第17話 主役の彼女
参加者全員が揃ったことで、まずは参加者による自己アピールが行われた。
カナミはひたすら可愛さをアピールし、ネコは予想通りその場で眠り始めた。のび太くんかよと、貞彦はツッコんだ。
安梨はがちがちに緊張していて、噛んだりすっころんだりしていた。
そんな姿が可愛いと、一定の評価を得られたのは幸運だった。
余興めいたクイズ対決は、当然とばかりに峰子が優勝した。
辛いものを食べて、リアクションを観察するといった、意地の悪い企画もあった。
意外にも、カナミはぺろりと平らげていた。問題なく食べ終えた後に「可愛らしくリアクションをすれば良かったです……」と後悔の念を漏らしていた。
今回の目玉としての企画は、賞品との整合性をもった内容だった。
翌日に行われる演劇の主役権。
実際に行われる演劇の一場面を演じてみる。そういった内容だった。
「なんだかおかしな余興だね」
素直は何気なしに言った。
貞彦もそう思っていたのだが、なんとなく別の意味合いも感じていた。
物語のキャラクターが、その物語を演じる。
まるで何かに操られているかのような、おあつらえの舞台。
人はこの展開を、運命とでも呼ぶのかもしれない。
「安梨が有利……なのか?」
「ある意味では、そうなのかもしれませんね」
「貞彦先輩に澄香先輩。ああああさんが有利ってどういうこと?」
素直はきょとんとしていた。
「そうか、素直は知らなかったな」
「わたしだけのけ者になんかさせないよー。きちんと教えてよ」
「実はな」
貞彦は、安梨に関する推測を素直に話した。
素直は難しい顔をしていた。
「普通は信じられないけど……わたしは信じるよ」
「案外あっさりなんだな」
「まあね。今まで何度か不思議な出来事があったからね」
「耐性ができたのかもな」
「まあそんなところだね」
貞彦と素直のやり取りを見て、澄香は微笑ましそうに笑みを浮かべた。
「物事をありのままに受け止める。お二人とも、きっと思考が柔軟になったのですね」
「えっへへー」
素直は得意げに笑った。
そんな仕草は子供っぽくて、貞彦は噴き出しそうになった。
貞彦たちが雑談をしている間にも、コンテストは進んでいった。
パフォーマンスが繰り広げられるたびに、歓声が場内の雰囲気を押し上げる。熱狂を連れてくる。
そしてついに、最後の種目となった。
「最後の種目はあれだよね!」
「あれって?」
「あれはあれだよ!」
素直は適当な感じで貫き通した。
「演劇のセリフを実際に演じてみること、でしたね」
「そうそれだよ!」
「さっきまで、あれって言ってなかったか?」
「細かいことを気にするなんて心狭いよ」
「今回だけは絶対に俺は悪くねえ!」
貞彦と素直の言い合いを見て、澄香は母親のような笑みを見せていた。
「皆さんに朗読してもらうセリフは、こちらです」
『大好きでした――さようなら』
好意を表現するセリフと、別れを告げるセリフ。
相反する言葉の中には、言いたくても言えなかった、数万にも及ぶ言葉が潜んでいる。
たったの二言。
その開かれた空虚さの中に、無数の解釈がある。
「なんだか悲しい感じがするね」
「物語の内容を、私は知りません。ですが、ままならない情勢、自身の意思ではどうしようもない悲しみを感じます」
澄香と素直は、共感的な理解をしていた。
わずかだけだが演劇を見ていた貞彦は、演じていた女性を思い出す。
完璧に思えた演技。しかし、完璧が故に、他人事のように感じていた。
演劇を目撃した、安梨のことを思いだした。
涙を流す安梨は、心を痛めてしまうほどに、リアルだった。
その生々しさが伝わってくるからこそ、もっとわからなくなる。
安梨はきっと、秋明の物語の中で生きていた。
けれど、今ここにいる彼女のリアルさは、嘘っぱちなんだろうか。
「みなさん、とてもお上手ですね」
澄香の言葉で、現実に引き戻される。
参加者たちは、各々の想いを表現していた。
愛を強く伝えるかのような言い方。
別れのむなしさを強調する表情。
言葉だけでない、しぐさなどによる感覚を刺激する表現。
誰もがそれぞれのキャラクターと、世界観を見せつけていた。
感情移入して、悲しい顔を見せる者がいた。愛しさに惑う者もいた。
悲喜こもごもが染みわたる。
そしてついに、安理の番がやってきた。
安理は一歩、前に出た。
安梨は、まっすぐに前を見ている。
何かを見ているわけではない。空想に写る何かを、射抜いているのかもしれない。
安梨は瞳を閉じる。
貞彦は、息を飲んだ。
「大好きでした」
呟きのようなか細さで、安梨の言葉は紡がれる。
小さな声量。なのに、はっきりと聞こえた。不思議なくらいに。
辺りが鎮まる。
静けさで、耳が痛くなる。
時間が止まったような錯覚を覚える。
安梨は、言葉を続ける。
「さようなら」
その響きは、あまりにも特別に思えた。
もう二度と交わらない。
運命の別れを告げられた。そう、魂から感じる。
全員が演じきったというにも関わらず、拍手すら起きなかった。
誰もが、物語の続きを待ち望んでいた。
さようならの先に紡がれる、結末へ向かう展開に、心を焦がしていた。
沈黙がうるさくて、貞彦の思考はかき消される。
そして、頭ではなく、心で理解する。
演劇によって表現される、物語の主役。
それは、まぎれもなく安梨だということを。
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