第16話 カナミがお友達になってあげます

 貞彦たちは生徒会室に連れていかれ、事情聴取を受けた。


 特に当事者となった瑛理とカナミは、念入りに詳細を聞かれている。


 瑛理は素直な様子で、峰子にペコペコと頭を下げていた。


 そんな姿を見ていると、なんだか憎めない気がしてくるので不思議である。


 素直を挟んで、貞彦と澄香は壁に背中をつけて立っていた。


 なかなか会いたくても会えなかった相手が、すぐ側にいる。


 屋上に澄香がやってきた時は、気まずさよりも嬉しさが勝った。


 離れている時間があったからこそ、余計に気持ちは募るものだと、貞彦は実感していた。


「貞彦さん。よくがんばりましたね」


 貞彦の方は見ずに、澄香は言った。


 普段と何も変わらない。なんでも肯定してくれる、寛大で心優しい澄香のイメージそのものだ。


「今回もだけど、特に何かをしたってわけじゃないんだけどな」


 瑛理の暴走を止めたわけでもないし、カナミの心を癒すことができたわけでもない。


 サヤは瑛理と喧嘩をしていると表現していたけれど、仲直りに至ったわけでもない。


「何もできていない。ただ、俺は側で傍観していただけのような気がするよ」


「ただ側にいること。それだけでも、充分だと思います」


「貞彦先輩はなにもしていないって言うけどさ。ミミちゃんが自暴自棄にならずに済むことができたのは貞彦先輩がいてくれたからだとわたしは思うよ」


 澄香と素直は、貞彦を褒めた。


 少しだけ嬉しくなる。


「一人だと弱くて何もできない。けれど二人で、三人でいることで、勇気が出て大きなこともやれてしまう。一人一人が強くなくたって、別に構わないんです」


 瑛理とカナミは、一人でいることの弱さを自覚している。


 だから群れるんだと。集団となって強がって、自分が弱いもののままでいたくないんだと、考えているようだった。


 カナミはそんな弱さを嫌っていたけど、瑛理は、嫌いだけどそれでもいいと言い放った。


 良いも悪いもない。ただそのような形であるだけだと。


「それにしても、澄香先輩と素直は、随分といいタイミングで出てきたな」


「私たちは、決して何もしていなかったわけではないのです。情報の方は随時収集を続けていましたから」


「わたしもわかることは澄香先輩に報告していたからね。貞彦先輩がわたしたちじゃなくてミミちゃんやサヤ先輩とばっかり遊んでいることもね」


 素直はジト目で、澄香は笑顔で貞彦を射抜いた。


 責められていると感じ、貞彦は顔を伏せた。


「それにしても、峰子先輩や風紀委員の奴らも一緒に連れてきたのは、どんな理由があったんだ?」


 法に引っかからない手段であれば、どのような手でも使うというのが、澄香のやり方だ。


 峰子や風紀委員のメンバーと協力すること自体は別に構わない。


 ただ、あの場に連れてきた理由が気になった。


 もし秘密裏に解決をできるのであれば、瑛理やカナミやサヤにとって、生徒会に事情聴取をされたり、その後の処理に追われたりといった手間を減らせるように思ったからだ。


「もしあの場を、私たちだけで解決しようと思ったら、その場だけでなら収められるかもしれないです」


「その場だけ?」


「はい。けれど、私たちが何かをしたところで、個人個人の遺恨は残り続けます。刃渡さんの信念がカナミさんに影響を与えた。まだ詳細は知らないですが、そういった出来事だったのでしょう。ですが」


 澄香は言葉を選ぶように、一度沈黙した。


「そのお二人以外にも、なんらかの被害を受けた方は大勢いる。そんな中、何事もなく刃渡さんがイキイキとしていたら、どのように感じると思いますか?」


「きっとなんであいつは何の罰も受けずにのうのうとしているんだとか思いそうだよね」


 澄香の問いに素直が答えて、貞彦は理解した。


 貞彦たちは部活動で人と関わっているが、あくまで一般人だ。


 生徒会長の峰子、風紀委員のメンバー。ある意味では公的な機関の人間だ。


 何らかの地位や権限のある人間によって正式に裁かれることで、瑛理はきちんと罰を受けていると印象付けることができる。


 自分を苦しめた奴が報いを受けるという構図にすることで、澄香は関わっていた全員のケアを行おうとしたのだと、貞彦は知ることができた。


 笑顔の裏に恐ろしいまでの思慮が見えて、貞彦は圧倒されっぱなしだった。


「貞彦さん。刃渡さんとカナミさんのお話は、まだまだ続きそうですね」


 澄香は言った。


 本当に言いたいことを我慢して、迂回しているような口ぶりだった。


「私は、貞彦さんのお話が聞きたいです。刃渡さんのこと、カナミさんのこと、サヤさんのこと。そして、貞彦さんのことも」


「わたしも聞きたいな。まだまだ時間がかかりそうだし教えてよ」


 澄香と素直に見つめられる。


 その瞳は期待に満ちている。


 貞彦はずっと心配していた。


 居場所から長い間離れることで、そこにもう戻れないんじゃないかって。


 そういった不安が積み重なって、ずっと相談支援部には戻れずにいた。


 けれど、そんな不安すらも、二人はかき消してしまっていた。


 自分が受け入れられていることに、安心感と幸福を感じる。


 今の瞬間だけでも、幸せなこと。


 儚くても、決して離したくない大切なもの。


 貞彦はようやく、二人と自信をもって顔を合わせた。


「それじゃあ話をしようか。刃渡瑛理による、奇妙でエキセントリックな物語を」


 控えめに響く二人分の拍手を、貞彦は心地よく聞いた。






 生徒会での事情聴取、教師への説明がようやく終わり、貞彦たちは解放された。


 一番当事者に近い貞彦は、峰子にとても丁寧にお礼を言った。


 峰子は困った顔で笑うだけだったけれど、裏でしているであろう苦労を思うと、本当に頭が上がらなかった。


 サヤのやり方をリスペクトし、靴でも舐めるべきかと考えたけれど、やめておいた。峰子に嫌われることは、澄香や素直に嫌われる次くらいに嫌だと思った。


 三人が生徒会室を出ていく直前、峰子は微笑ましく「ふふ」と笑った。


「峰子先輩?」


 貞彦が気になって問いかけると、峰子は満足気な笑みを浮かべていた。


「やっぱり、三人が一緒にいることがとても自然だと思って、つい嬉しくなっちゃいました」


 そう言われて、三人は微笑んだ。


 並んで歩くことのできる当たり前の日々。それは突然崩れゆく儚いものだと思う。


 だからこそ、日々を大切な思いで過ごしたいと、貞彦は思った。


 三人が部室に戻る時、なぜか瑛理とカナミがついてきたので、澄香は二人を歓待した。


 久々に飲む澄香のコーヒーの味は、とても落ち着いた。


 やっぱり変な物は入っていると、貞彦は確信した。


「さだひこ先輩。ついでに、瑛理先輩。本当にありがとうございました」


 カナミはぺこりと可愛らしく頭を下げた。


 カナミの口調はとても自然なものだった。


 過剰な演技や、好かれようとする甘い声も必要ない。


 そう言っている気がした。


「カナミは、二人になにかお礼がしたいとおもいます」


「そんなにかしこまらなくてもいいよ。俺はただ、側にいただけだ」


「いやー今回は俺ががんばっちゃったからなー。もっと具体的なもので感謝を表わしてもいいんだぞ。現金とか」


 貞彦と瑛理の対応は、とても対称的だった。


 貞彦は苦笑した。


 素直ではあるけれど、とても現金な奴でめちゃくちゃ。


 それでもなぜか、憎めない。


 こんなめちゃくちゃな奴でも、誰かに影響を与えることはできるのだ。


 瑛理のことを完全に認めることはできないけれど、それでもカナミを元気にしたことは間違いないのだ。


 誰かのことを完全に受け入れていなくても、別に構わないのかもしれない。


 澄香とのデートの後、悩んでいたことに何か答えを出すことができた。


 そう感じた。


「瑛理先輩には、やっぱりお礼はなしです」


「なんでだよ! ひどいぞカナミ!」


 貞彦は、ほんのわずかな変化に気づいた。


 瑛理がカナミのことを、フルネームではなく名前で呼んでいる。


 ふーん。と貞彦は口元に笑みを浮かべた。


「貞彦先輩には特にお世話になりましたから、特別にカナミとデートしませんか? お金を払ってでもカナミとデートをしたいって人はたくさんいるので、大サービスですよ」


 デート、という言葉に貞彦、澄香、素直は反応した。


 素直は引きつった笑みを浮かべており、澄香はどこかぎこちない。


 そして貞彦は、お金を払ってでも遠慮したいと考えていた。とても失礼すぎるので、絶対に口には出さないけれど。


 カナミとのデートはきっと楽しいだろうけど、当分は勘弁して欲しいと、貞彦は切に願っていた。


「ミミちゃん。それはさすがに早すぎるんじゃないかな?」


「関係を深めることに早いも遅いもないと思うよ。それに、さだひこ先輩はカナミの頭をなでなでしてくれたんだ」


 素直はむっとした表情になった。


「むーそうなんだ。どういうことなの? 貞彦先輩」


「貞彦さん。先ほどにはなかった話ですね。興味深いことなので、詳しく聞かせてくれませんか?」


 素直と澄香に迫られる。


 普段ならば少しは嬉しいかもしれないが、今はただただ恐怖だった。


 三人が無言で緊迫している中、カナミは瑛理の方を見た。


「まあ、瑛理先輩にお世話になったことも事実ですからね。しょうがないので、お礼をしてあげます」


「なんだーやっぱりカナミはいい奴なんじゃないかー。このこのー」


 瑛理はウザい反応をした。


 てっきり怒り出すかと思いきや、カナミは少しもじもじとしていた。


「友達がいない瑛理先輩のために、カナミが友達になってあげてもいいですよ。感謝してくださいね!」


 顔を逸らしながら、カナミは強がるように言った。


 恥ずかしさを隠すように、きっと強気な口調になってしまったんだろう。


 貞彦は嬉しく思う。


 色々とありすぎて、当初の目的を完全に忘れていたが、瑛理に友達を作って、レポートを提出するという目的があったのだった。


 紆余曲折がありすぎたけれど、結果的に目的は達成できたのだと、貞彦は心底喜んでいた。


 しかし、瑛理は不安になるくらいに不思議そうな表情をしていた。


「えっやだ。友達なのに上から目線でくるのはなんか違うんじゃね?」


 カナミは瑛理をおもいっきりビンタした。
























 刃渡瑛理を巡る物語は、こうしてひとまずの終結を迎えた。


 なんだかんだで、今回もハッピーエンドに終わったと、納得をしかけていた。


 けれど、この場に足りない人物について思い至る。


 どうして忘れていたのかなんて、理由はわからない。


 自分が忘れかけていた理由にすら、思い当たらない。


 しかし、すんでのところで気づいた。


 今回の出来事の、もう一人の主役とも言える少女。


 刃渡瑛理最大の理解者であり、唯一無二の批判者であるとした彼女。


 刃渡サヤは、一体どこへ行ったんだろうと。

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