第22話 もうどうしようもなく止まらない

 クリスマスイブの日を迎えた。


 いくら澄香の家と言えども、生徒全員を招けるわけではなかった。


 苦肉の策として、今までで関りのあった生徒が中心として招待された。


 受験前にも関わらず、三年生組も参加をしていた。どうやら、受験勉強ストレスもあるらしい。


 リビング、客間などの比較的大きな部屋を複数パーティー仕様へと彩った。


 部屋ごとに料理の種類やBGMを変えて、複数の刺激を体験できるようにしていた。


 一番広いリビングの会場では、簡易的なステージがセットされていた。スタンドマイクが設置されている。


 ステージの中心では、今回のパーティーの発案者である、ネコの姿があった。


「……さあ始まりました。生徒会主催の、クリスマスパーティーイン白須美家!」


『いええええええい』


「……まずは、快く会場を提供してくれた、白須美澄香先輩に感謝を込めて、クリスマスパーティーらしい、エキサイティングな催しから始めよー」


『いええええええい』


「……聖なる夜と呼ばれる、神聖な時間。男も女も、より大胆になっちゃう、興奮の夜……」


 ネコは妙に色っぽい声色で言った。


 カップルとなっている男女たちは、ただならぬ雰囲気に生唾を飲んでいた。


 貞彦は、いつでもツッコミを入れられるように、心構えをしていた。


 ちなみに、新生徒会の蛮行を止めるべく、カルナや奥霧は料理を楽しみつつも、しっかりとスタンバっていた。生徒会はもうダメかもしれないが、風紀委員はしっかりと仕事をしているようである。


「……みんなで楽しめるイベント。それは……格闘技だー!」


「ネコちゃんの初ステージに、こんなにも集まってくれてありがとー!」


「ああああああああああああああああああああ」


 突如現れたのは、ネコの姉のナコだった。


 登場するや否や、ネコの隣の光樹を羽交い絞めし始めた。


 クリスマスには噛み合わない、断末魔が響く。


「誰だ! あの人を呼んだの!」


 貞彦がツッコむと、ひと際ニコニコした人物が視界に入った。


 澄香だった。


「お前か!」


「貞彦さんに初めて、お前呼ばわりをされました。とても新鮮で、嬉しいです」


「嬉しいんだ!」


「おっ。君は久田くんだっけ。久しぶりチョークスリーパー」


 ナコは挨拶と必殺技を兼ねながら、貞彦に近づいた。


 あわや捕まると思い、貞彦は咄嗟に目をつむった。


 ナコに捉えられる寸前、貞彦の体が引っ張られた。


 後方によろけると同時に、横から誰かが押し出された。


 ナコは勢いのまま、飛び出てきた人物をチョークスリーパーに処した。


「あれ? 君は誰?」


「ああああ痛いけどやわらかいいい。は、刃渡瑛理っていいまああああす」


「そっか。ま、いいや」


「あふうううううううう」


 貞彦の代わりに捕まった瑛理は、痛みだけでなく、歓喜の混じった声を上げた。


 ナコの体が密着していることで、興奮しているらしい。


「……澄香先輩」


 貞彦は、引っ張った張本人を呼んだ。


 澄香は淀みのない笑顔を見せていた。


 ナコへの生贄として、瑛理をあてがった者の表情とは、思えないくらいだった。


「はい、なんでしょう?」


「いや、なんで刃渡が身代わりに?」


「貞彦さんは、ナコさんと密着したかったのですか?」


 澄香は相変わらず笑顔だった。


 笑顔だったのだが、そこはかとない迫力を秘めているように思えた。


 普段は感じない威圧的なオーラを感じて、貞彦は少したじろいだ。


「どっちでも……」


「どっち、でも?」


「いや、助けてくれてありがとうございます」


 貞彦は即座に頭を下げた。なぜか、こうしなければいけないような気がした。


 澄香の笑みが、柔らかみを帯びた。


「いえいえ。どういたしまして。貞彦さんのお役に立てたようで良かったです」


 ナコはますます暴走を続け、男子生徒たちは次々と犠牲になっていった。


 すでにどこか嬉しそうにナコにやられる男子たちを見て、女子たちは冷ややかな視線を向けていた。彼女持ちの男子たちのこの後を思うと、貞彦はぞっとした。


 暴走するナコ。コンサートを始めるりあみゅーのメンバー。愛を振りまきだしたまりあと信者たちの合唱。怒声を上げる甲賀ら風紀委員関連メンバー。


 パーティー会場というよりも、養鶏場のような騒がしさを呈していた。


 貞彦は、エコバッグに手を入れた。


 澄香のために買ったプレゼントが入っている。


 いつ渡すべきだろうかと、貞彦はタイミングを図っていた。


 パーティーの前に渡しておくべきだったか。


 それとも、パーティーの最中で、どさくさにまぎれて渡してしまおうか。


 もしくは、パーティーが終わった後に、二人きりになって、その時にでも。


 後回しにしようといった、弱気な思考がもたらされる。


 貞彦は、これではいけないと、考え直していた。


 澄香の求める幸せは、刹那的なのかもしれない。


 そして、刹那的な幸せの在処は、今のこの瞬間にしかないのだ。


 四の五の言ってはいられない。


 貞彦は、誰も注目のない、今のタイミングでプレゼントを渡そうとした。


「さだひこ先輩飲んでますか~?」


「サダサダも楽しまなきゃ損ですわー」


 割り込むようにしなだれかかってきた、カナミと安梨に遮られた。


 当たり前のことだが、二人が飲んでいるのはただのシャンメリーだった。


「ってカナミ。今日はなんだか近いな!」


「だって、今日はクリスマスイブですよ聖なる……性なる夜なんですから。夜のメリークリスマスですよえへっへっへっへ」


「そういやお前、下ネタ好きだったな!」


「よく意味はわかりませんが、サダサダの出番ですの」


「出番って、一体なんのだよ」


「男子限定のクリスマス相撲ですわ」


「クリスマス要素はどこなんだよ!」


「まわしはないですから、男性用ビキニ着用です。その色が、赤と緑なんですよ」


「世界で一番、残念なクリスマス要素だよ!」


「対戦相手は、黒田先輩です」


「絶対に嫌だ」


「それなら、竜胆先輩でもいいですわ」


「相手がイケメンすぎて俺が霞むわ!」


 おかしな空気に当てられて、カナミと安梨ははしゃぎにはしゃぎ、貞彦を引っ張っていった。


 澄香は、名残惜しそうな表情をしたが、目撃した者は誰もいなかった。


 澄香は表情を整えるように、目を閉じる。


 目を開き、幸せそうに笑う。


「こんなに賑やかなクリスマスは、初めてですね」

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