第15話 暴かれる秘密

 素直に背中を押された翌日、貞彦はとある場所に向かっていた。


 以前感じていた違和感を、そのままにしていたことを思いだしたからだった。


 この違和感を解消してしまえば、楽しい幻想から解き放たれてしまう。


 そんな恐怖を感じて、目を逸らしていた。


 けれど、貞彦はもう逃げるわけにはいかなかった。


 澄香の全てを知りたいと決めてしまった。


 澄香のことが好きだと、認めてしまった。


 曖昧なままにしておきたくないと、心から思ってしまった。


 貞彦は、とある教室の扉を開けた。


 テスト期間のため、誰もいないかもしれないと危惧していた。しかし、その予想に反して、一人の男子生徒が佇んでいた。


 カメラを磨きながら、ニヒルな笑みを浮かべている。


 引退済みの元写真部部長、カラスだ。


 カラスは、貞彦に気づいて意外そうな表情を見せた。


「貞彦じゃんか。珍しいな」


「カラス先輩に、お願いがあって来ました」


「俺にお願いだと? 珍しいな。とりあえず要件を言ってみろよ」


 貞彦は、真剣な表情で口を開く。


「前に見せてもらった、在学生の顔写真がもう一度見たい」


 申し出を聞いたカラスは、表情をこわばらせた。


「まあ以前、安梨ちゃんの件で見せちまってるから、絶対にダメとは言えないな。けど、個人情報を無下に晒すってのは、マナー違反どころかルール違反だな」


「それは、わかってるつもりだ。けど、そのことを承知で、お願いします」


 貞彦は頭を下げた。


 カラスは困惑に口元を塞いだ。頭を下げるほどに切迫しているとは、カラスは考えていなかった。


「引退したとはいえ、可愛い後輩の頼みだ。聞いてやらないこともないが、俺だってリスクを背負うわけだ」


「はい」


「納得させろとは言わない。けどな、せめて理由を説明する努力は見せて欲しい。俺がそう考えることは、とても自然なことだよな?」


 回りくどいが、理由を聞かせろ。カラスはそう言った。


「澄香先輩に関する疑問を解消させたい。そう思って頼んだ」


 貞彦の言葉を聞いて、カラスは目の色を変えた。


 そして、興味深そうに頷いた。


「ふーん。もしかして貞彦も、俺と同じ疑問を持っているのか?」


 カラスは、まるで挑発するように言った。


「同じ疑問かはわからない。けどカラス先輩も、やっぱり違和感を感じているのか?」


「そういうこったな。正確に言うと、俺の得ている感覚と、実際に集めているデータとが合わないんだ」


「俺だけじゃない。峰子先輩も、何かしら違和感を感じていたり、思い出せないことがあるようだったんだ」


「それは興味深いな。じゃあ貞彦。お前なら、その違和感を確信に変えられるって、信じてもいいのか?」


「はい」


 貞彦は、間髪を入れずに頷いた。


 一歩も引かない貞彦の様子に、カラスは満足気に笑った。


「ちょっと見ないうちに、随分と逞しくなったじゃねえか。そこまで言うなら認めてやるよ。見たいのは、全学年の写真か?」


「いや、三年生だけでいいんだ」


「ほらよ」


 カラスは、貞彦に顔写真ファイルを渡した。


 椅子に腰を掛け、木製のテーブルにファイルを広げる。


 現役の三年生の生徒達が、クラス順に並べられている。


 じっくりと目を凝らして、一ページずつ丁寧にめくる。


 万が一の見落としがないように、目を皿のようにしてファイルをなぞり続ける。


 自分自身の疑問が、間違いであって欲しいと、貞彦は願っていた。


 前回に見た時の違和感は、ただの見落としの結果であったと、そんなオチであって欲しい。そう願っていた。


 ページがめくられていくたび、疑惑は確信へと近づいていく。


 断頭台へ向かうように、夢から覚めていく一歩を踏み出している。


 貞彦は、ファイルを最後まで見終えた。


 パタッと、ファイルを閉じる。


 項垂れる。


「お前が感じた疑問は、どうなった?」


 カラスに聞かれて、貞彦は顔を上げた。


 何かを諦めたような、色のない表情が印象的だった。


 貞彦は、閉じたファイルを見つめつつ、答えた。


「解消したよ。やっぱり、予想通りだった」


「へえ。で、その予想の内容っていうのは、なんだったんだ?」


 貞彦は拳を握りしめつつ、絞り出すように声を震わせる。


「澄香先輩は……白須美澄香は――三年生の中にはいなかったよ」

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