第18話 繋がれた道筋
全ての審査を終えて、ミスコンテストの結果が発表された。
見事、紅島まりあが三連覇を成し遂げるという結果に終わった。
「勝てませんでした……」
安梨は膝をついて落ち込んでいた。
先ほど溢れ出ていた、高貴で儚げな雰囲気など、吹き飛んでしまっていた。
今ここにいるのは、ただの安梨だった。
「ああああさんはよくがんばったよ!」
「そうだな。安梨だって、とても素敵だったぞ」
貞彦と素直が励ましたことで、安梨は顔を上げた。
すがるような目つき。
「ほんとですの?」
「うん。ああああさんの良いところはいっぱいでてたと思うよ」
「他の参加者と比べても、全然遜色なかったぞ」
「それじゃあお二人は、わたくしに投票してくれたんですよね」
キラキラとした瞳。
地に落ちた自尊心が、鈍く黒光りしているようだった。
「もちろんだよ! ねっ貞彦先輩!」
素直はハキハキと答え、貞彦に話を振った。
貞彦は、気まずそうに顔を逸らしていた。
脂汗が滲んでいる。
「貞彦先輩。まさか……」
「……ちゃうねん」
貞彦は、普段は使わない言葉遣いをしていた。
さすがの安梨も、貞彦のただならぬ様子を察していた。
涙目の安梨は、ばっと立ち上がる。
「サダサダはわたくしに投票してくれなかったんですね……サダサダの裏切りものー!」
安梨は負け犬のように叫んで、どこかに走り去ってしまった。
「貞彦先輩」
素直はジト目をしていた。
怒るというよりは、呆れているといった様子だった。
「……ごめん」
「嘘をつかないところはいいとこだけどさ。それで誰に投票したのかな?」
「パスいちで」
「却下だよ。七並べじゃないんだから」
「じゃあ保留で」
「言いたくないんだね。まあいいや。わたしはああああさんを探してくるよ」
素直はため息をついて、安梨が消えた方へ走り出した。
貞彦の肩に手が置かれた。
貞彦は振り向く。
実はずっとそこにいた、澄香が慈愛に満ちた表情で立っていた。
「貞彦さんが誰に投票していたとしても、私は責めたりしません。貞彦さんの選択を、最大限に尊重致します」
「澄香先輩」
貞彦は思わず泣きそうになった。
ついうっかり、その胸に飛び込んで、子供みたいに泣きじゃくるところだった。
「とはいえ、これからどうしたらいいのか、わかんなくなっちゃったな」
貞彦は気を取り直した。
依頼を達成するための道筋として、コンテストに優勝して、演劇に参加をする。
そして、弥吹竜胆と接点を作ること。
現状得ているヒントから答えを導くには、このくらいの計画しか思いつかなかった。
しかし、その計画も頓挫してしまった。
とはいえ、その前提も、果たして正しかったのだろうかと、今更ながら貞彦は思った。
安梨の正体が、秋明の物語のキャラクターだと言うのなら、安梨を見守っていた相手というのは、秋明だという流れが、おそらく自然だ。
けれど、安梨は言っていた。
弥吹竜胆に見覚えがあると。
その理由について探らない限り、やはりこの謎は解けないのだろうと思う。
だからこそ、接触を図りたいと考えていた。
その手立ても、現時点で失われたのだ。
貞彦は途方に暮れた。
「いえ貞彦さん。あなた方は、よくがんばりました。そのがんばりは、決して無駄にはなっていません」
澄香は貞彦たちを褒めた。
いつもと変わらぬ、穏やかな笑み。
「慰めはよしてくれよ。せっかくの道筋も、途切れちまったし」
「誤解しないでください。貞彦さんたちの行動は、次の道に繋がりました」
「それって、どういう意味なんだ?」
貞彦が聞くと、澄香は視線を貞彦の後方に向けた。
貞彦は振り向く。
そこには、爽やかな笑みを浮かべた、弥吹竜胆が何か言いたげに立っていた。
「安梨ちゃんだったね。彼女の演技を見ていた時に、脳裏をよぎったことがあったんだ」
竜胆は淡々と話を始めた。
見覚えはないし、あったこともない女の子。
けれど、安梨を見かけた時に、妙に気にかかったようだった。
記憶にはない。思い出の中で蠢いていない。
けれど、彼女のことを知っている。
不揃いなピースだらけなのに、確信として感じていたようだった。
もやもやとした不確かさを抱えていたが、安梨の演技を見た時に、繋がった感覚を覚えたらしい。
秋明の描いていた物語。
まだ形として成していなかった頃の、ひな形とも言える物語。
そこで確かに、何かを感じたのだという。
「竜胆先輩。信じられないかもしれないけど、俺たちが推測した安梨の正体について、話してもいいか?」
「もちろん、構わないよ。僕はどんな答えだって、否定しようとは思わない」
優しさを練りこんだ声色に、貞彦は安心感を覚えた。
三年連続ミスターコンテスト優勝者は、やはり伊達じゃないようだ。
「安梨は、演劇部の秋明って奴が描いた物語の、キャラクターなんじゃないかと思うんだ」
貞彦がそう言ったけれど、竜胆は特段リアクションを見せなかった。
「貞彦君の言うことを、僕はとても否定できないな。僕だって、そうなんじゃないかなって思うんだ」
竜胆からも同意見が得られて、貞彦はほっとしたように感じた。
しかし、確信に近づいたことで、わからない事柄も余計に増えていた。
「でも……もしそうだとしたら、疑問に思うことが二つあるんだ」
「なんだい。貞彦君。僕でわかることなら、なんでも答えるよ」
「一つ目の疑問は、安梨は竜胆先輩のことを、見覚えがあるって言っていたんだ。竜胆先輩と安梨に、なんの関係があるのか、俺にはわからないんだ」
「なるほど。それで、二つ目の疑問というのは、なんなんだい?」
「一つ目と繋がることなんだけど、どうして安梨が見覚えがある相手が、秋明ではなく、竜胆先輩なのかってことだ。竜胆先輩と秋明にも、何か関係があるのかもしれないって、俺は思うんだ」
貞彦は竜胆を見つめた。
竜胆は、好青年の笑みを浮かべていた。
しかし、口元に残っている寂しさのような感情を、貞彦は感じた。
竜胆は口を開く。
「貞彦君の抱いた、一つ目の疑問と二つ目の疑問。その答えは、実はとってもシンプルなことなんだ」
「もったいぶったような言い方だな」
「もったいぶるつもりも、隠し立てするつもりもないよ。本当に、ただ事実だけを告げよう」
竜胆は、答え合わせとでも言うように、口を開いた。
「秋明くん……弥吹秋明は、僕の弟なんだ。昔のことだけど、弟から物語を見せてもらったことがあったんだ。それを、なんとなく覚えていたんだ。ねっ、とてもシンプルな答えだろ」
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