第2話 終わった後、今の形
「澄香先輩が……生きている?」
それは貞彦が、望んで止まなかった展開だった。
いざ目の前で提示されると、あまりの非現実さに、途方に暮れてしまう。
自分には釣り合わないくらいの、大きなプレゼントを貰ったような感覚。
「あくまで、可能性の話だというかっこ書きで聞いてくれると嬉しいな」
「ああ、わかっている」
「うん。わかっているとは思うけど、貞彦くんを悲しませたいわけじゃないし、かといってぬか喜びさせたいわけでもないんだ。だからあくまで、そう考えることが自然だという話なんだ」
サヤは心配そうに眼を細めた。
可能性を示したことで、逆に貞彦にショックを与えてしまったんじゃないかと、不安を感じているようだった。
貞彦は、サヤに向かって、口元だけでも笑うように曲げる。
「舞い上がっていないかって言われると、嘘になる。この気持ちが、徒労に終わる可能性があることも、わかっているつもりだ」
「……本当に、大丈夫かい?」
貞彦は今度こそ、上手に笑った。
「大丈夫だ。ちょっと恥ずかしい話だけど、素直に言われたんだ」
「ほう。なんて言われたんだい?」
「やるだけやってからじゃないと、諦めるなって。それでもしダメだったら、疲れて眠って、悲しんで。そして、受け入れればいいって」
「うん」
「まだ俺たちは、諦めるような段階じゃないんだ。だから、可能性が見えてきたことは、少なくとも無駄なことなんかじゃないんだ」
貞彦は、戦友に求めるように、手を差し出した。
なんだか仰々しくて、サヤはくすりと笑う。
そして、手を重ねた。
「ありがとな、サヤ」
「どういたしまして」
サヤは手を外すと、珍しく前髪を上げた。
瑛理と瓜二つな、端正なのに、どこか無邪気な顔立ち。
「君たちの健闘と、幸福をお祈りしているよ」
それから、貞彦と素直は、澄香に繋がるヒントを探し続けていた。
過去のことについて教師に聞いても、個人情報だからということで、当然ながら教えてくれなかった。
峰子の話によれば、澄香は突然学校に来なくなったようで、事の詳細を知る者は特にいないらしい。
肝心の家族は亡くなっている。叔父家族と繋がりのある者はいない。
澄香はどこかで生きているのかもしれない。
希望が潰えたわけではないが、以降のヒントが見つからない。
八方塞がりの状態であった。
あまりにも手掛かりが見つからず、イライラしだした素直をなだめるために、貞彦は素直にイチゴパフェを与えることにした。
素直の目の前にパフェが運ばれた瞬間「貞彦先輩だいすきー」と棒読み気味に返ってきた。デジャビュを感じた。
それでも、一口食べた途端に笑顔になった。現金な奴だと思った。
そして、ものの一分で無くなった上に、おかわりまで要求してきた。現金に優しくない奴だと、貞彦は思った。
突然、肩を叩かれた。
振り向く。
「よっ。久しぶりだな久田。なんだかしけた面してるな」
そこには、ほどよく鍛えられた体躯に、爽やかな笑みを浮かべた男がいた。
というか、黒田だった。
「久田先輩、クリスマスパーティー以来ですね。その節は、すいませんでした……」
「久田先輩! 素直ちゃんとやっぱり仲がいいんですね。もしかしたらもう、一線超えちゃってますか?」
「美香子!」
というか、丁寧にお辞儀をする太田と、妙に興奮した様子の大見も一緒にいた。
「そっか。今じゃもう、三人で遊びに行ったりもしているのか」
なんとなくテーブルを囲んで、話を聞く流れとなった。
色々な相談事を請け負ってきたが、その中でも特に印象深い出来事だった、幼馴染を別れさせて欲しい事件。
願い事の内容は、話し合いの結果として想いを伝えることとなり、結末は丸く収まった。
けれど、その後のことについて、全くの心配がないわけではなかった。
貞彦は黒田を避けていたけれど、ある意味では気にしていたのだった。
誰もが納得のいく結果には終われたように思える。
けれど、終わった後も関係は続いていく。
黒田と太田がこじれたり、黒田と大見が疎遠となってしまったとしたら、あまりいい気分がしない。
しかし、そういった心配は杞憂に終わったらしい。
貞彦は一人、そっと胸を撫でおろした。
「ふーん。まあ仲が良さそうでわたしは良かったって思うな」
素直は三杯目のパフェを頬張っていた。
いたずらと糖分摂取もかねて、貞彦はスプーンですくおうとした。
「ふしゃー!」
威嚇された。
「ありがとう素直ちゃん。でも、久田先輩と素直ちゃんも、やっぱり仲がいいね。私たちほどじゃないけどね」
「……まあ、うん」
「あーなんだかここらへんあめえんだけど! 久田! ブラックコーヒーを分けてくれ!」
黒田はうんざりしたように言った。
察するに、こんな場面はざらにあるらしい。
太田と大見も、立派なバカップルに成長しているようだった。太田はまだ気にしている様子ではあるが。
とはいえ、黒田も決して、嫌々ながらに、二人と一緒にいるわけではないらしい。
二人を眺める眼差しには、兄貴としてのやさしさが宿っているように、貞彦は感じた。
どのような意味合いがあったのであれ、実らなかった思いの形。
その続きはとても、幸せそうに見える。
貞彦には、聞いてみたいことが浮かんでいた。
「三人ともさ、今――幸せか?」
問いかけられた三人は、キョトンとした顔をしていた。
軽い会話の中で聞くには、不釣り合いな内容だった。
不思議そうな表情で満たされていたが、最初に黒田が口を開いた。
「まあ、満足してるわけじゃねえな。部活でもいいところまでいきたいし、彼女作って隣の二人を見返したいしな」
「クロにぃは節操がないんだよ。もうちょっと一人の人を真剣に好きになればいいのに」
「俺はいつだって本気だぞ。なあ、太樹もなんとか言ってくれよ」
「黒田先輩……この前の休みもナンパしてませんでしたっけ?」
「ここには俺の味方がいねえ!」
黒田は嘆くように頭を掻いていた。
その仕草はとてもイキイキとしていた。
「僕はやっぱり、今が幸せですかね。美香子と一緒にいられるから」
「私も幸せですね。細かいことはわからないですけど、好きな人と想いが通じ合っている。このこと以上に幸せなことなんて、思いつかないです」
太田と大見は、お互いに顔を見合わせた。
信頼をしきった雰囲気を感じ、貞彦はコーヒーをおかわりしたくなった。無論、ブラックで。
「それにしても、今日は一緒じゃないんですか。もう一人の……えっと……」
大見は、悩みだした。喉から手が出かかっている様子だが、言いたいことが出てこない。
「澄香先輩のことか?」
「そうです! どうして忘れちゃったんだろう……。澄香先輩は今日、一緒じゃないんですか? あっ、それにそれに、クリスマスパーティーの時に、澄香先輩と二人きりになれたんですよね? その後どうなったんですか?」
澄香のことを思い出すや否や、大見はマシンガンばりにしゃべりだした。
他人の恋愛アンテナがビンビンと反応してしまっているようだった。
貞彦は、嫌な予感を感じた。
大見が澄香のことを思い出せなかったのは、はたしてただのど忘れだったのだろうか。
それとも、いなくなった影響が進行しているのか。
何も確証はもてないが、あまり悠長にしている暇はない。
そう感じていた。
「ねーねー久田先輩。どうなったんですか? 大丈夫です、ここで聞いたことは誰にも話したりしませんから、教えてくださいよ」
「オオミン……今日はなんだかぐいぐいくるね」
素直はそう言いつつも、諦めたようにパフェに再び手を出していた。
貞彦は困って、黒田と太田の三人で顔を寄せて、作戦会議を開いた。
「なあ、大見を静かにさせるには、どうすりゃいい?」
黒田と太田は、顔を見合わせて、頷く。
そして、同時に言った。
『何か甘いものを与える』
それを聞いた貞彦は、財布の中身を確認した。
クリスマスの出費。素直へのおごり分の出費。本などの娯楽による出費。
これらの事情を加味して、貞彦は言った。
「金額は……三等分な!」
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