第13話 貞彦の好きな……

「人に聞いてばかりじゃなくて、自分から話してもいいんじゃないかい?」


「それもそうだな」


 満にとがめられて、或は素直に頷いた。


「俺は、そうだな。贔屓目かもしれないが、ノエルは可愛いな。普段は無表情な奴なのに、演奏中の激しさを見てると、やっぱすげえってなるよ」


 真面目に語る或を見て、貞彦は普通に感心していた。


 短絡的気味な奴だと思っていたが、案外しっかりと見ているようだ。


 貞彦は、少しだけ或のことを見直した。


 しかし、光樹は不満気な表情をしている。


「異議あり!」


「却下だ」


「いや、認めろよ! 誰が可愛いかって話なのに、演奏の様子とか言ってごまかすのは卑怯だと思う」


「ロリコン先輩は必死っすね」


「うるせえ! 御託抜きで語れよ。容姿とかだけだったら、誰が可愛いって思うんだよ」


 辱められた仕返しなのか、光樹は無様に食い下がった。


 あまりの剣幕に、或は気まずそうに押し黙る。


 そして、頭をかきながら口を開く。


「みんなレベルが高いってのは当然だが、ネコちゃんとカナミちゃんが同率だな。あと、湊紫兎も高得点だ」


「で、その真意は?」


「顔が可愛い。湊紫兎に至ってはダブルメロンでボーナスだ」


 あっけらかんと言い張る或に対し、一同は押し黙った。


 決して口にはださないが、全員が『わかる』と思っていた。


 物理的な母性の暴力には、男子高校生は抗えないのだと知った。


「そういえば、満の女子に関する好みは聞いたことなかったな」


「まあ、僕もあまりそういう話題を言ってこなかったしね」


「美形でモテやがるし、女子と話すのにもなんの気兼ねもないくせに、お前って意外とガードが堅いよな」


 或に指摘されて、満は頬をかいていた。


「そりゃ女性に対しては誰にでも紳士かつ真摯であれというのが、僕の信条だからね」


「それでも、好みとかはあるんじゃないのか?」


 貞彦が聞くと、満は観念したように首をすくめた。


「まあ、そうだね。純粋に可愛いって意味で言えば、素直ちゃんは特にいいかな。子供っぽい見た目かもしれないけど、芯が強くて真っすぐだ。とても魅力的だと思う」


「腹が減りすぎて人の腕を食うやつだぞ?」


 バーベキューの時を思い出して、貞彦は顔がこわばっていた。


 満は苦笑していたが、ふっと甘いマスク覗かせる。


「何も飾らない素直なところが、彼女の魅力だと思ったんだ。貞彦くんは、彼女の愛を真っすぐに向けられていて、羨ましくも思う」


「愛があれば、人の口に肉を無理やり突っ込んでもいいのかよ」


「受け止めて上げるのが、男としての包容力なんじゃないかな」


 満は理想的に言い放つ。


 許せることや許せないことは当然あるけれど、寛大になってみるということも必要かもしれない。そう思った。


「まあ、本当に気になる人っていうのは、さすがに言えないんだけどね」


「なんだよ言っちまえよ。俺とお前の仲じゃねえか」


 或が満と肩を組む。


 強引な態度を取られても、満の表情は変わらない。


「親しき中にも礼儀ありだよ。言えないものは言えないんだ」


「おもしろくねーな」


 或はそう言うと、満から離れた。


 本当に拒否的であれば、きちんと引くことができる。満と或の関係性の深さが伺える。


「じゃあ、最後は貞彦だな」


「実は俺、貞彦くんの本音がすげえ気になる」


「貞彦先輩はてっきり澄香先輩か素直ちゃんと付き合っているかと思ってましたけど、違うんすよね。本音はどうなんすか?」


「あれだけみんなから迫られている貞彦くんの本命。興味深いね」


 期待の眼差しが貞彦に集まる。


 向けられるワクワクしたプレッシャーに、たじろいでしまう。


 貞彦自身、なんて言えばいいかわからなかった。


「ってか、迫られてるってなんだよ」


「いやいや貞彦くん。素直ちゃんにカナミちゃんや来夢先輩どころか、ネコにも気に入られ手を出したらコロス紫兎ちゃんにまで甘えられてる貞彦くんが、何をおっしゃいますやら」


「不穏な言葉が挟まれてたんだけど!」


「それに、寛大で優しいのに、なんだか人と距離を取っている澄香先輩と仲が良いのも、貞彦先輩だけっすもんね」


 好奇心の矢がじりじりと迫る。


 貞彦の思考はまとまらず、あうあうと口をパクパクさせていた。


 見かねた或は、パンっと両手を叩く。


 仕切り直しだ。


「まあ色々と気になるけど、まずはテーマに則って一つずつ聞いていくか。純粋に顔が可愛いと思うのは誰なんだ?」


「……言わなきゃダメか?」


「みんな言ってるんだぞ」


 同調圧力って嫌いだと、貞彦は思った。


 しかし、みんなが心の内を曝け出したからこそ、言ってしまいたい気持ちも芽生えていた。


「純粋に顔だけって条件だぞ。そこを間違えないで聞いてくれよ」


「随分ともったいぶるね。わかった。その条件だとどうなんだい?」


「……ネコ」


『おー』


 男子どもの歓声が重なる。


 貞彦は恥ずかしくなって、膝を抱えた。


「さすが貞彦くん。やっぱり君ならわかってくれると思ってたよ。よし殴ろう」


「殴ったら、お前がロリコンだってことをネコにバラす」


「すいません冗談でしたごめんなさい」


 光樹はあっさりと土下座した。やっすい土下座だなと貞彦は思った。


「そっか。貞彦くんはネコちゃんみたいな容姿が好みなんだね。ふーんなるほど」


「そうだよ! 清楚な感じだけど時々子供っぽい表情とか、いつでも楽しそうでふわふわした感じが、幸せそうだなって思うんだよ」


「確かに、ネコ先輩は変な打算もなく純粋に楽しそうですもんね」


 全員がうんうんと頷く。一人だけハンモックで寝ていても、誰も文句を言わない謎の魅力がネコにはあると思える。


「じゃあ次。彼女にするならって条件で、性格が好みなのは誰なんだい?」


 満が尋ねる。


「来夢先輩」


「即答!?」


「いやだって、なんていうかさ」


「なんか言い辛いことでもあるんすか? ここでなら言ってもいいっすよ」


「いや、消去法って言うか……来夢先輩以外……我が強すぎる」


 個性は大事だと思うし、決してみんなのことが嫌いではない。


 けれど、相手にペースを握られて、色々なことに巻き込まれそうな気がする。


「確かに、穏やかに一緒の時間を過ごしたいのなら、来夢先輩なのかもしれないね」


 満が良い感じにまとめたところで、この話題は一先ず終了となった。


「じゃあ次だ。スタイルが好みなのは誰なんだ?」


「なんだか俺のことはグイグイと聞いてきてないか?」


「人前でイチャついてやがったんだから、そりゃ気になるだろ」


 イチャついていたという言葉に反論したくなったが、きっと他の男子たちはそう感じているんだろうから、言っても無駄だと言葉をつぐんだ。


「スタイル。スタイルか……」


「男同士だからな。遠慮なく言っちまえよ」


「……ぶっちゃけここにいない人なんだけど。いや多分、みんな知ってるとは思う」


「まあいいや。試しに言ってみろよ」


「生徒会長の実根畑峰子先輩」


「貞彦先輩。わかるっす」


 実際に接したからか、竜也は貞彦に同意した。


「貞彦くん。俺はあんまり接したことがないからあれなんだけど、そんなにいいのか?」


 光樹は聞いた。興奮したような面持ち。


「地味な感じなんだけど……身近で見るとスタイルの良さがやばい。長身で出るとこは出ているし、眼鏡を外して髪を下ろしたら、多分ギャップが半端ないと思う」


「なるほどな」


 或は生唾を飲み込んだ。


「それに、きっちりとガードされているからこそ、ガードが緩んだ瞬間の興奮は計り知れないと思う」


 一体何を言っているのだろうと貞彦はアホらしくなってきた。普段であれば絶対に言えないことも、澄香の家でお泊りという特殊性が口を滑らしているように思う。


 しかし、思いのほか男子どもは真剣に話を聞いていた。


「峰子先輩はノーマークだったな。夜の生徒指導とかしてくれねえかな」


「その発言はアウトだよ、或」


 意図的に言わなかったことがバレていないようで、貞彦は安堵した。


 峰子と澄香の背格好やスタイルが、ほとんど同じだと言うことを指摘されれば、追求されるに決まっているからだった。


「それじゃあ本題だな」


「そうだな」


 或と光樹は嫌らしく微笑む。


「いや、俺もきちんと質問に答えたじゃん」


「まだ、肝心なところが聞けていないよ」


「そうっすね」


 満と竜也も笑う。


 本当は、貞彦にもわかっていた。


 まだ最も重要で、答えづらい質問が来ていないということを。


「で、貞彦はさ、一体誰が一番好きなんだ?」

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