第20話 プレゼントの選び方

 期末テストが終わり、クリスマスも間近に迫っていた。


 クリスマスパーティー・イン・白須美家に向けての準備も、遅滞なく進んでいた。


 午前中で学校が終わり、貞彦は繁華街に来ていた。


 そして、ガチガチに緊張をしていた。


 澄香との初デートの次くらいに、緊張しているようだった。


「すいません。お待たせしてしまいましたか?」


「いえ、今来たところです」


 貞彦は緊張のあまり、定型文めいたことを言った。


 様々な雑務のために、遅れてやってきたのは、峰子だった。


 クリスマスパーティーの余興としてプレゼント交換が行われる。


 何を選べばいいのかわからないと、峰子に漏らしたことがあった。


 峰子は受験があるにも関わらず「私で良ければお付き合いしましょうか」と、申し出た。


 きっとこの人は、人の面の皮を被った天使なんだろうと、貞彦は思っていた。


「それでは、行きましょうか」


「はい」


 二人で歩き出すが、わずかに歩幅が合わずにぎこちない感じとなっていた。


 峰子は、申し訳なさそうに顔を伏せた。


「恥ずかしながら……男の人と二人きりで出かけることがなくて……」


「俺も、そんなに経験がなくて」


 お互いに、ペコペコと謝るような形となった。


 謝罪の姿が、重なった。


 なんだかおかしくなって、向かい合って噴き出した。


「貞彦くんは、私よりは経験豊富なんですね。そのお相手は、白須美さんですか? それとも、素直ちゃんですか?」


「いや、その……」


 両方だというのは、なんだか言い辛かった。


 峰子は貞彦の様子を見て、少しからかうような表情をした。


「ふふふ。経験豊富な貞彦くん。素敵なエスコートを、期待していますね」






 クリスマスのざわめきに、街は踊っている。


 吐く息がショーウィンドウを曇らせる。もやが晴れた先には、煌びやかな明かりに照らされる。


 どこか浮足立ったアスファルト。歩くだけなのに、タップダンスのような響き。


 誰もが幸せそうに、街に溶けていく。


 貞彦と峰子は、ホームインテリア雑貨の店舗に立ち寄った。


 上質なシーツを手に取り、値段を見た瞬間に商品をもとに戻した。


 瓶の中にアロマスティックが差してあり、なんだかおしゃれに見える。


 少し派手目なブランケットを手に取り「これは私には、派手すぎますね」と、名残惜しそうに棚に戻す峰子に、しおらしさを感じた。


 スタジオにありそうな証明の束。こんなものがあったらおもしろいねと、二人で笑い合った。


 まるでデートをしているようだと、思考が流れ込む。そうじゃないんだと、自ら否定していた。


 もしかしたら身近にありそうな、幸せの形。嫌でも、想像してしまう。


 でも、もしここで求めてしまったとしたら、二度と澄香には辿り着けないような気がした。


「貞彦くん?」


 峰子は貞彦の顔を覗き込んだ。


 近くで見ると、眼鏡の奥から覗く瞳が見える。よく見ないと発見できない、控えめな奥二重。艶やかにカールした睫毛。


 ドキッとしかけた。


「……いや、澄香先輩に、何をあげたら喜んでくれるかなって思って」


 貞彦は、咄嗟にそれっぽいことを言った。


 その言葉を素直に受け取ったらしく、峰子は考え出した。


「白須美さんなら、何をあげても喜んでくれると思うのですが」


「そうかもしれないけど、どうせなら、最高に喜んでくれるものをプレゼントしたいじゃん」


「貞彦くんは、本当に白須美さんのことが好きなんですね」


 峰子はまるで、弟を見るような目で貞彦を見つめていた。


「……はい、そうです」


「あら、思いのほか正直なんですね」


「もう、誤魔化していられないほど、その」


「ふふふ。少々強引でも、女の子のことを連れ出してくれる存在であって欲しい。男らしくあって欲しい。ちょっと古いかもしれませんが」


「……素直にもよく、男らしさが足りないって言われる」


「あらあら。貞彦くんが悪いわけじゃないですけど、やっぱり、ちょっとくらい無理やりな方が、憧れてしまうのかもしれませんね。愛されていると、思えますし」


 峰子はいつにも増して、乙女チックなことを言っていた。


 生徒会長という重圧から離れたことも、関係しているのかもしれない。


「プレゼントの話に戻りますが、貞彦くんは何をプレゼントしたいと思うのですか?」


「ここに来ておいてなんだけど、澄香先輩は本をたくさん読むから、本をプレゼントしようかと」


 貞彦の提案に、峰子は珍しく渋い顔をしていた。


「……それはおそらく、やめておいた方がいいかもしれませんね」


「どうして?」


「プレゼントをする時に、相手の得意分野や、特に好きな物については、やめておいた方が無難だと考えられます」


「好きな物や得意な物なら、喜んでくれる可能性も高いんじゃないか?」


「浅い趣味としてであれば、そうかもしれません。ですが、もしも本格的に好きな場合であれば、こちらのあげた物をすでに持っていたり、あまり良くないものだったりする場合に、わかってしまうかもしれません」


「……なるほど」


 貞彦は少し落ち込んだ。


 その様子を確認し、峰子は少し困ったように顔をしかめていた。


「だからこそ、攻略法ではないですが、プレゼントを選ぶコツみたいな物はありますよ」


「攻略法?」


「はい。相手の得意分野ではなく、自分の得意分野の物を選ぶ方が、良いと思われます」


「それって、独りよがりになりがちなんじゃないのか?」


 貞彦が疑問を口にすると、峰子は得意げな笑顔を見せた。


「それはもちろんあげる相手によりますね。貞彦くんが白須美さんにあげるのであれば、問題ないでしょう」


「そうかなあ」


「ええ。もしもの話ですよ、素直さんから『貞彦先輩には男らしさが足りないから、なんかワイルドになるカツラでも買ってきたよ』って渡されたら、どう思います?」


「お前の思うワイルドさはしょぼいな! ってツッコむけど、とりあえずは被ってみるかもしれないな」


「ではそのセリフとプレゼントが、刃渡さんからもたらされたとしたら、どうですか?」


「怒りに任せて張り倒す!」


 貞彦の剣幕がおもしろかったらしく、峰子は口に手を当てて笑った。


「あははは。プレゼントを渡すという行為も、大切なのはやはり関係性です。関係性の良い相手であれば、大抵のことは許せてしまうし、そんなところすらも好ましく思ってしまうものでしょう」


「……まあ、そうだよな」


「『屋烏の愛』という言葉があります。愛している相手であれば、その人の家の屋根に留まっている鳥ですら、愛おしく感じる。そういうものです」


「わかった。俺なりに選んで見るよ」


 峰子は、満足気に頷いた。


「それにしても……峰子先輩はたとえ話がちょっとアレだな……」


 貞彦はぼそっと呟いた。


 峰子は、一瞬だけ真顔になっていた。

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