第23話 ヘタレに喝を

 貞彦はトイレに籠ることで、トイレの圧力から回避することに成功していた。


 貞彦は、チャンスを伺っていた。


 余興で行うプレゼント交換用の物とは別に、澄香に渡すプレゼントは用意している。


 どうにかして二人きりになって、ロマンチックな雰囲気で渡す。


 そして、想いを伝える。


 あまり具体的な計画性のない、絵空事であるが、貞彦で考えられたのはこれが限界だった。


 詳細な計画を練る余裕なんて、まったくない。


 ただでさえ不確かな澄香の存在について、頭を悩ませすぎているのだから。


 それでも、決意した。


 どんな結末であったとしても、自分の想いだけでも、伝えなければ――。


「へい兄弟! 調子はどうだい?」


 考え事をしていると、テンションの高い或に捕まった。


 煌びやかなクリスマスのムードに乗っている様子だった。


「どうって言われても、まあ、ボチボチ」


「あまりテンションが上がってないな。せっかくのパーティーなんだから楽しもうぜ」


「これでも俺なりには楽しんでいるんだよ」


「へー」


 或は手に持ったシャンメリーを瓶ごと口に含んだ。


 こいつは絶対に酒を飲んじゃだめだと、貞彦は思った。


 或に新しいドリンクをもらい、とりあえず口に含む。


「ところで、澄香先輩とはどこまで言ったんだ?」


「ブー」


 貞彦は噴き出した。


「ゴホッゴホッ。ど、どこまでってどういうことだよ」


「とぼけんなって。最近、澄香先輩といい感じなんだろ? よく二人きりのところを見かけるって、噂になってるぜ」


「……そうだったのか」


 パーティーの準備をするために、二人で出かける機会は多くなっていた。


 けれどまさか、噂になっているほどだとは、貞彦は思ってもいなかった。


「で、ヤッた?」


「ブー」


「その反応だと、まだか。最低限キスくらいはしてんのか?」


「ききき、キス?」


「いや、その反応はさすがにないわ」


 或は、期待外れだといわんばかりに、肩をすくめた。


 貞彦は、ちょっとだけイラっとした。


「ようやく覚悟を決めたのかと期待してたんだが、まさかまだ全然とはな」


「こっちだって、タイミングを図ってるんだよ。何もしてないわけじゃないんだ」


「そう言う奴は大抵チャンスを逃すんだよ。というか、チャンスを信じられない奴は、本当のチャンスを逃しているだけなんだよ」


 自信満々の或に言われて、貞彦は言葉に詰まった。


 悔しいけれど、強気で堂々とした物言いには、説得力を感じた。


「……そういう或は、彼女がいるのかよ」


「今はいないな」


「へー。『今は』いないのか」


 貞彦はお返しとばかりに、今は、という言葉を強調した。


 皮肉を込めて言ったつもりだったが、当の或は全然気にしていない様子だった。


「ああ。三日前に別れたな」


「三日前!?」


「顔は好みで申し分なかったんだが、やっぱ合わなくてな。どこか遊びに行くたびに写真とって証明しろってのはさすがにきつくてな」


「……すいませんでした」


 淡々と語る或に、貞彦は素直に謝った。


 その交際が良いものかどうかはわからない。


 ただ、少なくとも男女の付き合いに関しては、貞彦の完敗だった。


 謝罪をされたことに、或は意外そうな表情をしていた。


「何を謝ってんだよ。にしても、顔が好みなら良いって思ってたけど、それだけじゃ続かねえな」


「ちなみに、なんかコツとかあるのか?」


 武骨で男らしい雰囲気ではあるが、優男風のイケメンといった風貌ではない。


 或がわかりやすくモテそうなタイプだとは思えなかった。


「コツ? 女と付き合うためのってことか?」


「……ああ」


「そんなのは雰囲気とかノリとしか言えねえけどさ。そうだな……」


 或は考えるような仕草をしていた。


 何か閃いたのか、晴れやかな表情に変わる。


「好きな女に対して『特別に好きなんだ』って思いながら接することかな」


「それって、効果あるのか?」


「まあ、あるだろうな。単純な話、『自分のことを好きな人』と『自分のことを嫌いな奴』とで比べたら、どっちと付き合いたいと思う?」


「そりゃ、『自分のことを好きな人』だ」


「だろ? 別に付き合うとかそういうことじゃなくても、単純に好意を見せてくれる奴のほうが安心して接することができるだろ」


「……確かに」


「時々、自分の気持ちを隠して『別にあなたのことが好きなわけじゃないです』みたいな態度で接する奴もいるけど、あれって逆効果だよな」


「……ああ」


「よっぽどのイケメンとかじゃない限り、一目惚れされるとか夢みたいなもんだ。好きな気持ちってもんは交換的なもんだ。好きって伝わるから、相手も安心して好きになってくれるんだ」


 貞彦はなぜか、ダメージを受けていた。


 気恥ずかしさや強がりで、あまり好意的な気持ちを表に出していなかったように思う。


 自分自身の臆病さがあったんだと、気づいた。


 或のことが、なんだか眩しく見えていた。


「それでも……やっぱ恥ずかしいって言うか……」


 貞彦はすっかり、或に相談モードになっていた。


「恥ずかしがるのは自由だけどよ、それで本当に好きな人と結ばれる可能性が上がるなら、わかりやすい好き好きオーラみたいなの出した方が得じゃねえか?」


「おっしゃる通りだけど……」


「お前は大概ヘタレだな……おっ、そうだ」


 妙案を思いついたとばかりに、或はニヤリと笑みを浮かべた。


 貞彦は嫌な予感を感じて、一歩たじろいだ。


「ヘタレな奴でも勇気を出せる、いい方法があるな」


「やっぱり俺、自分でがんばることにするよ」


 貞彦は逃げようとした。


 しかし、回り込まれてしまった。


「まあ待てよ。俺にいい考えがある」


「え、遠慮したいんだが」


 貞彦の言葉を無視して、或は男らしい笑みを浮かべた。


「なあ、背水の陣って言葉を知ってるか?」






 意味深な言葉を言って、或はどこかに去って行った。


 てっきり難を逃れたかと思って、澄香と二人きりになるチャンスをずっと伺った。


 そして、プレゼント交換も終わり、なんだかんだでクリスマスパーティーも終了した。


 結局目的は果たせずに、貞彦はがっくりと肩を落としていた。


 その矢先だった。


 気が付けば、貞彦は複数人に拘束されていた。

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