第2話 壊れるほど怖くても、1/3も伝わらない

 友達になれそうだなんて貞彦は思ったけれど、やっぱり気のせいだった。


 澄香は猫之音について知っていることはあるかと質問をした。


 返ってきたのは、おびただしい数の情報だった。


「一月二十二日生まれのB型で、家族構成は両親、姉との二人姉妹だったと思います。家は近所で高校までは徒歩通学。小学生の頃からよく眠る子だったんですけど、俺がいたずらをしてしまってからは寝たまま動いている感じなんです」


 小学生の頃からの知り合いということであれば、そのくらいは知っているか。


 この時まで、貞彦はそう思っていた。


「好きな食べ物はミックスフライ定食。毎年の誕生日には猫グッズを買ってもらうようで、彼女の身の回りには猫のストラップやステッカーが徐々に増えています。けれども、野良猫には嫌われてしまうようで、よく追いかけています」


 怖いという割には、相手のことをよく見ているようだと思った。


 そろそろ話も尽きるかと思いきや、香田の話はまだまだ終わらない。


「休日は家に帰って眠るかふらふらと寝ながら散歩をしています。店などには入らず、公園や川沿いの道などを歩いています。友人と遊ぶことはなく、最近は公園のベンチがお気に入りのようで、グラグラしながらうたた寝をしています」


 猫之音のお気に入りのベンチが、ちょうど貞彦が座っていた隣のベンチだったようだ。


 貞彦は心配で手助けをしたのだが、どうやらいらぬ心配だったことで、なんだか損した気分となった。


「寝たままでも学校に来たり、授業を受けることはできています。授業中あてられても眠そうな声で答えているので、教師たちも黙認しています。容姿はいいので男子たちに注目を浴びていますが、近づこうものなら容赦なく撃墜されています」


 別に容姿に惹かれたわけではないのだが、撃墜された身としては笑えない。


 それにしても、思ったよりも香田が知っていることが多く、貞彦は驚いていた。


 それと同時に、段々と風向きが変わっていく不穏さを感じた。


「あまり着飾らないのですが、髪飾りについてはこだわりがあるらしく、バレッタリボンを日替わりでつけています。気分によって色を決めているみたいで、どうやら元気な日は暖色系で、あまり気分が良くない日は寒色系の色です」


 よく見ている、では済まされないレベルになってきた。


 貞彦はよく知らないが、たとえ彼女に対してでもそこまで見ないんじゃないだろうかと思い、寒気すら感じてきた。


「なぜかと言うと、雨の日は青系のものが多くて、雨に合わせているのかと思っていましたが、晴れた日にも青系のものをつけているので、寝ている間にも彼女なりの気分があるんだと思います」


 髪飾りの考察まで始めて、いよいよ香田の異常さが垣間見えてきた。


「貞彦先輩……この人……こわい」


 素直は貞彦にすがりついた。


 基本的には強気な素直が怯えている。


 珍しいを通り越して異常な事態だ。


「授業が終わると、正門を通って帰りますが、たまに裏門から帰る時があります。がやがやしている所が苦手みたいで、人が集まっているような所は避けているみたいです。それで――」


「とてもよく猫之音さんのことを見ているのですね。驚きました」


 澄香がそう言ったことで、香田はようやくを話を止めた。


「すいません。知っていることをできるだけ伝えなくちゃと思ったら、しゃべりすぎてしまいました」


 話をしすぎた自覚はあるようで、香田は頭を下げていた。


 けれど、常識がある分さらに恐怖が募った。


「香田さんは猫之音さんのことをよく知っているようですが、その感情は恋愛感情ではないのですよね?」


 澄香は再度確認のように言った。


 香田は大きなモーションで首を振った。


「ぜ、全然違いますよ」


「たとえば彼女と手をつないだり、一緒にどこかへ出かけたり、美味しい物を食べたりする様を想像してみてください」


 澄香に言われて、香田は疑わし気に目を閉じた。


 香田の顔はみるみるうちに青ざめ、悲壮な表情に変わった。


「むりむりむりぃいいいい。怖い!」


 香田の腕には鳥肌が立っていた。


 どうやら、身体的な反応を見る限りは、香田の言っていることは嘘ではないらしい。


「それでは、もう一度質問をさせていただいてもよろしいでしょうか?」


「は、はい」


「怖いと思う気持ちが嘘ではないことはとてもよくわかりました。それでは、どうして猫之音さんのことをよく観察し、理解をしようと努めているのでしょうか?」


 澄香の質問の意図が、貞彦にも想像がついた。


 普通であれば、苦手な物や怖い物からは、避けようとするものではないだろうか。


 感情が揺さぶられる可能性も減るだろうし、脅威にさらされる危険からも逃れられる。


 距離を取ろうと思えばとれるはずなのに、これだけの情報を得ているということは、自ら進んで近づいているように思える。


 不可解に思うのは当然だった。


「それは……彼女から逃げるためです」


 あまり考える様子もなく、香田は言い切った。


 始めから答えが決まっていたように感じた。


「といいますと?」


「彼女の行動パターンがわかれば、そこに近づかないことができるでしょうし、考え方や心情なんかも理解できれば、対策を練ることができます」


 香田は淀みなく言った。


 相手のことを良く知り、傾向を調べて対策を練る。


 彼なりの信念に基づいた対処方法なのだと、貞彦は理解した。


 けれども。


「言っていることはわかるんだけど……やってることは完全にストーカーだよな?」


 貞彦は我慢がしきれなくなり、思っていたことを言い放った。


 香田は驚愕で表情を歪ませた。


「そうなの!? でもストーカーって好きな相手にやるものだと思うんだ。俺は怖くて怖くてやってしまっているんだから、きっとストーカーじゃないと思う」


 いや、ストーカーはみんな否定するんだよ。


 そう言ってやりたかったが、貞彦が口を開く前に、ついには震えだした素直が泣きそうな声で言った。


「ストーカーはみんなそう言うよ! 香田先輩の方がこわいよ!」

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