第7話 教えることと学ぶこと
結局のところ、後輩たちを三日間だけ生徒会で預かることになった。
自分たちの指導に自信を持っているらしい甲賀と紅島は、意外とすんなり受け入れたのだった。
後輩たち本人には、知らないうちに澄香が話をつけていたので、貞彦には詳細はわからなかった。
まずは、カルナの面倒を見ることから始まった。
「うーっす。よろよろでーす」
「よろしくお願いします。カルナちゃん、でよろしかったですか?」
「そうっすよー。でも生徒会長さんと知り合えるなんてウケるー。これであたしも権力者の仲間入り?」
「あの、生徒会長といっても、別に権力があるわけではないのですよ?」
「そなのー? ウケる―」
「どっちにしろウケるんですね!」
峰子とカルナのやり取りを見ていて、貞彦はなんとなく不安になった。
貞彦は、先輩と後輩のそれぞれの目標を思い出した。
先輩たちの目標が『後輩たちにやる気をだしてもらう』であり、後輩たちの目標が『自分自身が成長する』というものだった。
峰子に自分なりの考えと優しさを感じることはできた。
しかし、澄香にいじられている姿を思い出すと、付き合いの良いツッコミタイプなんだろうと思う。となると、何かに巻き込まれやすいタイプだ。
果たして手綱を握ることができるのだろうか。
「本日の予定は、まだまだ先ですが、体育祭の準備を行います」
「はーい。何をやればいいか正直あんまわかんないけど、がんばりまーす」
「全部を説明しても、わからないと思います。その時々で説明しますね」
峰子は説明すると、カルナは調子よく横ピースをしていた。
「それではよろしくお願いしますね。カルナちゃん。貞彦くん」
「そーいえば、なんでサダピー先輩も一緒にいんの?」
カルナは正直に疑問を口にした。
今回の件では、一応付き添いは許可してくれた。
ただし、恥ずかしいからという理由で、限定一名だけの許可だった。
澄香と素直は、迷うことなく貞彦を指名して、今に至る。
監視、というのはなんだか違う。実際の姿を見て評価をすることも必要だけれど、純粋に峰子のやり方に興味がある。
カルナは不思議そうに貞彦を見つめる。あまり変な答えを言ってしまうことで、関係を損ねてもいけないと思った。
貞彦は答えを考えた。
「次期生徒会長を狙っているからさ!」
考えた結果、変なことを言った。
「サダピー先輩が生徒会長? 全然想像がつかなーい。ウケなーい」
「いや、そこはウケとけよ」
峰子は苦笑いを隠せていなかった。
過去に開催された体育祭のスケジュール表を、みんなで確認を行う。
貞彦は今まで、参加者としての経験しかなかった。
ただ受動的に、与えられたものを消化するだけの立場だった。
だからこそ、驚いていた。
スケジュール管理、職員や生徒の配置、役割分担、事前準備、トラブルの想定と対応方法。
必要となる書類の数や決めなければいけない事柄の多さ。
たった一つのイベント毎の裏には、非常にたくさんの労力が注がれていることを知った。
峰子がカルナに与えた仕事は、体育祭の看板づくりだった。
峰子はまず、看板を彩る花の作り方を実演して見せた。
「そうです。次は細かく切り込みを入れてみてください」
「はーい」
お花紙をカルナに手渡し、工程を一つずつ丁寧に説明していた。
「とても綺麗にできてますね。それでは、同じように何個か作ってみてください」
「使う色とかどうすればいいっすか?」
「特に指定はないので、好きなように作っていいですよ」
その後、三個ほど本人に作らせ、出来栄えを確認していた。
「うん。可愛らしくて良いですね」
「きちんとできてるっすか?」
「うん。いいと思います」
峰子はそう言いながらも、自身で作った紙の花を手に取った。
カルナは峰子の手元を見比べて、不思議そうな表情をしていた。
「うーん。でもなんていうか、かいちょーの作ったものとなんか違う気がする」
貞彦も見比べてみた。
峰子の作ったものに比べて、カルナが作ったものは歪な形をしていた。
単体であればあまり気にならなかったが、見比べてみると明白だった。
「どうしてだと思いますか?」
「うーん。わかんないっす」
「それでは、もう一度私が作ってみますね」
峰子はもう一度、二人の前で実演して見せた。
カルナは真剣な表情で峰子の手つきを観察していた。
「できましたよ」
峰子の作った紙の花は、相変わらず綺麗な出来栄えだった。
花びらの大きさが揃っており、全体のバランスにも調和がとれていた。
「どうですか?」
「まだよくわかんないけど、キレイでいいね。あたしもそんな風に作りたーい」
「続けていけば、きっとできます。がんばってみてくださいね」
峰子に促されて、カルナはせっせと紙の花を作り出した。
ただ見ているだけなのも暇なので、貞彦は過去の書類の確認作業を手伝うことにした。
主にスケジュール表を中心に確認した。
その年によって行われる競技に若干の違いはあるが、開催される競技の時間、所要時間などに大きく変更点はなさそうだった。
「見ているだけというのも大変でしょうから、貞彦くんも何かやってみますか?」
峰子に気遣われたように感じたので、貞彦は甘んじて受けることにした。
「それでは、せっかく見て頂いているようですし、今年の体育祭のスケジュール表を作ってみますか?」
「俺は部外者ですけど、いいんですか?」
「本来は私たちの仕事なので、あまり良いわけではないです。けれど、貞彦くんなら大丈夫でしょう。最終的には、きちんと確認しますので」
峰子にお墨付きをもらえたので、とりあえずは自分なりにやってみることにした。
過去の書類を見ながら、今年のスケジュールを打ち込んだ。
個人競技を主に前半に組み込み、盛り上がるであろう団体競技を適宜混ぜ込む。
おそらく花形と感じる、団体リレーなどは最後の方に配置させる。
過去のテンプレ書類に、日付などを変更し、一応完成させることはできた。
「一度、確認してもらえませんか?」
「はい。確認いたします」
峰子は丁寧に指でなぞりながら、書類を確認していた。
一体どんな指摘を受けるのだろうかと、貞彦はドキドキしていた。
「大丈夫です。ただ、直前での変更点などがあれば、書類に反映させるので、このままの形で完成というわけではないですが」
ホッとした、というよりは拍子抜けだった。
「あの、本当に大丈夫なんですか?」
峰子は小首をかしげる。
「大丈夫ですよ。何か心配ごとがあるんですか?」
「いや、だって俺は素人ですし、こういうことをやったことがなかったから、厳しいことでも言われるのかなと思って」
峰子の顔つきが柔らかいものとなった。貞彦の心配の理由に納得がいったらしい。
「貞彦くんがわからないなりにも一生懸命がんばったんですから、特に言うことはないですよ。やったことがないことに挑み、やり遂げた。それだけで素晴らしいじゃないですか」
峰子に褒められて、嬉しい気持ちになった。
最小限しか口を出さず、できればきちんと評価をしてくれる態度には、澄香と似ているように感じた。
「貞彦くんは、子供の頃に『宿題をやりなさい』って怒られたことってありますか?」
「あった気がしますね」
「その時、なんて言い返しましたか?」
貞彦は、幼い頃の思い出を掘り起こした。
「たしか、今やろうと思ってたのに、とか誰でもいいそうなことを言ったと思います」
峰子はうんうんと頷いた。
「自分でやろうとしていたのに、それを人に言われると、なんだか反発したくなってしまうと思います」
「そうですね」
「やりなさいって言ってやらせるより、自分自身の意思でやって欲しい。その方がきっと、なんだって前向きに出来ます」
峰子がカルナの方を見つめたので、貞彦もそれに倣った。
「教えることも大切ですが、そんなことをしなくても、人は勝手に学んでいきます。余計なことは言わずに、あとは任せておく方が、きっといいと思います」
カルナは、少し目を離していた間に山になるほどの花を作っていた。
楽しくなってきたようで、自分がどれほどの量を作っているのか気づいていないようだった。
「いくらなんでも、多くないか?」
峰子の眼鏡はちょっとズレていた。
「あ、あはは。まあでも、いっぱいあったとしても、使い道はありますよ。それに」
峰子は、カルナが作った花束の上から、一つだけ摘み上げた。
まだまだ歪な形をしている。左右の花弁だけが妙に大きい。
けれども、なんとなく味のある形だった。
「やり方を統一して同じものができるより、不格好で個性的な形をしている方が、私は好きなんですよ」
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