第21話 刹那の光を、想う

「学校帰りに買い食いなんて、生徒会長さんも悪よのう」


 貞彦がそうからかうと、峰子はぷいっと顔を背けた。


「……いいんです。元、生徒会長ですから」


 普段は見せない、拗ねたような表情。


 貞彦は少し、笑った。


「こっちが峰子先輩の、本当の姿って感じなのか?」


「本当の姿、というのは少し違うのかもですね。生徒会長としての私も、プライベートを過ごす私も、それはおんなじ私です。立場によって振る舞いが違うだけです」


「ということは、生徒会長の時は、その立場だから絶対にしなかったのか?」


「ちょっと……我慢していました」


 峰子はいたずらっぽく舌を出した。


 生徒たちのことを思うがあまり、眉間にしわが寄っているイメージが拭えなかった峰子。


 今の姿はとても、年相応の少女に見えた。


「そういえば、峰子先輩の食べているクレープ、なんて奴だっけ?」


「これですか? メキシカンタコスです」


「いや、なんでだよ!」


 貞彦はツッコんだ。


 確か峰子も、甘いものは好きだったはずだ。


 にもかかわらず、甘さのかけらもないクレープに手を出したことに、なんだか納得がいかなかった。


「誰かと買い食いをすることが珍しくて、ついつい普段なら頼まないものを頼んでしまいました」


「あんまりそうは見えないけど、けっこうテンションが上がってるんだな」


「わかりやすくはしゃぐことは、あまり得意ではないんです。だからきっと、主役に立つよりも、誰かをサポートするような立場が、好きなのかもしれないですね」


 峰子は、遠い目をしながら、クレープを口に運んでいた。


 貞彦も、チョコバナナアイスクレープを頬張る。甘くておいしい。幸せの味がする。


「やっぱり、貞彦くんのも美味しそうですね」


「なら、一口食べる? その代わり俺も一口欲しいな」


「いいですよ」


「いいのか? それやっちゃうと、間接キスになると思うけど」


 貞彦がそう言うと、峰子は微妙に口元を歪めた。


 けれど、次の瞬間には表情は戻っていた。


「間接キスくらい、恥ずかしくありません。私の方がお姉さんなのですから」


「そっか。峰子先輩は大人だな」


「でも、あまり言われると意識が持って行かれるので、もう間接のアレとかは言わないでくださいね」


「やっぱ大人でもなかった!」


 貞彦がツッコみを入れて、二人は一口ずつ、クレープを交換した。


 ただ美味しいだけじゃない。


 味覚以外の何か別の成分が入り混じったようだ。


 気恥ずかしく、なんだかむずがゆい味がする。


 言葉が出なくなる。


 人の音に加えて、音楽が聴こえてくる。


 とあるドラマやCMで聴いた、流行りの曲。アップテンポな刺激に、自然と体が踊るようだった。


「この曲……」


「峰子先輩は、知っているのか?」


「はい。テレビで聴いたくらいですが……なぜでしょうか」


「何が気になるんだ?」


「いえ、なんとなくなのですが、この曲を聴いた時に、とある人が思い浮かびました。曲の雰囲気には似つかわしくないのかもしれませんが、なんとなく」


「それは、誰なんだ?」


「白須美さんです」


 峰子は、自分でも不思議だと言わんばかりの表情をしていた。


「『たった一瞬の、このきらめきを。食べつくそう二人で、くたばるまで』この乱暴で刹那的な響き。おかしいですね、白須美さんのイメージとは、まるで違うのに」


 峰子の言った言葉を聞いて、貞彦は息を飲んだ。


 峰子が抱いた感覚的なイメージを、貞彦も感じていた。そして、思い出していた。


 夏の海で話し合ったこと。幸せはこの瞬間にしかないと、澄香が言っていたこと。


 瞬間的な快楽を期待していた。あの時の澄香は、ひどく刹那的であった。


 貞彦も、そう感じていた。


「『稲妻のように生きていたいだけ』……一瞬の閃光。でも、忘れられないくらいに、大きな煌めき」


 貞彦は、呟くように言った。


 なんでも肯定する姿勢は、現実味がないくらいに、理想的だ。


 人であれば、不満や好き嫌いが生じる。当たり前だし、仕方がないこと。


 全ての人を肯定なんて、できない。


 けれど、澄香は可能なかぎりそうしていたように見えた。


 心が狭くて、他人を許せなくて、他者と迎合できないと言っていた。そんな過去の澄香のイメージと、随分と違っている。


 どうして、優しくいられるんだろうか。


 閃光のような光で、居続けられるんだろうか。


 貞彦と峰子は、示し合ったかのように、空を見上げていた。


 澄み渡った空気に、遠くから輝きが落ちてくる。


 一瞬だけ何かが光った。ような気がした。


「白須美さんはまるで、彗星のように感じます」


「あの、流れ星みたいなやつのことか?」


「はい。ほうき星とも言いますね。夜の闇を引き裂くように、鮮烈な光を残していく。矢のような尾を持った、閃光」


 大げさな物言いだと貞彦は感じていたが、笑い飛ばせはしなかった。


「激しい輝きで辺りを照らして、やがて消えてしまう。双曲線の軌道を描く彗星が、二度と戻ってこないように……」


 そんなバカなと、言ってしまえるだけの余裕は、まるでなかった。


 ただでさえ、おかしなことが起きている。


 そしてどうやら、現実であるらしい。


 同じ学校の三年生という、現実的な意味合いで結ばれていた。けれど、その前提も崩壊した。


 澄香が一体、何者なのかという答えは、まだ出ていない。


 しかし、この秘密を全て引きずり出してしまったなら。


 もう二度と澄香に会えない。


 そんな恐怖を、貞彦は感じた。


「貞彦くん」


「……はい」


「本当に白須美さんのことが好きなら、決して諦めちゃいけないですよ――彗星と女の子は、捕まえておかないと逃げちゃいますからね」


 真剣なようで、どことなくおどけて、峰子は言った。


 本当の姉みたいな雰囲気を感じた。


 励まされて、力が湧き出てくるように感じた。


 そろそろ楽しかった時間も終わりだと思った矢先、貞彦は必要なことを思いだした。


「そう言えば、峰子先輩に渡すものがあったんだ」


「なんですか?」


「これ」


 貞彦は、ラッピングされたプレゼントを、峰子に渡した。


 峰子は驚きながらも、貞彦に促されて封を開けた。


 プレゼントは、峰子自身が派手すぎると言っていた、ビタミンカラーのブランケット。


「……貞彦くん、どうしてこれを?」


「今日付き合ってくれたお礼がしたくて。なんとなくだけど、本当は欲しかったのかなって思ってさ……違ってた?」


 峰子は、プレゼントを胸に抱きしめた。


「いえ、間違ってなんかいないです」


 峰子は、満足そうに目をつぶった。


「貞彦くんは、きっと大丈夫ですよ」


「そうかな」


「ええ。こんな素敵な後輩のことを、白須美さんが置いていくわけないじゃないですか」


 峰子に言われて、貞彦は気恥ずかしくて目を逸らした。


 バックに入った、プレゼントに手を添える。


 澄香に渡そうと、一生懸命選んだプレゼント。


 無事に渡せればいいなと、柄にもなく祈っていた。

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