第21話 ドラマチックになる

「久田―!」


 なんとなくいい話っぽい流れになったかと思えば、力強く名前を呼ばれた。


 声のする方へと振り向いた。


 そこには、息を切らせている黒田がいた。


「黒田じゃないか。どうしたんだ?」


「俺は、重大なことを忘れていたんだ。愛しの澄香先輩について忘れてたなんて、俺は王子様失格だ」


 なんだか重要そうな雰囲気で、黒田は言った。


 今まで散々ナンパシーンに出くわしていたことで、貞彦はすっかり白けていた。何言ってんだこいつって思っていた。


 そんな貞彦の心情には気づかず、黒田は勝手に話を進める。


「澄香先輩のことを愛する気持ちはお前と一緒だが」


「いや、一緒にすんな」


「あんな熱い想いを聞いちまったら、もう俺には応援することしかできない。澄香先輩をよろしく頼むぞ」


 黒田は一方的に告げて、ダッシュで消え去っていった。


 非常に釈然としないが、ともかくエールをくれたらしい。


「あのー」


「久田先輩」


 黒田が立ち去った後に現れたのは、太田と大見だった。


 大見はフェルト生地でできた、人型の人形を手に持っていた。


「これは?」


「えっと、美香子に教わりながら作った人形です」


「大見は手先が器用だったのか?」


「久田先輩。私が何部に所属していたか、忘れちゃったんですか?」


 大見に言われて、貞彦は思い出した。


 なんとか話を聞きだそうと、頭が痛いと喚いた時。大見は手芸部に所属していると聞いていたことを。


「そっか。大見は手芸部だったな」


「ピンポーン! 正解です」


「何か効果があるってわけじゃないんですけど、お守りとして持っていってください」


 太田に渡され、貞彦は受け取る。


 なんの変哲もない人形だが、なんだか嬉しかった。


「ありがとな、太田くん、大見さん」


「貞彦ちゃ――――ん!」


 二人に礼を言ったと同時に、横から来た何かに抱き着かれた。


 涙と鼻水でぐしゅぐしゅになっている、まりあだった。


「貞彦ちゃんの愛……いっぱい伝わったよ。そのいっぱいの愛を、澄香ちゃんにも届けてあげてー!」


「白須美……先輩には、教わったこともあったからな。久田、貴様たちの健闘を祈る」


「サダピー先輩ならウケるー。じゃなかった、いけるいけるー!」


「貞彦先輩のおかげで、俺もがんばれそうっす。ファイト―!」


 訪れた風紀委員の面々にも力を貰い、貞彦は拳を握りしめた。


 と思えば、今度は涙と鼻水でぐしゅぐしゅになっている、瑛理に抱き着かれた。


「ええいうっとうしい!」


「俺にはなんだか冷たくない!?」


 貞彦は、器用に瑛理だけ振り払った。


「当然だよ。貞彦くんの気持ちになって考えてみろよ」


「親友の瑛理に抱き着かれて嬉しいな」


「あははー。だから瑛理先輩には友達が出来ないんですよ」


 次に現れたのは、瑛理、サヤ、カナミだった。


 ぶー垂れる瑛理を成敗したサヤは、貞彦の前に立った。


「貞彦くん……こんな奴だが、仲良くしてくれる君たちがいる。僕はそのことが、とても嬉しいんだ」


 カナミは、可愛らしさを振りまくように、ぴょんと貞彦の前に躍り出た。


「さだひこ先輩の隣には、やっぱりお似合いな人がいますね。でも、おそらくそれでいいんです。恋が叶っても恋に破れても、カナミはカナミでいいんですから」


 二人を押しのけて、瑛理はやはり貞彦の前に立った。


「瑛理……お前って奴は」


「いい言葉を思い出したぜ。『すぐれたものは、すべて稀有であるとともに困難である』」


「難しい言葉だな」


「『もしも幸福が手近なところにあり、たいした労力もかけずに見いだされるならば、ほとんどすべての人がどうして無視することができようか』。スピノザの言葉だ」


「どういう意味なんだ?」


「簡単なことだよ。幸福になるのは難しい。けれど、難しい困難を乗り切った先に、貴重な幸福がある。簡単に捕まる幸福なんて、つまんねえだろってことだ!」


 瑛理は、晴れやかに笑った。


 唯我独尊的に、自分勝手な笑顔を見せていた。


 貞彦にとってはとても眩しくて、穏やかな気持ちを連れてくる笑顔だった。


「友達のいなかった貞彦が、こんなにも人に囲まれているなんてね。いや、カツアゲの現場だったかい?」


 憎まれ口を叩きながら来たのは、紫兎だった。


 後ろからは、或とノエルもついて来ていた。『りあみゅ~』メンバーが一堂に会していた。


「よっ貞彦。ちょっと見ない間に、男らしくなったじゃん。がんばれよ」


「或、ありがとな」


「悔しいけど、久田くんの純潔は白須美先輩に譲るよ」


「なあノエル。なんでお前に決定権がある感じになってんの?」


「まあまあ。これを見なよ貞彦」


 貞彦がノエルにツッコんでいる間に、紫兎は何かをかざした。


 紫兎がたまに落書きをしている、スケッチブックだった。


 そこには、投げやりに書かれている男性と、絵でもわかる快活な女性の絵。


 その二人の間には、不自然な間が空いている。


「何故か知らないけど、貞彦と素直ちゃんの間が存在していたんだ。何かを書かなきゃって思って、忘れてたんだ。つい最近まで覚えていたのに、貞彦の放送で思い出したよ」


 紫兎はそう言って、貞彦と素直の間に、一人の人物を書き足した。


 髪が長く、穏やかな笑みを携えた女性。


 世界を包み込むように、優しく微笑んでいた。


「やはりこの絵は、三人じゃないと完成しないな。貞彦と素直ちゃんと……澄香先輩。私にこの構図を、もう一度見せてくれてもいいんだよ」


「紫兎……」


「それに、貞彦はずっと元気でいなくちゃだめだよ。そうじゃないと、いじりがいがないじゃないか」


 紫兎はウサギ耳のパーカーを被って、くっくと笑った。


 紫兎なりの精一杯の照れ隠しだと思うと、貞彦はなんだかおかしくなった。


「ありがとな、紫兎」


「久田先輩!」


「久田くん!」


「サダサダ―!」


 なだれ込むように入ってきたのは、善晴、秋明、安梨の三人だった。


「吉沢が来るなんて、珍しいな」


「体育祭の時は、すいませんでした! あの時のことは、僕の勘違いだった。けれど、白須美先輩にお世話になったのは、本当なんだ」


「そっか。同じチームだったもんな」


「どこまでも正しいのに、かといって寛容さも持ち合わせている。僕自身に足りないものを、持っていた気がするんだ。まだまだ僕だって成長したい。だから、白須美先輩とまた合わせて欲しいんだ」


「そうか。がんばるよ」


 熱を帯びた善晴の話が終わり、秋明と安梨が前に出た。


「文化祭では、面倒をかけたね」


「いや別にいいさ」


「本当ですわ!」


「いや、安梨が不満を言うのかよ!」


 貞彦がツッコむと、安梨はおどけるように「きゃー」と頭を押さえていた。


 そんな無邪気さを見て、秋明は笑った。


 どこか陰のある笑みではなく、心底おかしそうに。


 その笑顔を見れたことで、貞彦の表情も和らいだ。


 悩みに押しつぶされそうだった秋明も、少しは楽になれたんだと感じた。


「僕はまだ、君たちの物語を見て見たいんだ。美しく着飾るんじゃなくて、美辞麗句で飾り立てるだけじゃない。でもとびっきりおかしくなれる。そんなハッピーエンドをさ」


「ご都合主義、大いにけっこうですの。幸せなら手を叩こうって歌を覚えましたの。でも、逆ですわね。手を叩いて、幸せになるんですのー!」


 安梨は子供のように、パチパチと手を合わせる。


 その軽快な響きは、確かにそれだけで幸せになれそうだった。


「なんだ、俺たちが一番最後か。乗り遅れちまったな」


「……うわあ、人がいっぱいだ。やっぱりやめようかな……」


「来夢さん……ここで出なかったら、多分もう出番がないですよ。がんばりましょう」


 三年生組が、連れだって部室に入ってきた。


 カラスは豪放磊落と。


 峰子は威風堂々と。


 そして、来夢はひたすらびくびくと。


 人が多くて、人見知りの症状が著明であるようだった。


「カラス先輩、来夢先輩……峰子先輩まで」


「俺だって一応、相談支援部の部員だからな。幽霊部員だけどな」


「私たちにもできないことがないだろうかって、実は秘密裏に話し合っていたんですよ」


「そ、その結果、思いついたんだ。もしかしたら使えるかもしれないものを」


 三人はそう言って、何かを取り出す。


 貞彦にとっては少し懐かしいものだった。


 それは、ネコの眠りに入っていく時に使った、怪しげな機械だった。


「まあぶっちゃけ俺の専門じゃないから、俺は情報提供と調整くらいしかしてないけどな」


「白須美先輩が目覚めないなら、発想を変えましょう。こちらから、会いに行けばいいのです」


「だ、大丈夫だ。以前よりも安全性は増していると、そう信じている」


 来夢は微妙に不安気な希望的観測を告げた。


 貞彦はツッコみたくなったが、グッと堪えた。


 どんな手段を使ってでも、澄香ともう一度会いたいと願った。


 どれほどまでに馬鹿げていても、理不尽なやり方だったとしても、受け入れよう。


 貞彦の心はもう、決まっていた。


「カラス先輩、来夢先輩、峰子先輩も……みんな、ありがとう」


 貞彦は、三人に向かって頭を下げた。


「はっ。俺はただ、興味があるだけだ。あの堅物だった白須美先輩が、これからどうなっちまうのかってことがさ。まあでも、応援はしてるぜ」


 カラスは照れ隠しかのように、ポッキーを咥えた。


「……受験勉強の時間を削ってまで挑戦したんだ。もしも私が試験に落ちたら、貞彦くんに責任をとってもらうからな」


 来夢は恨めし気に言った。


「万が一来夢先輩が受験に落ちたら、来夢先輩を貰っちまえばいいのか」


「なっ!?」


「こらこら。先輩をからかうものではありませんよ」


 真っ赤になった来夢を遮って、峰子は貞彦の前に立った。


「峰子先輩」


「最後の最後まで、世話のやける後輩ですね。でも、そんなみんなのためにがんばったことは、誰のためでもない、私のためになっていたんです」


 峰子は誇らしげに言った。


 前に峰子は、生徒会の業務を、自分のためにやっていると言っていた。


 誰かに責任を押し付けずに、自分自身のためと割り切っている。


 そのスタンスは、とても素敵だと貞彦は思った。


「だから貞彦くん。他でもない自分のために――自分自身の幸福のために、がんばってくださいね」


 峰子は、微笑みを貞彦に送る。


「はい。峰子先輩」


 貞彦は姿勢を正して、元気よく返事をした。


「……ふふ。すごい人だかりだね」


「うんうん。貞彦先輩に友達ができて一番の後輩としては嬉しい限りだよ」


 いつの間にか、ネコと素直もこの場に現れていた。


 貞彦の周りに人が集まったことで、感慨深さを感じてるようだった。


「素直、ネコ、その……ありがとな」


「……ううん。いいんだよ。私はただ、私が楽しいからやってるだけ」


「そうだよ。わたしはわたしがやりたいようにやっているだけなんだよー!」


 ネコと素直は、二人して自分勝手なことを言っていた。


 他人のためには動かないという、鉄の意志。


 どこまでもワガママで、どこまでもそれは幸福なように見える。


 自分勝手で、思うがままで生きること。


 それはきっと楽しいことなんだと、貞彦は思った。


「ねえ貞彦先輩」


「なんだ? 素直」


 素直は、いたずらが成功した子供のように、ニッと笑顔を浮かべた。


「こんなにも人が集まったなんてすごいね。どう?」


 貞彦は、ふっと目を閉じた。


 そして、素直に負けないように、笑顔を作った。


「俺の人生も――案外ドラマチックだったんだな」












「……そういえば聞きたいことが」


「なんだ?」


「色んな人が話をしに来てたけどさ。その間もずっとまりあ先輩は抱き着いていたの?」


 今まで誰も触れていなかったが、まりあはずっと貞彦に抱き着いていた。


 貞彦は気まずそうな表情で、視線を逸らした。


 まりあはネコと素直を見渡して、口を開く。


「これも私なりの――愛だよ」

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