと恋人まがいのことに。
「それは思い出さなくていい!」
貞彦は一人でツッコんで、首を振って思考を飛ばした。
仕切り直し。
ネコの思惑を断ち切った後に、確か本体を見つけ出した。
王子様のキスで目覚めると思いきや、結局はスカートめくりで無理やり起こすという力業だった。
この件を、今回の出来事にも応用できるだろうか。
どうして貞彦が生徒会長となり、澄香がなんらかの役員となっているのかはわからない。
けれど、ネコの件と同じように考えるのならば、澄香のなんらかの願望の形として、生徒会でのシチュエーションになっているんじゃないかと、推測した。
ということは、まずは夢の世界を打ち破る必要があるのかもしれない。
そうすることでもしかしたら、また澄香と話ができるのかもしれない。
貞彦が良く知っている、なんでも肯定してくれる澄香先輩と。
「すいません、遅れてしまいました」
息を切らせてやってきたのは、眼鏡に三つ編みの女子生徒だった。
どこか見覚えがあるのだが、名前までは出てこない。
「あれ、白須美先輩はいないんですか? 久田先輩」
「澄……白須美さんは今は席を外しているよ」
「そうですか。良かったです。また怒られてしまうところでした」
眼鏡の女生徒は、ほっと胸をなでおろしていた。
さぞかしルールには厳しいのだろう。遅刻したことについて、ぴしゃりと叱ってくるのだろうと想像がついた。
「どうしたんですか久田先輩? なんだか悩んでいるようですね」
「いや、こんなことを聞くのはとても失礼だと思うんだけど……君は誰だっけ?」
眼鏡の女生徒は、あからさまにショックを受けたように表情を曇らせた。
貞彦は胸が痛くなってきた。
「私のことを忘れてしまうなんて、久田先輩はとてもつれないですね」
「わ、悪かったよ。ちょっとショックで混乱しているんだ」
「……しょうがないですね。それでは、仕方がないから教えてあげます」
「すまない」
眼鏡の女生徒は、決めポーズのように、眼鏡の端を上げた。
「私の名前は、実根畑峰子です――ミネミネって呼んでくださいね」
そう言われた瞬間、貞彦は凍ったように思考を停止させた。
幼さの残る貞彦より年下の女生徒はなんと、峰子だったという。
貞彦の知らない、一年生時の峰子の姿なんだろうと推測できる。
貞彦は、純粋に驚いていた。
澄香は澄香で違っていたが、峰子も峰子で、全然キャラが違っていたからだった。
「えっ、峰子先輩って一年生の時はこんな感じだったの? 自分のことをミネミネとか言っちゃうキャラだったの?」
「なんですか久田先輩。ミネミネが自分のことをミネミネって言ってはいけないんですか?」
「いや、別にいいんだけど」
「ミネミネは自分がミネミネだからミネミネって言ってるだけで、ミネミネがミネミネじゃなかったらこんなミネミネ言えないですよ」
「ますますキャラがわかんなくなってきた」
「それではここで問題です。今までの会話全部で、私はミネミネって何回言ったでしょうか?」
「えっと……九回?」
「ブー。正解は十回です」
「なんでだよ」
「問題を出す時にも言ってたじゃないですかミネミネって」
「それも回数に含むのかよ!」
やってられねえと、貞彦は机を叩いて鬱憤をはらす。
その姿を見て、峰子はついには笑い出した。
澄香と峰子に対するイメージが、たかが数分のうちにボロボロに蹂躙された気分だった。
「なーんてね。ちょっと、からかいすぎてしまいましたかね」
笑っていたかと思えば、峰子は途端に大人びた笑みを浮かべた。
「からかってたって、どういうことだ?」
「騙してしまってごめんなさいね、貞彦くん」
「その呼び方ってことは……峰子先輩は本物の峰子先輩なのか?」
「本物、という言い方が適切かどうかはわかりませんが、私は貞彦くんのことをよく知っているつもりですよ」
その言葉を聞いて、貞彦は確信した。
貞彦が澄香の夢に入り込んだ後に、峰子もきっと駆け付けてくれたのだ。
道標もなしに不安だったが、少しだけ希望が見えた気がしていた。
「じゃあ、君は本当に峰子先輩なんだな」
「ふふふ。そう呼ばれるとなんだか、むず痒いですね。さて」
峰子はそう言って、貞彦に向き直った。
普段よりも低い位置に峰子の顔があって、不思議な気分を感じる。
「貞彦くんもお察しの通り、猫之音さんの時と同様、白須美さんの本体とも呼べる人格を探すことが、必要となるでしょう」
「やっぱりそうだよなあ。でも、ここにいるのはおそらく昔の澄香先輩だから、それをなんとかしなきゃいけないんだよな」
「そうですね。無意味で流れゆく物が夢なのかもしれないですが、なんらかの意味があるのだとしたら、私たちに出来ることは何かしらあるはずです」
「そうか……」
峰子に言われて、貞彦は改めて考えた。
まだ何もわかってはいないけれど、一つのヒントは得ている。
生徒会としての企画を立案しろと、澄香は言っていた。
どのような意図があって、どのような効果を望んでのことかはわからない。
ただ、鍵の一つであるようには思う。
どれだけごちゃごちゃ考えても、仕方がない。
結局のところ、今できることをやるしかないのだ。
「それじゃあ峰子先輩。俺一人じゃ、何も思いつかないんだ。俺と一緒に、考えてくれないか?」
貞彦の懇願に、峰子は笑顔をもって応える。
「ええ。もちろんです、貞彦くん」
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