第12話 澄香先輩はそんなこと言わない

 体育祭に関する作戦会議は、放課後に素直の家で行われた。


 すれ違った素直の母親は、何か言いたげにニヤニヤとしていた。


 貞彦はその表情に気恥ずかしさを感じ、会釈だけして素直の部屋に移動した。


 貞彦は、カラスとのやりとりを素直に説明を行った。


 カラスが言った、バカは強いという言葉。


 率直で、愚直で、真っすぐ。


 感情的になりやすくて、逆に言えばテンションに左右されやすいとも言える。


 それは短所のようでいて、最大限の強みとなり得る。


 貞彦はただ、その活かし方がわかっていなかったんだと理解した。


 カラスに関する話を素直に説明したことで、事はやっと本題に入る。


「ところで……今日はなんか遠くないか?」


「そうだよ」


 長方形の机の、わざわざ長い辺の対角線上に、二人は座っていた。


 以前であれば問答無用に、隣に座ってきた素直にしては、いつもと違った反応だった。


「だって……なんだか恥ずかしいんだもん」


「いや、まあ、別にいいんだけど」


 素直は相変わらず素直に言った。


 おそらく嫌われているわけじゃないから、まあ良しということにしておいた。


「とりあえず、目標の確認だ。目標は体育祭で紅組が勝つこと。それは間違いないな?」


「もちろんだよ!」


 素直は力強く肯定した。


 弱気だった姿は、なりを潜めている。


 素直を抱きしめた時、改めて感じた小ささ、儚さ。心配になっていたが、素直はすっかり気を取り直しているようだった。


 少しだけ、安心した。


「じゃあそのために、もう一度チーム編成をしたいと思うんだけど、その前に思い出して欲しいんだ」


「なにを?」


「俺たちが負けた、流れについてだ」


 素直の顔が曇った。


 なすすべもなく負けたことで、素直としては嫌な記憶として残っているようだ。しかし、それは貞彦も同じである。


 苦い記憶だからこそ、思い返して乗り越えなければいけない。


 澄香の戦略や戦術が、その負け戦の中から見いだせるように思えたからだ。


「まず騎馬戦の時に、向こうのチームが真っ先に狙ったのは誰だった?」


「うーん」


「思い出して欲しい。俺が見た時には、気づいたらやられてたから、わからなかったんだ」


「たしかだけどまりあ先輩じゃなかったかな?」


「ふむ。俺が初めの方に目撃したのは、刃渡が敵に囲まれていたところだな。他には?」


「次にミミちゃん。ネコ先輩も初めから狙われていたかな」


「そう言えば、序盤に紫兎もやられてたな。あいつ自身はあまりやる気がなさそうだったけど」


 瑛理以外、女子が最初に狙われていた。


 学校の男女比では男子の方が多い物の、そこまで比率は変わらない。


 騎馬の構成の男女比は自由だ。貞彦は適当に男女均等になるように配置した。


 まりあやカナミが騎手となっているのは、単純に馬役となれるだけの体力を期待していなかったからだ。


 体力や筋力を考えると、男子の方を先に崩しておく方が、後々に有利になるような気がする。


 澄香の狙いは、なんだったんだろうか。単純に、倒せるところから倒していき、数の上で優位に立つため、という理由だったんだろうか。


「なんていうのか。言葉にしづらいんだけど。その」


「言いたいことは言ってくれ。素直の直感については、俺も信頼しているんだからさ」


 変なところで鋭い、素直の感性には貞彦も一目置いていた。


 言いたいことを言い、やりたいことをやる。真っすぐストレート。


 素直はきっと、世の中について純粋な目で見ているように感じていた。


 純粋で真っすぐな、疾走を続ける姿は、まるで弾丸のようだ。


 切り込んでいく鋭さと、無垢な見方。


 素直の最大の長所であると、貞彦は考えていた。


 勢いよく飛んでいく素直の疾走を、止めてたまるもんか。


「今言った人たちがリタイアした時――なんだか向こうは安心していたように感じたんだ」


「安心したということは、向こうにとっての不安要素が消えたって認識でいいのか」


「そうだね。余裕ができたと言うよりもホッとした感じかな」


 貞彦は考えた。


 まりあ、瑛理、カナミ、ネコ、紫兎。


 単体で戦力になるのは、失礼だが瑛理とネコぐらいだと思う。


 にもかかわらず、初めからまりあやカナミを潰しておきたかったところに、ヒントが隠されているように思える。


 澄香たちは一体、何を恐れて撃破の順番を決めたのだろうか。


「全員、今までの依頼となんらかの関りがあった奴らだな。そこらへんにヒントでもあるのかな」


「全員が全員同じ理由で狙われたとは限らないよ」


「それもそうか。じゃあというか、なんかこっちのチームには目立つ奴が多いよな」


 良くも悪くも、個性的な奴らがそろい踏みである。


 逆に言えば、集団への適応性が低いというところが、玉にきずでもある。


 素直は真剣な表情でいたかと思うと、何か閃いたようだった。


 ピコーンという擬音で表現できそうだった。


「まりあ先輩にネコ先輩にミミちゃん。それに紫兎先輩もみんな人気があるよね」


「刃渡には触れないのか……いや触れられないよな。その共通点が何に関係があるんだ?」


「もしかしたら『この学校で一番は私よ!』っていう澄香先輩の隠れた宣言なのかな?」


「澄香先輩はそんなこと言わない!」


 貞彦は、駄々をこねる子供のように反論した。


 澄香に対する信奉性が、無邪気な反論を導き出していた。


「それは冗談だよ。でも思ったのは人気の高さが怖かったんじゃないかな」


 一般生徒に広く知られているメンバー。個人の性格の難儀な部分には目をつむるとして、人を集めたり魅了する力があることは事実だった。


 カリスマ性は、人を集める。集団を動かす。本来の力を、何倍にも引き出せるような力を得る。


 たった一人のアーティストが歌うだけで、何万人もの人々が押し寄せるように。


 その力を、澄香は決して見くびっていないように感じる。


「ということは、俺たちにとっては貴重な戦力ということか」


「そう考えると味方でよかったね」


「じゃああとは、瑛理が最初に狙われた理由か」


「それはなんとなくわかるよ」


「まあ俺も、なんとなく心当たりがあるな」


「じゃあ一緒に言おうよ」


「わかった。せーの」


 貞彦と素直は、呼吸を合わせた。


『何をするかわからなくて怖い』


 答えが無事に一致して、貞彦と素直はハイタッチを交わした。


 位置が遠く、体を机にめりこませながらだったため、おかしな光景となっていた。


「でもなんとなく、これで向こうの意図はわかったな」


「うん。危険要素を早めに潰しておきたかったのかもね」


「あとは俺たちが、どうやってみんなを活かしていくかなんだけど」


 相手の意図をなんとなく察したが、あくまでここはスタートラインだ。


 貴重な戦力に気づいたけれど、問題はその活かし方だった。


 武器の使い方がわからなければ、それはただのゴミと変わらない。


「ねえ貞彦先輩。いい考えがあるんだけど」


「珍しいな」


「珍しいは余計だよ! 相談支援部は法に触れないことならなんでもするって条件があったよね」


「それを聞くのも久しぶりだな」


「紅組のみんなはあんまりやる気がないよね。だからやる気にさせちゃおうかなって思うんだ」


「それってもしかして、みんなの力を使ってってことか?」


「うん」


 素直は楽し気に頷いた。


 素直にしては珍しい。


 まるであくどいことを考えているような表情だった。


 素直は貞彦に近づき、耳打ちして内容を伝えた。


「なんかまるで、洗脳するみたいだな」


 貞彦が苦笑すると、素直は得意げな表情を見せた。


「相談支援部はなんたって悪の組織らしいからね。悪の組織らしくなんだってしてみせるよー!

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