第9話 歪な種でもおおきくなあれ
カルナの預かり期間は終わったが、その後もちょくちょくカルナは生徒会室に遊びに来るようになった。
峰子と何かを話した後、別室に行っているようだが、何をしているのかは貞彦は知らなかった。
順番通り、次は奥霧を預かることになった。
てっきりカルナと同じように作業をさせるのかと思ったが、奥霧とは部活動の見回りや生徒からのアンケートの確認といった仕事だった。
どうしてカルナとは与える仕事が違うのか、貞彦は峰子に尋ねてみた。
「適材適所です。皆さんに同じ仕事を与えればいいわけではなく、段階や特性に応じたことをお願いした方が、きっとやりやすいでしょうし、その分伸びるのも早いと思います」
とのことだった。
あっという間に最終日。
生徒会に寄せられた生徒からの意見を見ながら、どうしていくべきかの会議を行っていた。
生徒会の面々は今回は不在で、あくまで一般生徒目線を聞くために、峰子と貞彦と奥霧で行うことになった。
「貞彦くん、奥霧くん、どうぞ」
貞彦と奥霧の前に、紅茶とクッキーが置かれた。
「あのさ、会議をするのに食ったり飲んだりしながらでいいんすか?」
奥霧は当然の疑問を口にした。
「いいんですよ。堅苦しい空気でやりたいのではなく、リラックスした雰囲気で行いたいんです。その方が、いい意見も出やすくなる気がしませんか?」
「いいんなら、別にいいんすけど」
表情は変わっていないが、奥霧はクッキーと紅茶に手をつけた。
なんとなくだが、本当は食べていいのか不安だったのかもしれないと、貞彦は思った。
生徒からの意見について、気になったことを峰子が読み上げ、二人が意見を述べるといった方式で行う。
「『学食の食事量を増やして欲しい』とありますがどう思いますか?」
「俺はあんまり利用したことないから、どのくらいの量なのかはわかんないな」
貞彦が答えると意外にも奥霧が反応した。
「久田先輩、使わないのは損っすよ。値段が安い割には炒め物系は充実してるから、俺は一人で通ってる」
一人で通っているという言葉に、貞彦は何も言えなかった。
うすうす感じてはいたが、やはりこいつはボッチなのか。
「それでは、奥霧くんにとって、学食の量はどう思いますか?」
奥霧の瞳がさらに鋭くなる。
威嚇しているわけではなく、言葉を真剣に吟味しているようだった。
「男子が食いそうなチャーハンとかの炒め物系は、少ないとは感じない。けれど、パスタに関しては、確かに少ないような気がするな。メニューによって、量にバラツキがあるのかもしれない」
「なるほど。私も学食は利用したことはあるのですが、確かにパスタ系の食事は少ないように感じたかもしれません」
しばし二人で考え込む。おそらくこの出来事に関する解決策をひねり出しているのかもしれない。
学食利用がほとんどない貞彦にとっては実感が湧かないが、とりあえずは考えてみることにした。
「それでは、この意見に対して何かしらのアイデアはありますか?」
「はい」
最初に意見を言ってしまおうと、貞彦は手を上げた。
「学食のおばちゃんと話して、少しだけ量を増やしてもらうように交渉してみるとか?」
峰子は頷いた。
「ふむふむ。順当な手段ですね。惜しむらくは、以前にも同じような相談があり、一度同様の相談をしているのです。とても真っ当な手段ではありますが、また同じ意見が来ていることが気がかりですね」
峰子はやんわりと言った。
そうか、そのくらいのことはもうしているよな、と貞彦は納得した。
「俺から、いいっすか?」
「はいどうぞ、奥霧くん」
「量の違いについては、ぶっちゃけどうにもならない部分があると思うんすよ。きっと決まった予算内で業者から買ってるんだろうし。買う量を増やしたら予算も増えるだろ。そしたら生徒会レベルの話じゃなくなるんじゃないかって思う」
貞彦は、奥霧の弁舌に驚いていた。
生徒レベルの話ではなく、学校の運営のことにまで頭が回っていることに、視野の広さを感じた。
「その通りです。奥霧くんは広いところまで見ることができるんですね」
峰子は奥霧を褒めた。
「ではその前提がある上で、どうしてみたいですか?」
「学食メニューに、量とカロリーでも記載しとけばいいんじゃないすかね」
「その目的と、狙いはなんですか?」
「量を書いておけば、頼む側が量を知った上で注文するから、文句は言えないだろ。それに、カロリーが分かればダイエット女子たちにも受けがいいだろうし」
奥霧の言うことに、貞彦は感心していた。
食事量が多いのか少ないのか、本当のところはわからない。
けれど、あらかじめ記載しておけば、少なくとも量を見てメニューを選ぶことができる。
自分でわかった上で頼むのだから、文句を言うことは筋違いだろう。
もちろん、かといってクレームみたいなものがなくなるわけではないが、少なくとも打っておいて損はない手だと思った。
「奥霧くんの意見に、私も賛成です。私としては、生徒レベルで業者の方にお願いをしても良いかと先生の判断を仰ごうと思っていました。業者さんにお願いをすることが可能であれば、その時に量とカロリーなどについても聞いておきましょう」
食事量の話については、話がまとまった。
「それでは、次の意見です。『学校生活が楽しくなるような、みんなが楽しめるイベントを開催して欲しいです』ということですが、何か意見はありますか?」
貞彦は考えた。
学校生活をそれなりに楽しむことはできている、と貞彦は思う。
以前はきっとそうではなかったが、相談支援部の活動を通じて、楽しいと感じることが増えたような気がする。
これもきっと、澄香や素直のおかげなんだろうと、正直な気持ちで感謝できる。
とはいえ、これを意見として言うのもどうなんだろう。
澄香や素直と遊ぼう、なんて言うのはさすがにどうかと思う。子供用のイベントじゃないんだから。
「奥霧くん?」
峰子が呼びかけても、奥霧は反応しなかった。
変に思い、貞彦は奥霧の方を向いた。
相変わらず鋭い瞳。
しかしそこに映し出されているのは、怒りではなく、虚しさのような気がした。
「みんなが楽しめるイベントなんて、そんなものはない」
「それは、どうしてですか?」
峰子が尋ねる。
奥霧は淡々とした声で答えた。
「俺は正直言って、浮いている側の人間なんすよ。集団でこぞって群れて、強気な意見を言ったり、浮いている奴のことなんて見もしないような奴らの中で、楽しめるわけが、ないじゃないすか」
感情すら感じられなかった。
ただ事実を、ありのままに述べるような口調。
「俺にはわかんないんすよ。知りもしないような奴を、どうして勝手に悪く言えるのか。ただ周りと違うというだけで、それが悪いことのように言い放つ正義感が。協調を強要するこの世界が、俺は嫌いなんすよ」
貞彦は、奥霧の人生の一端を垣間見た。
視野の広さはいいことばかりでなく、きっと嫌なところまで見えてしまうのだろう。
そのせいで人と距離を置くことで、ますます人との距離は広がる。
離れて安全圏にいる奴らは、こぞって奥霧を非難したのだろう。
多数派が強く、協調をするべきという意見が一般的な世の中では、奥霧はきっと生きづらいのだろう。
おそらく、それらの出来事が今の奥霧に繋がっている。そう感じた。
「協調を強要する人が嫌いでも、この学校が嫌いでも、この世界が嫌いでも、それは一向に構いません」
峰子は言った。
奥霧の想いから逃げることなく、峰子は言った。
「私は、奥霧くんに何一つ強要するつもりはありません」
「俺が言うのもなんなんすけど、生徒会長として、それでいいんすか? 俺を優先するなんて綺麗事は、他の大多数をないがしろにするんじゃないすか?」
奥霧のことを思うあまり、大多数を犠牲にする。
そのことは、上に立つものとしては、きっと許されざる行為だろう。
貞彦は、峰子がどう答えるのか気になった。
「私は奥霧くんのことを優先するわけでも、大多数の方々を優先するわけでもありません。あなたの生き方も、他の方々の生き方も、それぞれ尊重しましょう。だってここは、学校なのですよ。色々な人がいたって、いいじゃないですか」
峰子は微笑む。
奥霧は、何故か苦しそうに口元を歪めていた。
「俺は変わるつもりなんてねえっすよ」
「ええ。それで構わないです」
峰子の態度は最後まで変わらなかった。
「さて、それでは聞かせてくださいな。みんなが楽しめるようなイベントに関する、他の誰でもない奥霧くんの意見を」
奥霧は、諦めたかのように溜息をついた。
しかし、表情はどこか柔らかいものだった。
校門前で奥霧が帰るのを見守ったところで、峰子の仕事は終了となった。
果たしてこの出来事で、風紀委員の問題が解決するのだろうかと、貞彦は不安を抱えていた。
「だーれだ」
「声を出しているのは白須美さん。というか、目を隠すつもりならせめて届かせてくださいよ!」
貞彦が振り向くと、峰子の頬辺りを、素直が隠すように両手で覆っていた。
その後ろでは、澄香が楽しそうに笑っていた。
「実根畑さん。カルナさんと奥霧さんと関わって頂き、本当にありがとうございました」
澄香は丁寧にお辞儀をした。
「いえいえ。始めはどうなることかと不安でしたが、私もとても勉強になりました」
「実際に関わった実根畑さんにとって、お二人はどのように映りましたか?」
峰子はメガネの位置を直して、笑顔を見せた。
「お二人とも、とてもいい子でしたよ」
「ええ。私もそう思います」
二人の目線が交錯する。
分かり合った者同士のやりとりのようで、貞彦には羨ましく映った。
「それでは、私はこれで」
峰子はそう言って、校舎の方に引き返して行こうとした。
「峰子先輩。どこに行くんですか?」
貞彦は気になって聞いた。
「いえ、生徒会室に忘れ物をしてしまったので、取りに行くだけですよ」
峰子がそう言ったので、貞彦は納得した。
その直後。
「私も手伝いますよ。実根畑会長」
澄香はそう言って、峰子の隣に立った。
峰子はなぜか、気まずそうな顔をしていた。
「白須美さんには、お見通しなわけですか」
「お見通しって、どういうことなんですか?」
貞彦が聞くと、澄香が代わりに答えた。
「実根畑さんと私は、ちょっと残業をしていきます。お仕事、溜まっているんですよね?」
「言わなくていいのに……」
カルナと奥霧を預かっている間、峰子は自分の仕事をしている、と思っていた。
しかし、何か問題が予測されたらすぐに介入したり、二人の行った業務の確認作業は真っ先に行っていた。
そんなことはおくびにも出さなかったが、自身の仕事に支障が出ていたであろうことは、想像できた。
「自分の仕事を犠牲にしてまで、どうして峰子先輩は二人を請け負ってくれたんですか?」
貞彦は疑問を口にした。
峰子は少し考えた後、恥ずかし気に口を開いた。
「生徒会長の仕事とは、農作物を育てるようなものだと思うんです」
「の、農作物?」
「ええ。土壌を整え、雑草を処理し、雨や雪から守る。皆様方生徒さんたちは、ただその中ですくすくと育てばいい。私の仕事というのは、直接育てるというよりも、育つための環境を調整すること、だと考えています」
「人を育てるのではなく、環境さえ整えれば、人は勝手に育っていく。実根畑さんの考えは、昔から変わっていないのですね」
人が人を育てるのではなく、環境を整えれば人は勝手に育っていく。
人に言われることよりも、自分で選んだ方がいい。
峰子が言っていることと、澄香が言っていることに、一種の共通点があった。
そして、貞彦は理解した。
やはりこの人たちには、敵わないな。
「語りすぎてしまいました……なんだか自惚れているみたいで、格好が悪いです……」
峰子は、なんか勝手に落ち込んでいた。
「まあまあ。言わなくて伝わることもあれば、言った方がいいこともあります。貞彦さんや素直さんにとって、きっと何かしら影響があると思いますよ」
澄香が慰めたことで、峰子は再び顔を上げた。
「それでは、お願いしますね。白須美元副会長」
「はい。実根畑会長」
二人には二人の関係と物語がある。
きっといつか聞いてみようと、貞彦は思っていた。
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