エピローグ 刃渡瑛理の反省文&課題レポート
『二年B組 刃渡瑛理
この度、私こと刃渡瑛理は、皆様方に多大なご迷惑をおかけしたことを慎んでお詫び申し上げます。
本当は悪いとは思っていないけど、形だけでも謝罪は必要だと言われたので、謝罪致します。
誠に申し訳ございませんでした。
改善策としましては、このような出来事を二度と起こせないように、半年間はお小遣いを半額にしようと思います。
大好きなエクレアが週三程度でしか食べられなくなるため、更なる反省と抑止力に繋がると考えられます。
もう二度と同様の事件は起こしません。
これ以下の文章に関しては、人間関係に関するレポート課題の内容を記載します。
決してレポート用紙の代金がもったいないとかそういうことではなく、エコの精神だと言うことをここに記します。
私は二年の久田貞彦。三年の白須美澄香。一年の矢砂素直。同じく一年の超絶可愛い天美カナミと関わりを持つに至った。
超絶可愛い天美カナミは悩んでいた。個人情報に抵触するため詳細は割愛するが、人間関係に関する悩みを抱えているようだった。
幅広く人間関係を作ろうとする、超絶可愛い天美カナミの姿勢には、あまり共感を覚えることはなかった。
人は一人で生まれて、死にゆく時も一人であるからだ。
他人の存在というものは、路傍の石ころのような存在だと、思えてならなかった。
それでも、石ころが当たると痛みを感じるように、時に傷つくことがあることも、理解できていた。
しかし、石ころは貨幣にも装飾品にもならないように、積極的な価値を感じたりはしなかった。決して強がりじゃないです本当なんです信じてください。
石ころに囲まれて、身動きが取れなくなる姿は、なんだか哀れに思われた。
他人の存在を気にすることで、自分自身の生き方が阻害されるのであれば、本末転倒だと考えた。
だからこそ、超絶可愛い天美カナミに対し、つまらない奴だと率直な意見を述べた。
ただの意見。言ってしまえば感想のような重要性の低い言葉で表出したつもりだったが、超絶可愛い天美カナミは傷ついた反応を見せていた。
他人の気持ちはわからない。心の形は様々で、一人一人に気を配って生きることは、私にはとても困難だと考えられる。
自分自身で割り切っていたつもりだったのだが、それでもわずかに胸が痛んだ。
傷つけられることに痛みは感じるが、重要性は感じない。
けれど、自分が傷つけることに対して、私には耐性がなかったのだろうと思う。
超絶可愛い天美カナミは、自分を認めてくれないこの世界が大嫌いだと述べていた。
そこには、他人に対する期待や、世界の寛容さを信じる純真さが含まれているように思われてならない。
自分が期待するから、勝手に信じるから、裏切られたように感じて痛みを受ける。
そんな楽観さが、私には理解できない。
優しくも厳しくもない。ただありのままの姿で、世界が存在しているだけだ。
そこに勝手な意味をつけるのは、全部個人で勝手にやっていることだと考察している。
けれど、そんなことは別にどうでもいいのだ。
私が私であるように、他人は他人である。それ以上でも以下でもない。
私に起因する出来事が、良いことであるのか、悪いことであるのかについてすら、実のところ興味はない。
ただ、全ての出来事が終わったあとの超絶可愛い天美カナミは、とても元気でイキイキとした様子であったと見立てている。
超絶可愛い天美カナミが前向きな姿勢を見せたことで、私には少しだけ嬉しい気持ちが沸き上がった。
彼女と関係することによって、感情に変化が見られるということは、新たな発見であった。
貞彦くん、白須美先輩、素直ちゃん、そしてサヤ。
サヤというのは、まあ妹のようなものだけれど、関係性が増えていくたびに、生きて行くには複雑さが増していくように感じる。
それでも、今回の出来事を通じて学んだ点としては、人と関わりを持つこと自体は悪くない、ということだ。
関係性が無くなるかもしれないと考えた時、得体の知れない恐怖に苛まれた。
その恐怖の大きさがきっと、何かを大切に思う気持ちなんだろうと、理解することができた。
他人の気持ちは理解できないけれど、自分自身の気持ちだけでも知ることができた。
そして、最終的な結論に至ることができた。
今回の出来事を通じ、確かに私自身の見識を広げることはできた。
その学びはきっと重要なことであり、今後の人生に少なからず影響を与えることだろう。
しかし、私自身の変容と同義ではない。
私は私のまま、成長するに至ったと考えられるのである。
というわけで、私が最大限私らしいという表現として、この言葉でこのレポートを締めくくろうと思う。
俺の生き方は、絶対に間違っていないのである』
「なんだこのゴミは」
レポートを読み終えた水無川は、呆れつつ呟いた。
ようやくレポートを提出したかと思えば、内容は恐ろしく独りよがりな物だった。
他者の気持ちを理解できない傾向はまるで変っていない。
多少なりとも感じたことはあったようだが、他人に対する理解が深まったという内容であるとは、到底思えなかった。
これはさすがに留年を突きつけなければならないかと、水無川は沈鬱な気持ちとなった。
「ん?」
瑛理から渡された封筒から、数枚のレポート用紙が出てきた。
興味本位で手に取り、内容を確認する。
『本当は悪いと思っていないけど、むしろそんなくらいで怒るほうが短気なんだよバーカバーカ←形だけでも謝罪文を載せておいた方が良いかもしれません。澄香』
『もう二度と同様の事件は起こしません。多分。←多分は絶対に書いちゃいけないだろ! 貞彦』
『レポート用紙の代金がもったいないからそのまま続きを書きます。←正直でおもしろいけどそれを書いちゃうとボツだと思う。素直』
『同じく一年の天美カナミと関わりを持つに至った。←超絶可愛いというという言葉が抜けていますよ。これ以降の文章でも、絶対に入れてくださいね。カナミ』
『サヤというのは、まあ妹のようなものだけれど、ぶっちゃけもう一人の私というか、胸はぺったんこだが生きて行くためには欠かせない人物なのである。←恥ずかしいことを書くな。僕の説明はややこしくなるからやめろ。サヤ』
「なんだこれは?」
読み進めていくと、詳細を知ることができた。
どうやら、刃渡瑛理はレポートを作成した後に、相談支援部の連中などに添削を依頼したらしい。
完成品もゴミみたいなレポートだったが、添削前の文章はさらに支離滅裂であり、瑛理のどうしようもない人間性が滲み出ているようだった。
その後の文章にも修正まみれで、水無川は頭痛を我慢しながら最後まで読んだ。
最終的な結論の後に、添削者それぞれの感想と、サインが添えられていた。
「この結論はダメだろ! でも、刃渡らしい率直なレポートだと思った。久田貞彦」
「自分勝手すぎるけどなんだか憎めないね。これでいいと思うよ。矢砂素直」
「小さな学びからの成長が感じられます。けれど、刃渡さんが刃渡さんであること。それこそが一番大切なことのように思います。白須美澄香」
「カナミのことをもう少し良く書いてくれてもいいんですよ。でも、瑛理先輩にも感謝しています。本当ですよ。ありがとうございました。超絶可愛い天美カナミ」
「君は本当にどうしようもないクズだということが再認識できたよ。これからも僕が徹底的に叩き直してやるから、覚悟しておきなよ! 刃渡サヤ」
水無川は楽しそうに苦笑した。
結論から察するに、瑛理の考え方は特に変わっていないように感じる。
けれど、きちんと変化していることがあったのだと知ることができる。
「まったく、あのバカは。添削前のレポートを同封する奴があるか」
口調はキツめだが、水無川は笑顔になった。
誰にも見向きもされなかった刃渡瑛理に、きちんと仲間が出来た。
人の言うことを聞き入れようとしなかった瑛理が、少しでも他人の意見を聞くようになった。
そう感じた。
レポートの内容は評価に値しない。
けれど、仲間と共に書き上げることが出来たという点については、認めてやらないでもないと考えていた。
「結局、これからも忙しくなるだろうな」
瑛理のことだけではないが、問題を抱えて、なんらかの不具合が生じる生徒はたくさんいるのだ。
これからのことを思うと、水無川はうんざりしてしまう。
ただ、そんな奴らが自分の生き方を手に入れられた時、きっと心から祝福して、この仕事をしていて良かったと、また元気を取り戻してしまうんだろう。
「まあ、とりあえずはおめでとう。刃渡瑛理クン」
水無川は、合格の意味を込めて、自分の印鑑をレポートに押した。
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