第19話 この憂鬱をふきとばせ
「……今週も始まりました。生徒会主催の『猫之音会長と楽しい学校を作ろうラジオ』。略して『音楽ラジオ』。えっ……違う内容に感じる? 今更だよ」
ネコの間延びした声が、校舎内に響き渡る。
新生徒会が発足して、ネコが始めた企画の一つ。お昼休みに流れる、生徒会主催のラジオ放送。
今後やっていきたいことの意見を募ったり、生徒達と話をしてがんばっていることについて聞いたりと、案外良いことをやっているように思える。
生徒達に密着してくれている感があるため、学生たちにも人気を博しているようだった。
貞彦は一人、相談支援部室で放送を聴いていた。
澄香が目覚めないことで、全てのことが虚しいことのように思っていた。
もう澄香は、目覚めないのだろうか。
悪い想像ばかりが頭を巡っていた。
頭を振って、悪い想像をかき消す。
想像力は、味方であるとともに、強大な敵だ。
悪いことが起きていないのにも関わらず、悪いことを想像して、勝手に膨らませてしまう。
貞彦は、意識を逸らすために、缶コーヒーを喉に流し込んだ。
「……さて、今週は一般生徒からゲストを呼んでいるよ。はい、自己紹介をどうぞ」
「やっほー! 一年D組の矢砂素直です! よろしくね!」
「ぶー」
貞彦は噴き出した。
「な、な、な、なんでだよ!」
貞彦は床を掃除しつつ、ツッコんだ。
なんでもクソもなく、ただ素直がラジオ出演を希望しただけだと思う。
楽しいことが大好きな素直とネコなので、おそらく一秒で快諾したことだろう。
二人は自由に、ボケとツッコミのように軽快なトークを繰り広げていた。
一緒にいる機会も時々あったことで、二人の絆も順調に育まれているらしい。
少しだけいい気分になりながら、貞彦は放送を聴いていた。
「……それじゃあ盛り上がってきたことで、今週から始まった目玉企画と行きましょう」
「え? なになにー? 打ち合わせで話したあれだよね」
「……隠す気がなさそうなところがとてもいい。そうアレです。突撃! ゲリラインタビューです……ゲストさんが指定した人に、ゲリラ的にインタビューを行います」
「責めてるね。ぐだぐだになる可能性がマックスなのにやろうとするなんて。ネコ先輩の大胆さには感服だよ」
「……そんなに褒めても、何もないよ……せいぜい、何かあっても生徒会から優先的に口添えしてあげるくらいだよ」
「みなさーん! 今回の生徒会長は褒めておいたほうが得だよ! それじゃあゲリラインタビューする相手を発表するよ!」
わざとらしいドラムロールが鳴り響く。
貞彦は嫌な予感を感じていた。
いやしかし、と貞彦は思いなおす。
素直は友達が多い。貞彦と違って。
素直がどんな意図でラジオ出演を果たしたのかは知らない。
ただ単に楽しいからだとも思えるし、何かの意味はあるのかもしれない。
けれど、かといって、そのお鉢が自分に回ってくるなんてことは。
貞彦は、そう自分に言い聞かせていた。
「二年F組久田貞彦先輩です――逃げるなよー!」
素直が宣言した瞬間、貞彦は反射的に逃げようとした。
しかし、それは叶わない。
「インタビューに来ましたー!」
「ぎゃああああああ」
部室から出ようとした瞬間、機材を抱えた光樹と満がなだれ込んできた。
時すでに遅し。
はなから貞彦は、ロックオンされていたようだった。
「快くインタビューを受けてくれてありがとう貞彦くん!」
「ごめん。本当にすまない貞彦くん……これも会長命令なんだ。それでもインタビューを受けてくれることを感謝しているよ」
「いや、俺まだ一言もしゃべってねーだろ!」
すでにインタビューを快諾した空気を作る二人に対して、貞彦はツッコんだ。
自らのツッコミが、放送で流れている。もうすでに放送は繋がっているようだった。
ああもう、逃げられない。
貞彦は、深い深いため息を吐いた。
「……貞彦くん聞こえる? 私のことがわかる?」
「貞彦先輩やっほー!」
ネコと素直から呼ばれる。
「……聞こえてるよ」
「……なんで、そんなにテンションが低いの?」
「そうだよ。せっかくのゲリラインタビューなんだよ。元気にいかなくちゃ」
「そうだな。俺への事前説明と承諾が得られていたんなら、テンションが上がっていたかもな」
「……それだとゲリラにならない」
「生の声を楽しむということがコンセプトなんだよ」
貞彦は少しイラっとした。
後で生徒会に抗議文を送ってやろうと、心に誓った。
「……それじゃあ質問をいくよ。血液型はなんですか?」
「好きな食べ物はなに?」
「質問が普通だ――! わざわざゲリラでやることか!」
貞彦がツッコむと、怪訝な声が漏れた。ネコと素直からだった。
「……この私を普通だと。舐めたことを言ってくれるじゃない」
「いや、こんなことを聞いて面白いのか?」
「……じゃあ質問を変えます。好きな血液型はなんですか?」
「普通聞かないけど、答えてなんの意味があるんだよ!」
「猫を投げたことはありますか?」
「アホみたいなことを聞くな」
「……もしも病気で死にかけている子供がいて、涙ながらに『僕の病気が治らないのは、僕がアホだからなんだよね』って言われたとしても、貞彦くんは同じことを言えるの?」
「答えられるかー!」
貞彦は机をバンバンと叩いた。
全く意味がわからない、アホみたいなやりとりだった。
苛立ちは募っているが、その代わりの効用に貞彦は気付いた。
こんなやりとりをしている間。
少なくとも、憂鬱からは解放されているということに。
そのような意図があったのかなかったのかはわからないが、更に質問は続いた。
ネコは、神からの審判を告げるかのように、言った。
「……貞彦くんが今、一番したいことはなんですか?」
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