第11話 勝つための武器

 体育祭で負ける。


 澄香に負ける。


 そんなことは、言われなくても痛いほどにわかっている。


 現に、模擬戦では痛いほどに思い知らされた。


 模擬戦で実際に行った競技は、十字綱引きと騎馬戦だけだった。


 たった二試合。なすすべもなくボコボコにされた。


 たったそれだけで、実力の違いを見せつけられたのだ。


「そんなことは、言われなくてもわかってる」


「そりゃあいいな。あれだけボコボコにされてわかっていなかったら、ただのバカだからな」


 貞彦は唇を尖らせた。


 けれど、何も言えない。


 勝った方が正しいわけではない。


 ただ、負けたことは事実なのだ。


 敗者はただ、無様に地に伏すしかない。


「それで、勝算はあるのか?」


「……正直、自信はないんだ」


「ハッ」


 カラスは嘲るように笑った。


「おいおい情けないぞ貞彦。お前がそんなんで、これから先はどうするつもりなんだよ」


「言われなくたって、こっちだってどうすればいいかを考えているんだ」


「下手な考えは、休むこととなんら変わらないぜ」


「じゃあどうすればいいんだよ!」


 貞彦は吠えた。


 口調はきつめだが、負け犬の遠吠えと大差なかった。


「考えるなと言っているわけじゃない。考え方を考えろと言っているだけだ。もっと物事をシンプルにしろ」


 考え方を考える。


 今の貞彦の思考は、ごちゃごちゃだった。


 押し寄せる出来事に、翻弄されていた。


 様々な事象が絡み合うことで、冷静な思考ができていないと、カラスは言っているように感じる。


「お前が今、やりたいことはなんなんだ?」


「……吉沢の依頼を片付けること、澄香先輩の意図をさぐること、素直の悩みを軽くすること、体育祭で……」


「ん? 最後のはどうした」


「いや、体育祭で勝利することは、果たして必要なんだろうかって」


 勝負を吹っ掛けられたことで、なんとなしに乗ってしまっている。


 素直を悪の道から救うという善晴の願いは、善晴側の勝利をもって、もたらされるのかもしれない。


 素直をむざむざ渡すような真似はしたくないが、状況としては負けてしまっても構わない気がしないでもない。


 貞彦には、どうすればいいのかわからなくなっていた。


 カラスはニヤケ顔を見せる。


 後輩の悩みを弄ぶような、嫌らしい表情のように写った。


「貞彦、お前は負けたいのか?」


「そんなことはない!」


「じゃあ、勝つんだな」


 カラスはポッキーを咥えた。


「俺は白須美さんほど優しくないし、厳しくもないから言っちまうぞ。お前は、勝たなければいけない」


「吉沢に……いや、澄香先輩にか?」


「まあ、概ねその通りか」


 概ね、ということは、完全な正解ではないということ。


 カラスの思う正解の形について、貞彦は考えあぐねいていた。


「お前が考えることはたった一つだ。どうやったら体育祭で勝てるか。それだけを考えろ」


 カラスが言ったことで、貞彦の悩みは一つに絞られた。


 そのたった一つの悩みが、とてつもなく難題に思える。


「けど、あんなに実力差があるのに……情けない話だけど、勝てるビジョンが浮かばないんだ」


 反撃も出来ず、ただ圧倒的な力に蹂躙される感覚。


 体が震える。思い出が凶器となり、心を傷つける。恐怖の感情に支配される。


 恐怖に対面した時に、澄香はなんと言っていただろうか。


「ハッ。大抵の奴がそうだ。感情に支配されて、物事を曇らせちまう。しっかりと考えろよ。お前らはなんで負けたんだ?」


「実力が、違いすぎるから」


「俺たちはたかが高校生だぜ。突出した能力を持つ奴もいるが、そこまでの差はないはずだ」


「それでも、俺たちは何もできなかった」


「俺が聞いているのは、お前らが何もできなかった理由だ。もう一度聞く。お前らはなんで負けたんだ?」


 そう言われてやっと、貞彦は澄香たちの戦い方を思い出していた。


 澄香たちの動きは、統率されていた。陣形を描くように、同一の移動や命令にしたがう体制が敷かれているように感じた。


 対するこちらは、言ってしまえば有象無象の集団だった。集団とすら言えないほどお粗末なものだったのかもしれない。


 強みも弱みもわからないまま、ただ気が付いたら崩れていた。


 カラスに言われてやっと、模擬戦の出来事を冷静に見られるようになっていた。


「澄香先輩たちは、なんていうかきちんとチームとして戦っていた気がする。俺たちは、個人個人で好きなようにしていた」


「そうだな。向こうにあって、こちらにないものはなんだ?」


「あっているかはわからないが、戦略的に動いていたような気がする」


 カラスは感心したと言わんばかりに、貞彦の肩を叩いた。


「やりゃあできるじゃねえか。向こうにあったのは戦略。そしてもう一つ、戦術だ」


「戦略と、戦術か。確かに、俺たちにはまるでなかったものだと思う」


「戦略は、目標を達成するための総合的な方針。戦術は、具体的に達成するための方法だ。方向性を決めて、それを達成するための進み方を考える。それが戦略と戦術だな」


 ただ闇雲に、向かっていくだけだった模擬戦。そこには集団としての強みなど何もなかった。


 何をどうするかもわからない者たちと、きちんとした目標ややり方を掲げている者たち。どちらの方が強いかなんて、一目瞭然だ。


「じゃあ俺たちも、澄香先輩たちみたいに、きちんとした戦略と戦術を考えて、統率が取れるように」


「おいおい。今から白須美さんみたいなことをして、間に合うのか?」


 カラスは食い気味に言った。


「間に合うか間に合わないかじゃなく、やるんだ」


「その心意気は結構だけどな、なんでお前は白須美さんと同じことをしようとするんだ?」


 問いをぶつけるというよりは、責めているような口調だった。


「なんでって、澄香先輩のやり方は優れていると思うから、こっちだって同じことをすれば、勝てる可能性が上がるんじゃないか」


「浅はかだな。相手の得意分野に、こっちが付け焼刃で挑んだところで勝てる可能性は上がんねーよ」


 咎められ、貞彦はむっと口を結んだ。


 けれど、改めて言われてみると、カラスの言うことはもっともだと感じた。


 相手の得意分野に挑む。しかもまだ、挑戦をしていない奴らがだ。


 全員が全員、都合が良く天才的な才能を発揮しない限り、不可能なように思えた。


 不可能を可能にすることが、人生における醍醐味かもしれないが、タイミングとして不可能なことはどうしてもあり得るのだ。


 貞彦たちは、定められた期間の中でベストを尽くさなければならない。


 それに、指揮通りに動いたり、統率の取れた動きをすることが、苦手な奴らばかりいるように思える。


 なんせ紅組に所属するメンバーは、個性的で自由な奴ばかりなのだから。


 バカ正直で、というかバカばっかりだ。


 もちろん、こんな部活動に所属していて、他人の悩みに振り回される自分自身も、最大級のバカだと貞彦は思った。


「確かに、バカばかりのこのチームでは、そのやり方には無理があるかもな」


「ようやく気付いたか」


「俺の甘さにか?」


「いや、違う」


 カラスは、ニヒルに笑みを浮かべた。


 その姿はなぜか、澄香の笑顔とダブって見えた。


「お前が持っている、最大の武器のことだよ。バカは深く考えない。率直に動ける。バカは――強いぞ」

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