第20話 あなたはあなたのままで

 貞彦は、問われた内容について考えた。


 今、一番したいこと。


 この瞬間だけしかない、高校二年生という時間。


 やった方が良いことや、やってみたいことはきっと色々ある。


 勉強に精を出したり。


 運動で自分を高めたり。


 友情を深めたり。


 恋にうつつを抜かしたり。


 色んなことをやってみても、いいのかもしれない。


 いじけていた時の自分から、随分と変わったように思える。


 前よりも少しだけ、人生というものを前向きに考えている気がする。


 日々の彩りが楽しいものになっている。


 どれもこれも、誰のおかげかなんて言うまでもない。


 誰のおかげでもない。それは自分で手に入れたものです。


 そんなことを、言いそうな気がする。


 その言葉が真実だろうが、謙遜だろうが、どうだっていい。


 どれだけの言葉を尽くそうとも、貞彦の願いはただ一つだけ。


 澄香と、これからを生きていきたい。


「少し長くなるかもしれないけど、いいか?」


「……いいよ」


「もちろんだよ。思いの丈を言っちゃいなよ」


 二人から元気を貰えた気がする。


 貞彦は、マイクを握った。


「やりたいことなんて、今までは特になかったんだ。


 普通に暮らして、何かに流されるままに過ごして。


 多分そこそこの生活をして、なんとなく恋したり、友情ゴッコみたいなことをして、いずれ大人になるんだって、思ってた。


 今という時間に、特別な思いを感じたことなんて、特になかったんだ。


 でも、相談支援部って変な部活動に入って、生活は一変した。


 他人の悩みってよくわかんなくて、なんでこんなことで悩むんだろうって、理解できないことも一杯あった。


 人の数だけ悩みがあるんだろうし、簡単に解決しないことだからこそ、人は悩むと思うんだ。


 そんな悩みを解決するなんて、出来るんだろうかって悩んでばかりだった。


 当然、一人じゃできなかった。


 今こうやってちょっかいをかけてくる素直がいてくれたことで、助かったことも一杯あったんだ。


 そして、大切なもう一人。


 もしかしたら、みんなはもう忘れてしまってるかもしれない。


 なぜだか、記憶から抜け落ちちゃってるかもしれない。


 だから俺から、伝えたい。


 白須美澄香先輩。


 いつも笑みを絶やさず、なんでも肯定してくれる。人の悩みなんて一つだけ。自分の思い通りにならないこと。たったそれだけだと、得意気に笑っていた。


 誰よりも真剣に、他者と向き合おうとしていた。


 今はもう、ここにはいないけど……。


 色々なことを教えてもらったけど、一番印象に残っていること。


 それは――誰もがみんな、そのままでいいんだって、教えてもらったことだ。


 澄香先輩は一度だって、誰かが悪いなんて言わなかった。


 変わらなければいけないなんて、言わなかった。


 あなたはあなたでいいって、笑っていたんだ。


 無理やり良い人間になんて、ならなくてもいい。


 俺は俺だし、素直は素直だ。


 生徒会長のネコは相変わらずだし、今まで関わってきたみんなも、変わる必要なんてないんだ。


 そのままのあなたでいて欲しい。


 そのままの姿で、幸せになって欲しい。


 人の形も、生き方も、考え方も、素性も、性格も、体の構造も、夢も、好きなことも、嫌いなことも、誰もが違うはずなんだ。


 でも、それでいいんだと思う。


 みんな違って、みんないいなんて、理想論めいたおままごとのような言葉かもしれない。


 でも、限りなく真理を言い表しているように、思えてならないんだ。


 求めるものが違うからこそ、その違いはきっと、ドラマチックなんだ。


 みんな違うからこそ、人生はおもしろく、カラフルな色彩に染まっていくんだ。


 なあみんな、アランっていう哲学者が書いた『幸福論』って読んだことはあるか?


 昔の人が言ったたった一言で、人生が救われるなんて、そんな都合の良いことはないかもしれない。


 けれど、なんらかの道しるべの一つとして、知っておくだけでもいいんじゃないか。


 もしもさ、自分の愛する人たちを幸せにしたいって考えるくらい、お前たちが良い奴だったとしてだ。


 そのためにできる、とっておきの方法があるんだ。


 それは――自分が幸福になることらしいぞ。


 なんていうか、拍子抜けしちゃうような、シンプルな答えだよな。笑っちまうよ。


 だけど、考えてみりゃ当たり前な話だよな。


 自分の愛する人が幸せだったら、俺だって幸せに思うよ。きっと。


 前置きが長くなっちまった。そうそう、今したいこと、だったよな。


 幸せにしたい人がいるんだ。


 なんか大げさな言い方だよな……恥ずかしっ!


 まあでも、この気持ちは嘘じゃないんだ。


 ただ、俺一人じゃ難しそうなんだ。


 まだまだ未熟な俺は、自分一人で幸せを見つけるなんてことは、難しそうなんだ。


 だからさ、ちょっとでいいから、助けてくれないか?


 力になれるかなんて、考えなくてもいい。


 ただちょっと声をかけてくれたり、喝を入れてくれたりって、たったそれだけでもいいんだ。


 何もしなくたって、それは当然構わない。


 何をどうするかなんて、お前らの自由なんだから。


 だから、この願いはただのワガママだ。


 言葉にできただけでも、少しはスッキリしたよ。


 ありがとな素直、ネコ――みんな!」






 貞彦は投げつけるかのように、マイクを光樹に渡した。


 柄にもないことを言ったことで、脳は沸騰している。


 熱に浮かされて、夢見心地だ。


 貞彦は、恥ずかしさを堪えつつ、機材をいじくりまわす二人を見た。


 光樹と満は、ガッツポーズを放っていた。


「貞彦くん、やるじゃん」


「うん。君の気持ちは伝わったよ」


 少しだけ安心したところで、沈黙を保っていたネコが、再び話し始めた。


「……貞彦くん。キャラに合わない熱い語りを、しかと受け止めたよ」


「ほっとけ」


「……私はね、みんなが幸せになれる企画を、ずっと考え続けていた。けれど、なかなか見つからなかった。夜も寝ないで昼寝して、いっぱい考えた」


「昼寝するな」


「……でもわからなかった。貞彦くんもがんばったけど、やっぱりまだ力不足。そこで、生徒会長命令を発令しようと思う」


「生徒会長命令?」


 ネコは、偉ぶった雰囲気を出す為か、一つ咳ばらいをして、言った。


「……やっぱり澄香先輩の力がまだまだ必要。だから――澄香先輩をまたここに連れてくること! その為なら、生徒会は協力を惜しまないよ」


 ネコは、意気揚々と言い放った。


 貞彦にしても、ネコにしても、たかが一生徒がまるで私物のように放送を行っている。


 正直どうなんだろうなーと、常識的なことを考えていた。


 けれどまあ、これでいいのかもしれない。


 今のこの瞬間を取り逃してしまうよりは、ずっと。


 後で怒られたとしても、反省と改善をすればいい話だ。


 今やれることを完遂するためならば、罰は後で甘んじて受けよう。


 貞彦は、そう心に誓った。


 貞彦は、ネコに向かって言い放つ。


「ああ、もちろんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る