第6話 さらにややこしくなる

 地震が起きるたびに、メンバーが入れ替わり、その度に現在の事象について説明をした。


 風紀委員メンバーや一年生組も、脱出のために協力をしてくれることとなった。


 また地震が起きる。数えるのも嫌になるくらいの入れ替わり。


 今回はゆずコンビに加えて、瑛理とサヤ、貞彦、澄香のパーティで散策をすることになった。


 普段は危なっかしい奴ではあるが、行動力はピカイチなので、瑛理の起こすミラクルを密やかに期待していた。


 四階を中心に出口を探す。屋上への道は閉ざされていて、瑛理がマジックハンマーで鍵を壊そうとしたので、サヤは全力で止めた。


 各教室を隅々まで調べ、ロッカーやカーテンの裏まで調査をしたが、今のところ成果は挙がっていない。


 いつタイムリミットが訪れるのかもわからない。焦りや不安は、どんどん増している。


「やっぱ見つかんねえなあ。本当にそんなもんがあんのかな」


「それはわからないけれど、僕たちは探すしかないだろうね」


 疑問を口にした瑛理に、サヤは答える。


「さすがに疲れた。ちょっと休憩する」


 瑛理は全身をかけて椅子にもたれかかった。棚の上だったり上部の窓だったり、体力を使う場所を調べていたため、疲労も大きい様子だった。


 貞彦たちも、一旦休憩を取ることにした。


 柚希は柚夏の様子を心配し、ふくらはぎを揉み解している。


 本当に仲が良いなーと、貞彦は何気なく眺めていた。


 瑛理も二人の仲睦まじい様子を眺めている。珍しく引き締まった表情をしている。


「なあ、柚希くんと柚夏ちゃん」


 瑛理はゆずコンビに話しかける。


「何か気になることでもあったのか、刃渡さん」


「なになに?」


「二人はさ、恋人同士なのか?」


 ズバリ聞かれて、二人は気まずそうに顔を赤らめた。


「いや、まだ……」


「……その、そういうわけじゃなくて」


「へーそうなのか。なんつーか、お互いのことを思い合っている感じなのに、意外だな」


 瑛理は決して二人を責めているわけではない。貞彦にもそれはわかっていた。


 ゆずコンビの表情に陰りが見えた。瑛理にそんなつもりはなかったとしても、何か嫌な感じを受けているのかもしれない。


「君たちにとってさ、一番大事な相手って誰なんだ?」


「僕は、もちろん柚夏だ」


「私も……柚希が一番大事な人だって思うよ」


「それってさ、自分よりもか?」


 瑛理は尚も疑問をぶつける。


 わずかに不穏な空気が立ち込める。


 話題を切り替えるべきかと貞彦は思ったが、澄香に前に遮られた。


 口出しは無用ということらしい。


 サヤが止めるかもしれないと期待したが、サヤは何も言う気はないようだった。彼女にしては珍しい反応だと思った。


「僕は、柚夏のためだったらなんだってできる。もし何か危険があったとしても、僕の全てをかけてでも柚夏を守るさ」


「その言葉は嬉しいけど……柚希に何かあったら私はいやだよ。柚希がいなくなったら、私はどうしていいのかわからないよ」


「ふーん。お互いを優先するってことか」


 瑛理は考え込むように視線を上に向けた。


 ガタガタと地震が起きる。


 このメンバーに変化はなかったが、またどこかで世界が入れ替わっているのかもしれない。


「もしもの話なんだけど、君らが離れ離れになった時、どうすんの?」


「えっ」


「いつそうなってもおかしくはないじゃん。その時さ、二人は冷静でいられるのか?」


 二人は息を飲む。想定外とでもいうように表情に驚きが浮かぶ。


 決して考えなかったわけではないのだろう。人が現れたり消えたりする、異常すぎる事態に巻き込まれている。


 瑛理の言っていることは、間違っているわけではないように感じていた。


「恋人関係でもないのに、お互いがお互いを縛り付けているような気がするんだよな」


「そんなこと……」


「いつも一緒にいて、お互いが全てだっていうのも別に悪いとかじゃないだろうけど。その関係は脆いぞ」


 貞彦は、素直に聴かされた過去分の『ゆずちゃんねる』の内容を思い出していた。


 一緒に遊ぶために、宿題を早く片付ける柚夏。


 だらしない柚夏を世話するため、料理を作ったり家事までやってあげる柚希。


 お互いがお互いを、とても大事に思っているということは、ひしひしと伝わってくる。


 柚希は柚夏と、柚夏は柚希と、一緒にいたい。


 自分の行動原理が、まるで相手に支配されていると言ってしまうのは、穿ちすぎだろうか。


 そのことを瑛理は、お互いを縛っていると言っているのかもしれない。


「本で読んだことがあるんだけどさ、アルコール依存症の夫を助けるために、妻は夫をかいがいしく世話をするんだ。料理を作ってあげる、一緒にいてあげる、夫がアルコール依存症であることを周囲に隠してうまく立ち回る」


「それはとても素敵な愛の形だって思うけど」


「夫が迷惑をかけた相手に謝りに行ったり、叱ったりはするけど、酒を飲まなくて辛そうにしていたら許してしまうこともある。一緒に頑張って行こうとして、結果的には夫がアルコール依存症であり続ける環境を整えてしまっているんだ」


 瑛理は淡々と言い放った。怒っているわけではなく、ただ平坦な口調で言う。


「俺にはわかんないけど、相手のことを思い合うってのはいいことなんだろうなって思うよ。相手に甘えること、相手に尽くすこと。美しい形かもな。けどさ、それは相手の生きる力を奪うことと表裏一体なんだ」


 貞彦は、ハッとした。


 瑛理の言葉によって、澄香の考えに対する理解が深まったように感じた。


 澄香は、本当に肝心なことは自分で行う。けれど、考えさせたり、行動を促したりと、出来る限り貞彦や素直に何かをさせようとしている。


 貞彦は澄香を見る。


 澄香は相変わらず微笑んでいた。


 その微笑みの裏にある思慮に、貞彦はいつだって憧れている。


「お互いが世界にとってのすべてであるなら、その世界は壊れやすい。相手に何か良くないことが起きて、その出来事に自分自身が何もできない時、それだけで終わっちまうこともあるだろうな」


 ゆずコンビは俯いていた。


 何を思うのか、貞彦にはわからない。


 瑛理の言うことに心当たりがあって、打ちひしがれているのか。


 それとも、瑛理の言うことには納得ができなくて、反論の機会を探しているのか、定かではなかった。


 瑛理は、鋭い刃を向けるように言った。


「相手に甘えることが目的になって、相手に尽くすことが目的となる。好きとか嫌いとか関係がなくなる。そうなった奴らのことを、なんていうか知ってるか? それはな――共依存って言うんだ」

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