エピローグ・アフター 素直が主人公説~エンディングにはまだ早い~
「なに勝手に小綺麗な感じで終わらそうとしてるのかな――――!」
「ごばあああ」
何者かに殴られて、貞彦は後方へと吹っ飛んだ。
痛みが走り、意識が飛びそうになる。手加減する気は微塵もない拳。
殺しにきていると言わんばかりの威力だった。
「す、素直ちゃん。暴力はいけないですよ」
「うるせーです峰子先輩。なんかそれっぽく切なそうなことを言っちゃってさ。反吐が出るってもんだよ。ぺっ!」
「素直がグレた!」
貞彦と峰子は、二人揃って怯えていた。
自宅で暴れている娘を、叱りつけられない両親のようになっていた。
「貞彦先輩。いやこんなヘタレを先輩って呼ぶのはもったいないね」
「……随分な言いようじゃねえか」
「先輩という呼び名をはく奪するよ! その代わりに……今日からあなたは貞彦おっぱいだよ」
「お前本当に素直か!?」
貞彦が見ていないうちに、素直は交通事故か何かに遭ってしまい、人格が変わってしまったのだろうか。
もしくは、地球を征服しに来た宇宙人か何かが、素直に化けてまずは貞彦辺りから制圧しようとでもしているのだろうか。
そうだとしても、澄香がいなくて、素直がグレている世界なんて耐えられない。
それなら、もういっそ滅んでしまえと、貞彦は思った。
「それに峰子先輩も峰子先輩だよ!」
「え……私もですか?」
「貞彦おっぱいを甘やかしすぎだよ! ヘタレを甘やかすとますますヘタレるんだよ。それに優しく導くお姉さん敬語キャラが澄香先輩と被ってるし!」
「……白須美先輩と被っているところは、自分でも気にしているのに……」
「背格好や見た目も澄香先輩と似てるところは何か意味ありげなのに意味ないし! それに貞彦おっぱいと急に仲良くなりすぎじゃないかな!」
「それは果たして、私が悪いのでしょうか……」
「そんなあなたの呼び名も峰子おっぱいだよ!」
「……あの……私に対しては、辛辣すぎません?」
峰子は崩れ落ちるように座り込んだ。
あまりにもひどすぎる暴言を受けて、峰子はさすがに泣きそうになっていた。
素直はかつてないほど、激烈にキレていた。
触れるもの皆傷つけるほどの、鋭さ。
「素直、お前は本当にどうしちまったんだよ」
「わたしは納得のいかないことは納得がいかないって言うんだ! なんとなく綺麗な終わり方とか悲しさが喉につっかえたままの後味とかはいやだよ!」
「お前の言うこともわかるけど、仕方がないこともあるじゃないか」
「なんでかな?」
「澄香先輩のことを、きちんと考えたのか? 納得がいかないこともある。けど、最高の幸福を、澄香先輩は望んで」
貞彦が言い終わる前に、素直は貞彦の正面に踏み出した。
胸倉を掴み、鋭利な瞳で貞彦を突き刺す。
不条理だが、どこまでも真っすぐな瞳。
「貞彦先輩こそ本当に澄香先輩のことを考えたの? こんな結末を――澄香先輩が心の底から望んだんだって本気で思うの?」
「素直……」
素直は怒りを滲ませつつ、泣いていた。
一等賞が取れなかった子供のように、悔しさに満ちていた。
「わたしは相談支援部が好き。家族のことも好き。この学校のことも好き。友達とか変な先輩とか優しい峰子先輩とかも全部全部好きだよ」
「ああ」
「ヘタレで心が狭いけど……側にいて支えてくれる貞彦先輩のことが好き。なんでも知っていて受け止めてくれる澄香先輩のことが好き。嫌いなものもいっぱいあるけど同じくらいある好きな物に囲まれた……わたしの人生が好きなんだよ!」
素直は子供みたいに泣きじゃくった。
嘘や偽りに誤魔化されない、透き通った涙。
運命に打ちひしがれてもすがりつく、強く折れない涙。
「最高の幸せなんてわたしにはわかんない。最悪の不幸も同じくらいわかんない。けどいなくなってしまったら何もなくなっちゃう」
「素直……」
「だから探すんだよ。色んな人と出会って何かを教えてもらって。疲れて休んでもまた誰かと関わってたまには対立したり分かり合えなかったりして。でも探すことはやめない」
「素直ちゃん……」
「諦めたら終わりだよ。見つかる保障なんてない。歩き疲れた先には道なんてないかもしれない。けれど歩いてきた道筋が無駄だったなんて思えないよ」
素直は立ち上がり、涙を拭った。
そして、言った。
「がんばって探してそれでも見つからなくて疲れて眠って悲しんで。それでもダメだったら受け入れて立ち止まって。それでまた歩き出せばいいんだよ。今はまだ諦めるには早いよ」
貞彦と峰子は、素直に何も言えなかった。
どこまでも理想的で、まっすぐな意見には、眩しさすら感じた。
理想の道は尊く清く、汚れた足では踏み出せない。それでもその純真さに、羨望の気持ちが湧いてくる。
「どうしてすぐに諦めるの? 綺麗な言葉で終わらせようとするの? 綺麗な終わりよりも不細工な続きの方がよっぽど好きだよ」
素直は、貞彦と峰子にすがりついた。
両腕で締め付けるように、二人の体を抱く。
痛みの滲むほどの力強さ。
少しだけ、活力が戻る。
悲しみに囚われていた心が、わずかに晴れる。
押し込めていたわがままに、再び火が灯る。
貞彦は、思う。
これで良かったのだろうかと、疑問を思う。
白須美澄香にとっての、本当の幸せとは何だろうか。
そして、忘れていたもう一つのこと。
久田貞彦にとっての、本当の幸せとは何だろうか。
「貞彦先輩。わたしからお願いがあるんだ」
「なんだ。言ってみろ」
素直は、精一杯の想いを込めて、言い放った。
「澄香先輩の――本当の幸せを一緒に探してくれないかな?」
貞彦は、素直と正面から向き合った。
素直の瞳に手を近づけ、そっと涙を拭う。
穏やかな笑みには、光が宿っている。
「ああ、もちろんだ……ありがとな、素直」
素直は口角を上げて、ニッと笑った。
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