第8話 マジウケる
カルナは花を作ったり、看板の色塗りをしたりと、三日間はまるで図画工作のような作業をしていた。
「カルナ」
貞彦が呼んでも、カルナは一心不乱に看板に色を塗っていた。
好きなように色を塗りたくっているので、極彩色の奇抜なものになっている。
「カルナ」
もう一度呼ぶと、カルナは顔を上げた。
「サダピー先輩呼んだー?」
「ああ、ちょっとな」
「なんか用?」
「用っていうか……この三日間はどうだったのかな、って気になってさ」
カルナを三日間預かるという約束の最終日だった。
澄香は依頼を達成するためには必要な工程だと考えているようだが、実際に効果があがっているのか、貞彦にはわからなかった。
とりあえず本人の気持ちを聞くことにした。
「すっげえ楽しかったよ。かいちょーは優しいし、好きにさせといてくれるから、なんてーか居心地がいいていうか」
居心地が良い、という言葉に興味が湧いた。
あまり学校に来ていない様子だったり、学校では気が合う人があまりいないと言ったり、高校生活をあまり楽しめていない印象を受けた。
ここは居心地が良いということは、どこの居心地が悪いのだろう。風紀委員の活動の時だろうか?
貞彦は推測の真偽を確かめようと尋ねた。
「風紀委員にいる時は、なんていうか嫌な感じだったりするのか?」
質問を受けて、カルナは不思議そうな顔をしていた。
「なんでー? 別に嫌ってわけじゃないよ。ガンちゃん先輩はうっとうしいけど、悪い人ってわけじゃないし」
「え、そうなのか?」
カルナの答えに、貞彦はますますわからなくなった。
「あはは。サダピー先輩の顔、マジウケる―」
「顔のことはほっとけ!」
素直にも指摘されたことがあるため、貞彦は容姿についてはどうなのかわからなかった。
「サダピー先輩って、なんてーかギャップあるよね」
「そ、そうなのか?」
思わぬことを言われて、貞彦は動揺した。
「れいせーそうなのに、中身は意外とそうでもないってか。つまらなそうな顔をしてんのに、実はすっごくたのしそーってか」
「……はい、そうかもしれないです」
まだ関係の浅い後輩に見抜かれたことで、貞彦は恥ずかしくなった。
「初めはなんかめんどくさそーって思ったけど、なんか憎めないんだよねー」
「き、恐縮です」
おそらくは肯定的に見てくれていると感じ、貞彦はますます縮こまった。後輩相手に丁寧な言葉を使うほどに。
「前にスミちゃん先輩が、学校は楽しいかって聞いてきたっしょ?」
カルナは作業の手を止めて、貞彦に向き直った。
「そうだったな」
「あん時はわかんないって答えたけどさーぶっちゃけあんま楽しくなかったんだよね」
カルナの声のトーンが若干下がり、真剣味が増した。
「それは、どうしてなんだ?」
「あたしって見た目こんな感じだし、周りから浮いてるのもわかってんだ。別にハブられてるとかじゃないけど、なんとなく感じる。受け入れられてないんだろうなって。マジウケる―」
今のマジウケるは誰に対してのものだったのか。
カルナの横顔が、寂し気に見えた。
「別にカルナが悪いわけじゃないと思うけど、どうにかならなかったのか?」
「ちょっと意地になってるとこはあるかもしんないけど、だからといって自分を変えるってのは性に合わねー。明るい髪色も、派手なメイクだって、あたしが好きでやってるんだから、誰かに合わせてたまるかっつーの」
カルナはまるで怒鳴るように言い放った。
自業自得、というものとは少し違うように感じた。
自分であることを、カルナは貫いているだけのように思う。
けれど、その結果が、周囲に受け入れられていないということだ。
異物を排除しがちな集団の性質が、カルナの楽しくなさに繋がっているようだった。
「さっきは楽しくなかったって言ってたけど、今はどうなんだ?」
貞彦は、ふと気づいた。
カルナはさっき、楽しくなかったと過去形で言っていたことを。
「今はね……ちょっとだけ、楽しいよ」
カルナは恥ずかしそうに言った。
「峰子先輩に教えてもらったからか?」
貞彦は、疑問を解消できそうな質問をした。
すんなりと答えが返ってくるかと思ったが、カルナは考え込んでいた。
「それもあるけど、風紀委員の活動ってのも、案外嫌いじゃなかったりするんだよねー」
「風紀を乱してそうな側なのにか?」
貞彦は、つい思っていたことを言ってしまった。
「サダピー先輩に言われたくねーし。マジウケる―」
酷いことを言われた割に、カルナは楽しそうに笑った。
「これでもさー、ガンちゃん先輩にもけっこう感謝してたりするんだよね」
意外な発言を、貞彦は不思議に思った。
甲賀がウザいということを相談しにきたのは、カルナの方だった。
それなのに感謝をしているとは、辻褄が合わないように感じる。
「それは、どうして?」
「あたしの親って大分真面目ちゃんなわけよ。けどあたしはこんなんだから、きっと理解できなかったんだろうね。どうすればいいかわかんないから、放置されてるっつうか無関心っつうか、そんな感じ」
貞彦は、少ない情報からカルナの人生を想像した。
真面目で真っ当であろう両親。派手な見た目で言動も軽そうな娘。
おそらく、両親の抱いた理想の子供像というものからは、外れてしまっていたのだろう。
カルナが学校で受け入れられていない感じがするというのは、家庭での状況も関係しているのかもしれない。
「なーんも言わないの、うちの親。ダメだとも、好きなようにやれとも、なんにも」
「……それは、なんか嫌だな」
「サダピー先輩にあたしの気持ちがわかんの?」
カルナは瞳を尖らせた。まるでにらみつけるかのようだった。
貞彦は、怯むことなく正面から受け止めた。
「わからん。わからんけど、俺なりに想像した結果、それは嫌なことだって思った。だって、なんだか見捨てられているみたいじゃないか」
ああやれ、こうやれと、親は色々と言うものだと、貞彦は理解している。
うっとうしいこともあるし、言われなくてもわかっているなんて反論したことは、一度や二度ではなかった。
けれど、その裏には、良くなって欲しいという愛情らしきものも背景にある。そのことがわからないわけではなかった。
口うるささが愛情の賜物だと、なんとなく誰もが理解している。
だからこそ、何も言われない。何もされないことにどう感じるかなんて、おぼろげながら想像がついた。
「……ウケる―」
カルナの表情が和らいだ。
「で、そんな時だったんだ。ガンちゃん先輩が声をかけてきたのは」
カルナは、何事もなかったように続けた。
「授業中に校舎の裏で、おもしろくねーってスマホ弄ってた。なんとなくつまんないし、このままサボってどっか行こうかなって思ってた。で、そん時、たまたまガンちゃん先輩が通りかかったんだ」
「授業中の校舎裏で、甲賀先輩は何やってたんだよ」
「授業が早く終わったから、見回りをしてるって言ってた」
それはそれできちんと教室にいろよと思ったが、言っても無駄だと思い胸に秘めた。
「で、見つかってむちゃくちゃ怒られた。『授業をサボるとは学生の本分ではない』とか『その髪色は校則違反だ』とかそんなようなことをすっげえ早口で言われた」
「それで、カルナはどうしたんだ?」
「砂かけて逃げた。怒られんのは久しぶりでびっくりしたし、めんどくさそうだったから」
カルナは得意げな顔をしていた。
「でもさ、それから毎日追っかけてくるようになった。どんだけ逃げても、どんだけまいても、諦めずに毎日同じことを言いに来るんだよねー」
まるで旅行の思い出を話すかのように、カルナは言った。
嫌な思い出というよりは、楽しい思い出でも語るように。
「で、気が付いたら風紀委員に入れられてた。多分だけど、ガンちゃん先輩がなんか言ったんだろうね」
「カルナにも色々あったんだな」
「まーね。これが風紀委員小鹿カルナの誕生秘話ってワケ。マジウケるっしょ!」
風紀委員活動が嫌ではないと言ったカルナ。
意味がわからなかったが、今ならなんとなくわかる気がする。
貞彦は、カルナに乗っかった。
「マジウケる―」
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