相談内容⑦ 心を広げるためには Sincerely staring fantasy

プロローグ 変な奴のささやかな願い事

「えーと。もう一回言ってくれないか?」


 体育祭も終わって、やっと日常が落ち着くかと思っていた矢先のこと。


 一カ月後には文化祭が迫っていた。


 そんな最中でも、相談支援部は平常運転だった。


 今日も今日とて、迷える相談者がやってきていたのだった。


 澄香は後ろに下がり、貞彦と素直が隣に座る。


 部活動引退間近の澄香は、見守りという立場をとった。


 貞彦と素直が中心となり、相談を受ける。


 記念すべき第一回目の相談者が名前を言った。


 その結果、貞彦は聞き返した。


 そういった状況だった。


「ですからわたくしは、安梨あんり・アステリスカス・愛子あいこ・アタラクシアと申します」


「メモをとってもいいかな?」


「構いません。わたくしの名前は安梨あんり・アステリスカス・愛子・アタラクシアと申します。覚えてくださいました?」


「なげーわ――――――!」


 貞彦はツッコんだ。


 相談内容に疑問を覚えることは多々あった。


 けれど、名前の時点でツッコミを入れさせられるのは初めてだった。


「あのさー。あまりにもありえない名前だから聞くんだけど本名なのかな?」


 素直が聞いた。当然の疑問だった。


「本名に決まっているじゃありませんか」


「もしそれが本名だったら、その名前をつけた親を死ぬまで憎むわ!」


「名前を付けてくれた大切な両親を恨むなど、あなたは本当にひどいお方ですね」


「うるせえ。その名前でまともなことを言うな!」


 早くも、澄香に助けを求めたくなってきた。


 澄香は何も言わず、いつも通りニコニコしていた。


 現実離れした名前を名乗られても、澄香は全然動じていないようだった。


 貞彦はすでに、もう帰りたくなっていた。


 もしこのまま相談支援部を受け継いだとしたら、こんなのを相手しなきゃならないのか。


 思えば、貞彦たちが関わっていない場面でも、澄香は相談を受けているようだった。


 今までの相談者は、貞彦たちでも相手ができるように、実は選定されていた結果なのかもしれない。


 見てはいけない裏側を見てしまったようで、貞彦は戦慄に身を震わせた。


「ところでさ。わたしたちはあなたのことをなんて呼べばいいのかな?」


「もちろん、フルネームで呼んで頂いて構わないですわ」


「呼べるか」


「それじゃああだ名とかで呼ぶのはいい? その方が親しみも湧くと思うし」


 安梨は悩むような仕草であごに拳を寄せた。


「いいですわよ。その代わり、とびきりのあだ名をつけてくださいな」


「うーんとね」


 貞彦も、安梨のあだ名について考えてみた。


 名前のインパクトが強すぎて、適切なあだ名なんて思いつかない。


 友達が多く、あだ名で呼び合っているような素直であれば、貞彦よりは期待できるように感じた。


 素直は目が輝く。瞳の中から星が見えるようだった。


「ああああ!」


「ボタン連打した勇者みたいな名前にすんな!」


「いいですわね!」


「いいのか」


 今までも、わけのわからない相談や、相談者自身がわけのわからない輩であるといった出来事を経験した。


 多少の耐性は備わっていると、貞彦は自信を持っていた。


 けれど、そんな自信は打ち砕かれた。


 今回の相談者は、ぶっちぎりでわけがわからない。


「もういいや……ところで、相談内容ってなんなんだ?」


 ツッコミたい気持ちをグッと堪えて、貞彦は聞いた。


 貞彦がやるべきことは、相談者に対してツッコミを入れることではない。


 相談者の話を聞き、理解して、現実的な解決方法を模索していくことなのだ。


 相手に興味を持ち、話に耳を傾け、言葉の表だけではなく裏まで考えて、理解しようと努める。


 それが、相談支援部で貞彦が学んだことだった。


 もう何を言われてもツッコむまい。


 貞彦はそう、心に誓った。


「お話を聞いてくださるのですね。ええと、わたくしはまず、記憶喪失なのですが」


「うんうん。それで?」


「ここがどこで、実はわたくしが何者かすらわからないのです。気が付いたらここにいまして、知っている人が誰もいなくてさまよっていたのです」


「それは大変だな」


「ここがどこなのかはわかりませんでしたが、なぜだか知りませんが見覚えがあるように感じました。そして、ふと思い出したのです」


「そうなのか」


「わたくしのことを、いつも見守ってくれていた男性が、この世界のどこかにいるように感じました。何か言うわけでもなく、わたくしのことを常に見守ってくれていた人」


「優しい奴もいたもんだな」


「ええ、わたくしはその方に、恋をしてしまったのです」


「ロマンチックだな」


「しかし、わたくしは恋を許されぬ身なのです。殿方を想ってしまうことは、罪になります」


「随分ときつい身分なんだな」


「ですので、わたくしの願いはたった一つなのです。その殿方に、実際にお会いして、お礼を言いたいのです」


「なるほど。わかった」


 ツッコミを放棄したことで、話はとてもスムーズに進んだ。


 ちょいちょい気になる単語が挟まれていたが、貞彦は仏の心で受け止めた。


 あまりにもエキセントリックすぎる境遇であるようだが、安梨の願いはとてもシンプルなものだった。


「悪い。ちょっとだけ風に当たってくるな。気にしないでくれ」


 貞彦はそう言って、席を立ち窓側に移動した。


 窓を開け放つ。


 爽やかな風が吹き込む。


 天高く舞う木の葉。秋の空。


 貞彦は、心地よい気持ちで口を開く。


「ふつ――――――――う! 色々とありえないのに願い事だけふつ――――――――う!」


 幼馴染を別れさせてくれだの、眠り姫の目を覚まさせるだの、変な依頼が多かったことで、あまりにもありきたりな願いに、貞彦は思わず叫ばずにはいられなかった。


「あの方は、何をしてるんですの?」


「気にしないで。貞彦先輩のあれはもう病気みたいなものだから」


 素直はさらっとひどいことを言い、話の続きを促した。


「それでああああさんはなんて言うつもりなのかな?」


「そうですわね。『あなたに一度、お会いしたかったです。ただ、直接お礼を言ってみたかった。いつも見守ってくださり、感謝していますわ。本当に、ありがとうございました』といった感じかしらね」


「とてもいいんじゃないかな。ごめんね。わたしも風に当たりたくなってきた」


 素直は席を立ち、貞彦の隣で窓の外を見渡した。


 グラウンドでは、闇雲に動く生徒達。喧噪はイキイキとしていて、青春の息吹を感じた。


 とても良い日だ。


 素直は、晴れやかな笑みを浮かべながら、口を開く。


「普通だ――――――――!」

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