第8話 新生徒会が始動するまでには色々ありました(一切描写なし)

 色々な人と話をして、幸福についての見解を広げてきたのではあるが、貞彦には焦りが募っていた。


 あまりにもゆっくりとした歩みで、核心には辿り着けていない。


 暗闇の中を灯もなく歩いているかのような、不確かさ。


 率直に言うと、不安だった。


 別に期限が区切られているわけではない。


 ただ、時は刻一刻と過ぎていく。


 もう一カ月もしないうちに、クリスマスを迎える。


 特に予定はない。悲しくなんかないと、自分に言い聞かせた。


「貞彦先輩。しけたツラしてるね」


「汚い言葉を使うんじゃありません。ってか、素直は悩んでないのか?」


 素直は両手を頭の後ろで組んでいた。


 呑気な表情だった。


「焦ってもしょうがないって言うかさー。幸せなんてそう簡単に見つかるもんじゃないし」


「そりゃそうかもしれないけどさ。早く何らかのことをしないと、澄香先輩が卒業しちまう」


「まだ時間はあるでしょ。あっでも受験勉強とかで忙しくはなるかもしれないよね」


 素直が何気なく言ったことで、貞彦は改めて澄香の境遇について思い浮かべた。


 峰子や来夢は当然の如く受験勉強をしていた。


 甲賀は当然としても、まりあやカラスまでもが、何かに追われているような焦燥感を醸し出していた。


 余裕そうに飄々としているのは、澄香だけのように感じた。


 裏では猛勉強をしているかもしれないけれど、そんな素振りは微塵も見せてはいない。


 その余裕さがかえって不気味にも見える。


 まるで、世界の歯車には乗っていないような、浮世感。


「じゃあせめて、それまでの間に楽しく過ごして欲しいよな」


 貞彦は、早口気味に言った。


 無意識に、この先のことを考えないようにしているようにも見えた。


「卒業生のための行事が卒業式だけっていうのもなんだかつまんないよね」


「気持ちはわかるけど、急に何かやるっていうのは難しいだろ」


 貞彦が常識的なことを言うと、素直は怪しく笑った。いたずらを企む子供の表情。


「やってみなきゃわかんないよ。それに生徒の願いは叶えられなきゃいけないよね」


「素直、お前まさか」


「せっかくだからお願いしてみようよ。新生徒会長に」


 峰子が文化祭を持って生徒会の仕事を引退した直後、新生徒会発足の準備が着々と進められていた。


 本来であればもっと早い時期から選挙もろもろを行うのが常だが、どういうわけか三年生が受験に入るギリギリの時期に決めるというのが、通例となっていた。


 そして、一切の説明はなかったとはいえ、しっかりと新生徒会は発足されていたのだった。


「新生徒会の体勢が整うまで、大変だったよな」


「そうだね。裏切りに降格。裏生徒会の暗躍に大どんでん返し!」


「……なぜだろう、真実を語っているはずなのに、ぜんぜんしっくりこないんだけど」


 貞彦は首をひねっていた。


「気にしちゃ負けだよ!」


「それもそうだな」


 貞彦と素直は、現状を棚上げした。


「まあ、新生徒会発足祝いに、顔くらいは出しておくか」


「おー」





「……生徒会室へようこそ。私が生徒会長である」


「なんかゲームの村長みたいなセリフの奴が出てきたぞ!」


 貞彦がツッコむと、新生徒会長は満足そうに頷いた。


「……さすが貞彦くん。いいツッコミ。生徒会に欲しいくらい」


「いや、生徒会役員はもう埋まってるだろ」


 新生徒会長、猫之音ネコは威厳を表わすようにふんぞり返った。


「……生徒会長、副会長、書記、庶務枠は埋まってる。ボケとツッコミとお色気枠がまだ」


「そんな役職はない」


「ネコには俺たちがついているんだ。悪いけど久田くんの出番はないぜ」


 貞彦とネコの会話に、光樹が入り込んできた。


 そのままネコの隣に並び、腕を組み始めた。


 まるで学校を牛耳っていると言わんばかりの、偉そうな雰囲気を出していた。


 そんな二人を、素直はジト目で見つめていた。


「香田先輩……副会長は俺だみたいな顔してるけどさ。香田先輩は庶務じゃん!」


「うぐっ」


 素直がズバリ言い放って、光樹はたじろいだ。


「そうですよ。副会長はカナミですからね」


 ひょっこりと顔を出したのはカナミだった。


 今回の生徒会メンバーは、異色揃いと言っても過言ではなかった。


 生徒会長、猫之音ネコ。


 副会長、天美カナミ。


 書記、御剣満。


 庶務、香田光樹。


 比較的人気の高いメンバーが集まったことで、生徒会というよりも、アイドルグループのような扱いとなっている。香田を除いて。


 ああだこうだと言っているうちに、現状を見かねたのか、満が顔を出した。


「貞彦くんに素直ちゃん。このままだと話が進まなさそうだから、僕が話を聞くよ。光樹くんはお茶を出して」


 満にあごで示され、光樹はしぶしぶとお茶を注ぎに行った。


 出番を奪われたことで、ネコとカナミはぶー垂れていた。


 生徒会唯一の良心は、満なのかもしれないと、貞彦は思った。


「それで、一体なんの要件なんだい?」


「みんなで楽しいことがしたいなーって思ったんだよ!」


 素直は勢いよく抽象的なことを言った。


 澄香からの依頼内容は、むやみには話せないという判断はあったのだろう。


 とはいえ、気持ちが先走りすぎたのか、内容はとてもざっくりとしていた。


「内容はともかく、生徒会室に来たっていうことは、何かしらのイベントを企画して、実現に協力してもらいたいってことかな?」


「ああ。内容はこれから話し合っていきたいと思うんだが」


「……それなら、クリスマスパーティーをやろう」


「いいですね! カナミも賛成です」


 ネコとカナミが横やりを入れる。


 瞳は爛々と輝いている。


 その中では『なんとなく楽しそう』といった衝動のみが渦巻いていた。


「あの、会長。今から申請したり、実行をするには、時間が足りなさすぎるんじゃないかと思うんだけど」


 満は現実的なことを言った。


 しかし、ネコは断固としてひるまない。


 偉そうな表情をして、ネコは満を見つめ返した。


「……満くん。生徒たちの願いを叶えることを諦めて、何が生徒会長だろうか」


「ネコせんぱいかっこいいです! カナミもその意見には賛成です!」


「いや、予算取りとか、場所とか人員とか、決めることは山ほどあるんだけど……」


 満の呟きは、誰にも取り入れられなかった。


 あまりにも勢いだけで、計画性は皆無である。


 しかし、不思議と信じてみたくなる勢いは感じられた。


「……貞彦くん、素直ちゃん。君たちの願いは、私たちが実現してみせるから」


「ネコ会長」


「ネコ先輩会長!」


 貞彦と素直は、ネコのことを尊敬の眼差しで見つめる。


 なんの具体性もなく、根拠のない自信。


 それでも、ただやりたいという思いだけは伝わってくる。


 ひょっとしたら、何かやってくれるかもしれない。


 貞彦と素直は、そう期待したのだった。







 学校でクリスマスパーティーをやりたいという目論見は、当然却下された。

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