第2話 募る不思議
「なるほど。それはまた、難問ですね」
峰子はそう言って、カプチーノに口を付けた。
澄香の願いを叶えようにも、どうすればいいかわからなかった。
澄香自身に色々と質問をしたのだが、笑顔ではぐらかされてしまった。
澄香自身の答えでなく、貞彦と素直自身に見つけて欲しい。そう言っているように思えた。
これは、澄香からの挑戦状であるように思う。
しかし、意気込んだものの、結局のところ何も思いつかなかった。
少しでもヒントを得られないかと思い、峰子に泣きついたところ、一緒に喫茶店に行くことになった。
生徒会を引退し、受験勉強に忙しい最中である。
それでも付き合ってくれる峰子には、感謝してもしきれなかった。
「澄香先輩と一番仲が良いのって、多分峰子先輩だと思うんだ」
「峰子先輩って生徒会で澄香先輩と一緒だった時があるんだよね。その時のことは澄香先輩は話してくれないけど」
かつて峰子が、澄香のことを元副会長と呼んでいたことを、素直は覚えているようだった。
「懐かしいですね。あの頃は白須美さんが副会長をしていて、私は……」
峰子は懐かしそうに目を細めて、思い出を語ろうとしていた。
しかし、時が止まったように動かなくなってしまった。
「峰子先輩?」
心配になり、貞彦は声をかけた。
峰子は呆けた表情をしている。
何かを失くしてしまったような、そんな表情だった。
「どうしたの峰子先輩?」
「いえ……大丈夫です。一瞬、ど忘れしてしまったみたいです。ともかく、あの頃の白須美さんは、今の白須美さんとは随分と違っていたように思います」
「今の澄香先輩と、昔の澄香先輩ではどんなところが違ったんだ?」
峰子は考え込むように一度黙り、口を開いた。
「今よりももっと冷徹と言いますか。圧倒的に正しいことを言うのですが、そこに思いやりだったり気配りといった配慮は、少なかったように思いますね」
「それはなんだか意外だなー。今の澄香先輩からは考えられないよ」
「そうかもしれませんね。でも、そんな白須美さんの姿に私は憧れていました」
峰子は遠い目をしていた。
「峰子先輩もすごい人だなって俺は思うけどな」
「ありがとう貞彦くん。でもあの時の私は、今ほど自分自身の芯というものを持っていなかったんです。唯我独尊的であろうとも、白須美さんには憧れるだけの強さがあったように思えるのです」
峰子が語る白須美澄香と、貞彦たちが認識している白須美澄香。
関わった時間、交流の深さ、タイミングなどの相違はある。印象が違っていて当然のことだ。
しかし、その相違があまりにも大きすぎて、貞彦は少し驚いた。
本当は、人と関わることが苦手と言っていた澄香。
理想と現実が折り合わないことを歯がゆく思っているという澄香。
今のこの瞬間の幸せを望む姿は、ひどく刹那的にも思える。
わざわざ『幸せにしてください』とまで宣言するほどの必死さこそが、彼女の本質なのだろうか。
「なんだか違和感を感じるんだよねー」
イチゴパフェを食べ終えた素直は、腕を組んで首をひねっていた。
「違和感? 何に違和感を感じるんだ?」
「うまく言えないんだけど、澄香先輩と峰子先輩の関係性かな」
「私と白須美さんの関係性? それは、どういうことですか?」
峰子も不思議そうにしていた。本人にも、素直の言っていることはわからないらしい。
素直は、思考をむりやり絞り出すように言った。
「なんていうか澄香先輩と峰子先輩の立場が対等じゃないというか峰子先輩がまるで後輩みたいな感じって言うか」
「言われてみると、峰子先輩って澄香先輩に遠慮がちというか、そんな感じはするかもしれない」
「……確かに、そうかもしれませんね」
素直の言った違和感について、峰子は肯定した。
「それも無理のない話です。だって、白須美さんは私の……」
峰子はまた、口をつぐんだ。
驚愕に、声も出なくなっているようだった。
峰子自身の驚愕の内容を声に出そうとしたようだったが、それは叶わない。
次の瞬間には、また先ほどと同じ表情に戻っていた。
「峰子先輩……?」
貞彦は訝しさと心配の混じった声掛けをした。
「ミスター&ミスコンテストの時に、感じていた違和感について思い出しました」
「違和感? 峰子先輩も、何か感じていたのか?」
「はい。安梨さんという参加者の方がいましたね。彼女に対してなんだかおかしいなという思いを、ずっと抱いていました」
「ああああさんだね! 彼女はなんていうか特殊な存在だからね」
「あの方について貞彦くんと素直ちゃんは、何か知っているのですか?」
「ああ。信じられないかもしれないけどさ」
貞彦と素直は、安梨・アステリスカス・愛子・アタラクシアに関する出来事を、峰子に説明した。
峰子は真剣な表情で二人の話を聞いていた。
「にわかには信じがたい出来事ですね」
「まあ、普通はそうだよな」
「だよねー」
「私が彼女に感じた違和感とは、とてもシンプルなものです。『安梨さんという方は、この学校に所属していたでしょうか?』です」
「その疑問は俺も感じていたんだ。安梨の存在が、なんであっさり受け入れられているんだろうって」
三人は、考え込んで押し黙った。
「峰子先輩は知っていたっけ。猫之音ネコの夢の中で……色々がんばったって話」
貞彦は微妙に言葉を濁した。
まさか夢の中でラブコメをしたり、他人のラブコメを見せられたりしたことを、あからさまに言いたくはなかった。
「噂では聞いております。考えてみれば、不思議な話ですね」
「あとあと瑛理先輩とサヤ先輩のこともすっごい不思議だよね」
「そうですね。物理法則を基準にして考えたら、あり得ないことばかりが起きているようですね」
貞彦は、秋明に向かって澄香が言っていた言葉を思い出していた。
「……澄香先輩がこの前、言っていたんだ。この世に不思議なことは、起こり得るんだって」
「まあ、実際に起きてしまっている以上、きっとその通りなんでしょう。私が言いたくても言い出せないこのもやもやについても、何か関係があるのかもしれませんね」
峰子はため息をつきつつ言った。
峰子と話をした結果。
わからないことが増えてしまった。
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