第11話 手がかりは逃さずに

「今日と明日だけ、サダサダの家に泊めてくださいませんこと?」


 澄香のことを見つけてみせると、再度意気込んだ矢先のこと。


 荷物を詰め込んだリュックを抱えた安梨が、久田家に訪ねてきた。


 まるで家出してきた小学生みたいな風貌だったが、貞彦は言わないことにした。


「ダメです。サダくんとひとつ屋根の下なんて……ハレンチです!」


「姫奈。ちょっと黙ろうな」


 貞彦は姫奈を押しのけ、安梨に向き合った。


「まあ、玄関先じゃなんだから、とりあえず上がってくれ」


「姫奈とサダくんの愛の巣に、他人をいれるなんて」


「姫奈。次にしゃべったら、俺はもうお前に優しくも厳しくもしない。ひたすら淡々と接する」


「えー!? それは嫌です」


 姫奈は小学生らしく、いやいやと首を振っていた。


「えっと、入ってもよろしいんですの?」


「ああ。どうぞ」


「お邪魔しますわー」


 安梨は快活な声を出して久田家に足を踏み入れた。


 居間にいると、姫奈がちょっかいをかけてきて、話が先に進まない可能性が懸念された。


 加えて、父親とも鉢合わせるかもしれない。


 別にやましいことなんてないのだから、それでも別にいいのだが。


 なんとなく、気まずかった。


 とりあえず、貞彦の部屋で話をすることにした。


「粗茶ですが」


「ありがとうですわ」


 貞彦は安梨にお茶を出した。


 安梨は喉をならしながらお茶を飲むと、ほっと一息ついていた。熱くないのだろうか。


「で、一体何があったんだ?」


 ようやく本題に入ることができた。


 泊めてくれというのは異様な事態ではある。


 とはいえ、貞彦はあまり重要性を感じていなかった。


 切迫したような雰囲気も表情も、安梨からはまるで感じられない。


 きっと大したことではないと、貞彦は予想していた。


「えっと、今日と明日はワケがあって、スミスミ邸には戻れないんですの」


「それはまた、どうしてだ?」


「それはですね、スミスミから教わった、あの家に住む際の注意事項に関係していることですわ」


「澄香先輩から!?」


 貞彦はテーブルが音を立てるほど、勢い強く立ち上がる。


 澄香の居場所を探る上で、新たなヒントは何一つ得られていなかった。


 停滞した状況の中で生じた、普段とは違った事態。


 もしかしたら、澄香に繋がるカギになるのかもしれないと、貞彦は希望が灯った感覚を覚えていた。


「サダサダ、なんだか必死ですのね」


「今は引いてもいいから、答えてくれ。澄香先輩が言っていた、あの家で暮らす上での注意事項ってなんなんだ?」


「そ、そんなに焦らなくても、教えてあげますの。えっと、あの家には本来、白須美家の住人が暮らしていたようなんですの」


「ああ」


「詳しいことをわたくしは知りませんが、スミスミの両親は他界されていますよね。それで、肝心のスミスミもいない。ですが、管理しているスミスミの叔父様は、スミスミがいつあそこで暮らしてもいいように、定期的に家の清掃と修繕を行っているらしいんですの」


「ほう。そうだったのか」


「大体半年に一度、叔父さんはスタッフを派遣するらしいんです。その人に見つかってしまうと、無断でわたくしを住まわせていたことがバレてしまいます。なので、見つからないようにと、スミスミから注意を受けていたんですの」


「なるほど。で、そのスタッフの人がやってきたから、白須美家にはいられなくて家に来たと」


「そういうことですわ」


 安梨は首肯した。


 その話を聞き、貞彦はさらに強く安堵した。


 澄香が戻ってくる可能性が考慮されているということは、少なくとも生きているということだ。


 どのような状態なのかは、推測の域を出ない。


 けれど、命の火が消えていないということだけでも、嬉しく思える。


「ん……待てよ」


「どうかなさいましたの?」


 安梨は不思議そうに尋ねた。


 貞彦は、はやる気持ちを抑えつつ言った。


「澄香先輩がいつそこで暮らしても良いようにってことは、帰ってくる可能性があるっていうことだよな」


「確かに、そうですわね」


「それに、白須美家の関係者ってことは、澄香先輩の居場所を知っているっていうことじゃないかな」


「それですわ! サダサダもたまには天才ですの!」


 安梨は興奮した面持ちで立ち上がった。


「多分褒めてるんだよな! ありがとよ!」


「そうと決まれば、善は急げですわ。スミスミの居場所を尋ねに行きましょう!」


「ああ、そうだな」


 貞彦も勢いよく立ち上がる。


 拳を握り、気合を入れなおした。


 やっと、澄香先輩に会える。


 待ち焦がれていた再会への糸口に、胸が躍った。


「それでは、行きますわよ!」


「ああ。行くぞ!」


 貞彦と安梨は、勢いよく駆け出した。











「どなたかは存じませんが、お引き取りください」


 きつめのお姉さんに、普通に追っ払われた。

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