第2話 昨日の友は今日のライバル
文化祭まで一カ月を切ったことで、校内の活気は増していた。
貞彦たちのクラスは、無難に喫茶店をすることになっていた。
看板づくりから会場の配置の話し合い。クラスは適度に盛り上がりを見せていた。
そんな中、紫兎が逃げ出したらしい。
普通の楽しみを覚えたかと思ったが、やはり馴染めないものは馴染めないらしい。
「湊さんと一番仲が良いのは貞彦くんだから、探しに行ってよ。告白もされたんだしね」
ミュージックフェスティバルの件を持ち出し、きゃーと騒ぐ女子たちから逃げるように、貞彦は紫兎を探しに行った。
紫兎のやったことが良いこととは言えないが、みんながやっているんだからと押し込めてしまうことも、なんだか違うように感じた。
もうすでに、準備を始めているクラスは、廊下にまで材料を持ちだしていた。
合唱部の歌声、演劇部の張り上げるようなセリフ。
青春してんなあと、貞彦は他人事のように思っていた。
「あー。貞彦ちゃん愛してまして―」
まりあが現れ、貞彦に話しかけた。
廊下の反対側からやってきたせいで、逃げられなかった。
「こんにちは、まりあ先輩。紫兎の奴を見なかったか?」
「紫兎ちゃん? 見てないよ。ところで貞彦ちゃんは、誰に投票するの?」
「投票? なんの話だ?」
「文化祭のミスター&ミスコンテストだよ」
まりあに言われて、去年の文化祭でもそんな催しがあったことを思いだした。
去年の優勝者は、まりあだった。一昨日もまりあだったというのだから、彼女の人気は凄まじいものがあると思い知らされた。
ちなみに、去年のコンテストに、ネコは出場していなかった。そもそも姿を見た覚えもないから、どこかで寝ていたのかもしれない。
「いや、そもそも誰が出ているかも知らないし」
「私も知っている人だと、カナミちゃんも出場するみたいだよぉ」
「……あー。あいつなら出るだろうな」
可愛いと言ってもらいたい症候群のカナミにとって、コンテストに出場するということは目的に合致しているだろう。
コンテストで注目されたことで、校内の人気が上がっていった人物もいるようだと、聞いたことがあった。
「それにしても、まりあ先輩はなんで毎年出場しているんだ?」
カナミが出る理由はわかる。みんなに愛されることが、嫌われないための術なのだから。
けれど、まりあがコンテストに出る理由がよくわからない。彼女の人格と、イマイチ一致しないように感じた。
愛を与えることが目的のまりあ。愛されるよりも、愛したいマジでといったような人だと思える。
まりあは、ハートマークを振りまくようにラブリーな仕草をしていた。
「私は、みんなに愛を届けたいんだ」
「それは知ってる」
「でも、私にはまだまだ知らない人がいる。私が知らない人には、愛を届けられないんだ。少しでも私がみんなに知られれば、それだけで会える可能性や関われる可能性は大きくなると思うんだ」
「まあ、それはわからなくはない」
「いろいろな人に知ってもらって、関わっていく人が増えていけば、愛はもっともーっと大きくなるんだよぉ」
まりあは両手を二回、三回と広げた。愛の大きさを、目一杯表現しているらしい。
貞彦は、少し感心していた。
偏っていて独善的な気もあるが、まりあはまりあなりに、自分のできることを着実に行っているようだ。
愛を届ける。ただそれだけのために。
「まりあ先輩のこと、見直したよ。なんかもう、愛って言いたいだけの人じゃなかったんだな」
「貞彦ちゃんひどい!?」
まりあはシクシクと泣く仕草をしたかと思うと、すぐに立ち直った。
「でもその辛辣さも、貞彦ちゃんなりの愛なんだね! うん、伝わったよ!」
「やっぱり愛って言いたいだけなんじゃ……」
貞彦が呆れたように言うと、まりあはやっぱり愛のある笑顔を浮かべた。
「それが私の、愛だよ」
まりあと別れたかと思えば、今度はカナミに出くわした。
「さだひこ先輩こんにちは! カナミに会いにきてくれたんですか?」
「こんにちは。いや、紫兎を探しているんだ」
「カナミよりしと先輩の方をとるんですか?」
カナミは悲しそうに目を潤ませていた。
「そうじゃなくて……文化祭の準備中にいなくなったから、探しに行けって言われたんだよ」
「しと先輩ってなんだか、一匹狼ってかんじですもんね」
納得してカナミは頷く。
その時、貞彦はカナミがタスキをかけていることに気が付いた。
内容は「かわいいは正義」という言葉。自分で描いたのか、可愛らしい動物の絵がタスキを豪華に飾っていた。
「それって、もしかして」
「はい。カナミもコンテストに出場するのです」
「さっきまりあ先輩から聞いたよ」
「まりあ先輩……ひじょうに強力なライバルですね」
カナミは珍しく、しかめっ面をしていた。
二年連続チャンピオンの名は伊達じゃないらしい。
可愛さには自信を持っているカナミにとって、やはり驚異的な存在らしい。
「コンテストの期間中は、たとえさだひこ先輩であっても、カナミを独り占めはできないです。今だけは……みんなの天美カナミだから!」
「そっか、がんばれよ」
「かるいですよ! もっと構ってくださいよー」
「さっき言った言葉をすぐさま思い出せ!」
貞彦はツッコんだ。
もうすこし絡まれるかと思ったが、カナミはスマホを見だした。
どうやら、スケジュールをチェックしているようだった。
「もうちょっとお話したいけど、カナミはもう行かなければなりません」
「なんか、忙しそうだな」
「はい。この後はファンの皆さんと握手会がありますから」
「握手会!?」
最近はすっかり忘れていたが、カナミは一年生のアイドルと呼ばれていることを思いだした。
容姿の力とは偉大だと、改めて思った。
「その後は、食事会にライブに撮影会に……それから」
「お前、本当にアイドルみたいだな」
「みたいじゃなくて、みんなにとっては、きっとそうなんです」
カナミは人懐っこい笑顔を解いて、真剣な顔をした。
「カナミは自分のために可愛くなることをがんばりました。今でもそうなんですけど、カナミが可愛くなることで、誰かも楽しい気持ちになる。それもなんだかいいなあって思えたんです」
ひたすら自分のため。保身、適応。
防衛的な手段だった可愛さを、全力で活かそうとしている。
そして、今は、自分自身であることを楽しめているように思う。
本質は変わっていないかもしれない。
けれど、その意味合いについては変化しているように感じた。
「それは、きっといいことかもな」
「はい!」
カナミは元気よく返事をして、廊下を進んでいった。
「さだひこ先輩」
カナミとすれ違って見えなくなった時、名前を呼ばれた。
貞彦は振り返った。
カナミはウィンクしながら、横ピースを決めていた。
「ぜひともカナミに、清き一票をくださいね!」
まりあ、カナミと流れが来ていることから、次に出会う人物については予測がついた。
予測が外れることを願ったが、願いはやはり叶わなかった。
休憩スペースのベンチで、ネコが寝ていた。
ネコもタスキをかけていて「夢の世界に会いに来て」と書かれていた。
起こすと厄介なことになりそうだと、貞彦はスルーしようとした。
「……貞彦くん……逃げるな」
シャツの裾を掴まれた。
起きる前に逃げ出そう作戦は、あっさりと失敗した。
「で、何してるんだネコは」
「……コンテストに向けたアピール活動。全力」
「嘘つけ。思いっきり寝てたじゃねえか」
「……これも作戦のうち。寝てる姿が一番可愛いって、光樹くんも言ってくれた」
「というか、ネコはコンテストに出るんだな」
「……私がコンテストに出るってことは、変?」
「まあ、意外ではあるなって思う」
ネコは、あまり他人からちやほやされることに、興味がないように思える。
だからこそずっと寝ていたのだし、去年はコンテストどころか、文化祭に参加している様子も見られなかった。
それに、彼氏持ちなのだ。
きっとその時点で不利だろう。
そもそも、ネコがコンテストに出る理由が見当たらない。
「……今年の優勝の特典って、貞彦くんは知ってる?」
「知らないな」
「……二日間に渡る演劇があるんだけど、普通は演劇部だけで作り上げるよね」
「そうだな」
「……今年はなんと、コンテスト優勝者がその二日目の劇で主役になれるんだよ」
ネコの目は、爛々と輝いていた。
光樹を弄っている時と、同じくらいの輝きだった。
「ネコは演劇に興味があるのか。それもまた意外だな」
「……そう? 自分じゃない自分を演じたり、違う人生を体験できる……刺激的で、楽しいに決まってる」
夢の世界で、ヒーローになったり、スポーツに打ち込んだり、色々な出来事を体験した。
その理由はとてもシンプル。
ただ単に、楽しいからだという。
現実に目を向けた今でも、ネコの芯は変わっていない。
ただ、どこでその楽しさを求めるのかが、変わっただけのように感じる。
楽しさや刺激を求める貪欲な精神。
その前向きさは、確かにとてもネコらしい。
「確かにそれは、楽しそうだな」
「……でしょ? 私のことが好きなら、ぜひとも投票して」
「ライクだからな! 決してラブじゃないからな!」
貞彦がツッコむと、ネコは無邪気にくすくす笑った。
「……知ってる。貞彦くんが本当に好きな人は、色々と大変そうだね」
ネコは同情するように貞彦を見つめた。
貞彦はぽりぽりと頭をかいた。
「……大丈夫。何があっても、どこでだって、楽しいことはあるよ」
「珍しくいいことを言うじゃねえか」
「……珍しくとは、失礼な」
「まあでも、その前向きさは、見習いたいって思うよ」
貞彦はそう言って、立ち去ろうとした。
文化祭のポスターが何枚も張ってあり、嫌でも目に付く。
コンテストの景品についても、詳細が書かれていた。
景品はもちろん、演劇の主役権。
それと、副賞として別の物もあった。
「ネコ」
「……なに?」
「お前の本当の狙いって、副賞の方じゃねえのか?」
貞彦は、ポスターを指さした。
副賞には『五万円分の商品券』とあった。
ネコは、わかりやすく目を逸らした。
「おい。俺の目を見ろ」
「……ぐう、ぐう」
「都合が悪いからって寝るな!」
子供みたいな対応に、貞彦はため息をついた。
猫之音ネコは、良くも悪くも、現実的なやつだった。
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