相談内容⑧ 幸福を見つけるためには Wish you the best happy ending?

プロローグ 幸福を願う相談者

 貞彦と素直は、額を突き合わせて悩んでいた。


 白須美澄香が相談支援部を引退し、心機一転でがんばろうと誓いを立てていた最中。


 また一人、迷える相談者がやってきたのだった。


 様々な体験を得た二人は、そんじょそこらのことでは、動じたりしないだけの胆力を手に入れていた。


 にも関わらず、貞彦と素直は悩んでいた。


 その理由は簡単だった。


「さすがのわたしもこの展開は予想外だったよ……」


「だよな……まさか、澄香先輩自身が相談に来るなんてな……」


 貞彦と素直の前には、先日引退したばかりの白須美澄香が座っていた。


 澄香はニコニコと、満面の笑みを浮かべている。


 今までは相談を受ける側だったため、立場が変わったことで、とても新鮮な気持ちになっているらしい。


「貞彦さんに素直さん。放っておかれては、相談者の方々も困ってしまうかもしれません」


「ぐうの音もでないね! でも澄香先輩。わたしたちもちょっと動揺しているんだよ」


「まあ正直、澄香先輩が相談に来るなんて予想外というか、ちょっとどうしたらいいかわからないっていうか……」


 今までの相談業務をこなしていた、澄香の相談に乗るということに、二人は腰が引けていた。


 どうあがいても、澄香よりも上手にこなせる自信なんて、二人にはなかった。


「相談を受ける際に、確かになんらかの技術があれば、物事はスムーズに進むかもしれません。ですが」


 澄香は一度言葉を切って、両手で胸元を抑えた。


「私はあなた方だからこそ、話を聞いて欲しい、寄り添って欲しいと思いました。本当に大切なのは技術なのではなく、相談したいと思わせるような、人柄なのです」


「澄香先輩……」


 貞彦と素直は、感心していた。


 そんな中、澄香は再び暢気な表情を見せた。


「ということで、私の願いを聞いていただけますか?」


「もちろんだよ」


「ああ。澄香先輩、なんでも話してくれ」


 乗り気な後輩たちの様子を見て、澄香はますます満足そうに笑顔になった。


「私の願いは、たった一つのシンプルなものです」


「うんうん」


「それで?」


 澄香は、可愛らしさを演出するように、小首をかしげながら言った。


「私のことを――幸せにしてください」


 貞彦と素直は、呆気にとられた。


 それもそのはずだった。


 澄香の願いは、抽象的で、あまりにも壮大だったからだ。


 二の句が告げなくなっていた二人だったが、かろうじて素直は口を出した。


「えーっと。貞彦先輩!」


「な、なんだ?」


「とりあえずツッコんで!」


「なんでだよ!」


「この場がオチないんだよ」


 意味不明なことを素直は言った。


 けれど、素直の言っていることは、あながち間違ってはいないのかもしれない。


 澄香は先ほどの体勢から動かず、じっと二人を見つめていた。


 どう出るのかについて、わくわくと待っているようだった。


 どうすればいいか相変わらずわからないが、貞彦はとりあえず、思いついたことを言い放つことにした。


「えーっと……プロポーズか!」


 澄香と素直は、とりあえず拍手をした。


「ってこれになんの意味があるんだよ」


「いやーなんとなくこれでこの場面は終わるかなって」


「編集点作ったみたいな感じにするな!」


 貞彦が素直にツッコむと、微笑まし気に澄香は笑った。


「二人とももう、息がぴったりですね。ちょっぴり羨ましいです」


「澄香先輩はもしかして、俺たちの様子を見に来てくれたのか?」


「いえ、違います」


 表情は笑顔を継続していたが、返ってきたのははっきりとした否定の言葉だった。


 後輩たちのことを心配し、成長を促してきた澄香にとっては、珍しい様子だと思う。


「それじゃあ澄香先輩は本気で相談に来たってことかな?」


「ええ、もちろんです。伊達や酔狂ではなく、私は本気でお二人を頼ってきたのです」


「頼ってくれたのは嬉しいけど、なんだかハードルが高いって言うかさあ」


 貞彦が弱気なことを言うと、澄香は人差し指で貞彦の鼻頭をはじいた。


「った」


「自信を持ってください。私はお二人なら、きっと私の力になってくれると、信じているのですから。誓いを立てる意味も込めて、もう一度言います」


 澄香は、満面の笑みを浮かべて言い放った。


「私のことを――幸せにしてください」

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