相談内容ラスト 幸福となるためには Wish you the best happy ending!

プロローグ とりあえずできるところから

 澄香の本当の幸せを探す。


 そう意気込んだまでは良かった。


 勢いのままに決めてしまったものの、何一つ手掛かりがなかった。


 認めたくはないが、澄香はいなくなってしまった。


 そうなる姿を見たわけではない。だからこそ、このまま諦めきれない。


 けれど、また澄香と会うことができるという、保証ではない。


 この世では、ありとあらゆることが起こり得る。


 何もかもが存在していて、可能性に満ちている。


 とても意義深く、勇気づけられる言葉。


 ただ、忘れてはいけない。


 無限にある可能性が、無限の選択肢を生むということを。


 率直に言うと、貞彦は途方に暮れていた。


「勢いのままああ言ったけど、とりあえずどうするかな」


「貞彦くん。きっと大丈夫ですよ」


 対称的に、峰子は落ち着いていた。


 何か秘策でもあるのかもしれないと、貞彦は期待した。


「峰子先輩はさすがだな。何か考えがあるんだな」


「いえ、私にあるわけではありません。秘策があるのは、素直ちゃんですよ」


 貞彦と峰子は、素直に視線を集めた。


 素直は気合の入った面持ちだった。


「あれだけの大言壮語を吐いたのです。素直ちゃんにはきっと、何かしらの勝算があるのでしょう。私にはそう思えました」


「そうなのか。素直、どうなんだ?」


 素直は、大きく胸を張った。


 思わず、素直先輩と呼んでしまいそうになるくらいの、貫禄。


「勝算はもちろん! ないよ!」


 貞彦と峰子はずっこけた。


 バカバカしいノリで、重苦しかった空気も霧散した。


「自信満々なところがなおすごいわ!」


「考えたってわからないことは仕方がないよ。考えすぎて動けなくなっちゃったら本末転倒だからさ」


 素直の言葉を受けて、貞彦と峰子はダメージを受けた。


 考えすぎて動けなくなるタイプには、重い一撃だった。


「となると、まずは情報の整理からしてみましょうか。お互いにしか知らない情報もきっとあることでしょうし」


「おお。なんだか相談支援部っぽくなってきたね」


「いや、ずっと情報交換自体はしてただろ。なぜかあまり覚えてないけどな」


 まずは、貞彦から話し始めた。


 母親のこと、父親のこと、どうして消えてしまったのかということ。


 これらの出来事の細かな部分については、適度にぼかしながら説明を行った。


 澄香はきっと、貞彦だから話してくれた内容だと感じるから。


 むやみやたらと吹聴することは、マナー違反だと思ったからだった。


 事の詳細までは知らなかった二人は、どんよりとしていた。


 大分ライトにしたとはいえ、やはりショックは大きいようだった。


「白須美先輩に、そんな過去が……」


「澄香先輩……わたしが……わたしがぜっだいにじあわせにするからー!」


「俺が説明をしておいてなんだけど、落ち着け!」


 貞彦は、素直にティッシュを手渡した。


 ちーんと、全力で鼻をかむ音。


 色々と台無しだった。


「とはいえ、ますますどうすればいいのか、わからなくなりましたね」


 峰子は腕を組んで考え出した。


 素直は、澄香が本当にこんな結末を望んでいたわけではないと、言い放った。


 きっとそうなのかもしれない。


 けれど、その真意を確かめる、当の本人はいないのだ。


「そういえばさー。澄香先輩が言っていたあの三大なんとかってなんだっけ? 三大喪失論?」


「三大幸福論だよ! 方向性が真逆だな!」


「ラッセルの幸福論。ヒルティの幸福論。あと一つは確か、アランの幸福論でしたか?」


「峰子先輩も、何気にすごいよな」


 貞彦に褒められて、峰子は嬉しそうにほころんだ。


「そんなことはないですよ。実際の書物を読んだことはないですし。確か、フランスの哲学者で、本名はエミール=オーギュスト・シャルティエですね」


「うんうん」


「この本について、とある作家はこう評しています。『僕の知る限り、世界で最も美しい本の一つだ』と」


「それはずいぶんと褒められたもんだな」


「断片だけどこかで目にしたことはありましたが、確かにアランの幸福論には、心を打つ不思議な力があったように思いますね」


「へー。それはすごそう。峰子先輩が読んだら内容を教えてね」


「素直ちゃん。自分で読もうっていう気はないんですね……」


 呆れ顔の峰子に対し、素直はあっけらかんと笑っていた。


 貞彦は、澄香が思い出を語る姿を、思い起こしていた。


「今更だけど、妙だな」


「なにがかな?」


「いや、あれだけ本の虫と言って過言じゃないくらいの澄香先輩が、アランの幸福論だけは読んだことがないっていうのが、なんだか不自然だなって思ってさ」


「確かに、白須美先輩ならもうすでに読破していても、不思議ではないですよね」


 素直はここぞとばかりに、瞳を輝かせて立ち上がった。


「そこにはきっと何かあるんだよ! 何をすればいいかまだわかんないからさ。できることから始めようよ!」


 確証は特にない。


 答えが見つかるのかどうか。


 そもそも、突破口があるのかすらも、定かではない。


 暗闇の中を、さらに目隠しをされて歩いているような、不確かさ。


 それでも、進むと決めてしまった。


 的外れでも、回り道でも構わない。


 ともかくやってみることに価値があるんだと、貞彦は思った。


「そうだな。せっかくだから、俺が読んでみようと思うんだ」


「貞彦くんは、そういった本は良く読まれるんですか?」


「小説とかはちょっと読むくらいかな。まあ、なんであれ、俺がやりたいんだ」


「うんうん。いいんじゃないかな」


 素直は首を振って同意した。


 まだまだ前途多難だが、一つでもやることが見つかった。


「待ってろ……澄香先輩」


 貞彦は、拳を強く握りしめた。












「……思ったより、難しい」


 貞彦は早くも、挫折しそうだった。

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