第6話 スミスミとミネミネ
澄香に連れられてやってきた場所は、初めて訪れる場所だった。
「ここって」
「貞彦さんと素直さんは、来るのは初めてですよね」
「そうだね。だって縁がないし」
他の教室とさほど変わりない作りではあるが、なんとなくオーラめいたものを感じた。
生徒会室。
生徒会とは学校生活における課題、問題点などを改善、解決を目的に設置されている自治的組織だ。
生徒たちの学校生活が楽しいものとなるかどうかについて、生徒会の手腕にもかかっている。
実質的な効果のみならず、純粋に生徒会に属していることにメリットもあるだろう。
生徒会役員になっているだけで、尊敬や信頼を一手に集めることができるように思う。
勝手なイメージではあるが、生徒会役員になりたいなんて奴は、変人のように思う。
自分の時間と青春をささげてまで、学校という組織に従事する姿は、貞彦にとっては奇異な人物のように見えた。
生徒会役員とは、一体どんな人物だっただろうか。
「あれ?」
貞彦はまず、生徒会役員トップの生徒会長を思い出そうとしていた。
思い出せなかった。
「貞彦先輩どうしたの?」
「いや、生徒会長のことが全然思い出せなくて。素直は知ってるか?」
「もちろん。部活動紹介や生徒総会であいさつをしてたもん。えっと……」
素直は両手の人差し指で、頭をぐりぐりしていた。
「あれ?」
「素直も思い出せないじゃないか」
「ふふふ」
割と失礼なことを言っている二人だったが、澄香の表情は優しげだった。
「それほどまでに印象が薄いということは、ある意味では彼女の願い通りなんでしょうね」
「どういう意味なんだ?」
貞彦の問いには笑顔で答え、澄香は生徒会室の扉を開け放った。
「たのみまーす」
澄香は多分『たのもー』という言葉を丁寧に言ったのだろう。
なんだか、普段相談支援部室にいる時より、はしゃいでいるように貞彦は感じた。
「な、な、なに?」
部屋の最奥には、一人の女性が座っていた。
突然の来訪におどおどしている。ノンフレームメガネの下、瞳は困惑に揺れている。
「お久しぶりです。
澄香は女性の名前を呼ぶ。
貞彦は、ようやく生徒会長のことを思い出した。
派手なことはしないが、実直かつ堅実な生徒会運営を心掛けていると聞いていた。
実根畑は、ホッとした様子で澄香の下へ駆けてきた。
「白須美さん! お久しぶりですね。それにしても、あなたはいつも突然ですね。お元気ですか?」
「はい。私は元気です。あなたは元気ですか?」
「まあまあです。でも、なんで英語を翻訳したみたいな話し方なの?」
「今日もメガネですね」
「確かにそうですけど」
「どうしてメガネをかけているんですか? キャラ付けですか?」
「目が悪いからですよ!」
貞彦はあっけにとられていた。
あの澄香先輩が、人をいじって遊んでいる……。
優しくて穏やかな先輩というイメージが、ガラガラと崩れていった。
しかし、と貞彦は思う。
以前、澄香が言っていたペルソナという概念を思い出した。
他人と接する時、色々な自分を使い分ける。態度も、言葉遣いも、話す内容も。
この出来事で、澄香にとってのペルソナの一つを見ることができた。これは新しい発見かもしれないと、貞彦は思った。
「ちなみに、何かご用ですか?」
「聞きたいのは私です! そちらから来られたんじゃないですか」
「それでは本題なのですが、白い鳥と赤い鳥がけんかをしていて、それを見た黒い鳥が緑の鳥に相談したところ『紫の鳥!』って叫びだしました。幸せの青い鳥は、どこにいるのでしょうか?」
「情報量が多すぎるし、知るかー!」
よくわからないが、澄香は絶好調だった。
「へー。三年生の教室では澄香先輩はあんな感じなんだね」
「いや、さすがに違うと思う……どうなんだろう?」
貞彦は、澄香のことがますますわからなくなってきた。
「白須美さんと話していると、なんだか疲れてきますよ」
「私はこんなに楽しいのに」
「そりゃあそうでしょうね。ところで、そのお二人はどちら様ですか?」
実根畑は貞彦と素直を一瞥した。
表情にはまだこわばりが見える。警戒心がありそうだった。
「このお二人は、貞彦さんと素直さんです。相談支援部の後輩なんですよ」
澄香の後輩だと聞いて、実根畑の表情は柔らかくなった。
「そうだったんですね。あの奇妙な部活動に後輩がいるなんて」
「ちなみに私は、白須美澄香です。スミスミって呼んでくださいね」
「あなた今までそんなこと言ってなかったじゃないですか」
「わたしは一年D組矢砂素直です。スナスナって呼んでね」
澄香のフリに、素直はここぞとばかりに乗っかった。
澄香と素直の視線が貞彦に刺さる。
流れを壊すなという、嫌なプレッシャーを感じる。
貞彦は自分の心を殺すことに決めた。
「俺は二年F組の久田貞彦です……サダサダって……呼んでください」
澄香と素直は満面の笑みだったから、きっと対応は間違っていなかった。
けれど、自分のことをサダサダとか言ってしまうのは、とても恥ずかしかった。
なんだかダサダサみたいじゃないかと、寒いことを貞彦は考えた。
「え、え?」
実根畑は混乱していた。
奇妙なことに、全員の名前が変な法則に乗っかていた。
私もやらなきゃいけないの? と表情が物語っていた。
実根畑はわかりやすく顔を紅潮させて、悔しそうに口を開いた。
「わ、私は三年C組実根畑峰子……ミネミネって、呼んで、ください」
スミスミは、現在の状況についてミネミネに伝えた。
個人情報に配慮した形のため、全てを伝えたわけではなく、かみ合っていない部分の考察についてのみだった。
「風紀委員のお二人については、ちょっと極端なところがありますもんね。悪い方々ではないですし、学校の風紀を正すために尽力してくれていることはわかるのですが……」
ミネミネは眉間にしわを寄せていた。
「ええ。元の状態に戻し、長い目で見て後輩さんたちの成長を促してもらうことも、決して悪い手ではないのです」
スミスミは真剣な表情をしていた。
ようやくおふざけモードは終わったのだと、サダサダは理解した。
「でもねー。カルナちゃんと奥霧くんは今困っているわけだから何かできることはしたいって思うよね」
スナスナは率直に言った。スナスナらしい真っすぐな意見だった。
「事情はある程度把握しました。それで、気になっていたことなんですが、あなた方はどうしてここに来られたのですか?」
その点に関しては、サダサダも気になっていた。
カルナと奥霧が所属しているのは、あくまで風紀委員である。
学校全体に関わる問題ではなく、風紀委員内部の話でしかない。生徒会に駆け込んで解決を図るレベルの話だとは、どうしても思えなかった。
「それはですね、カルナさんや奥霧さんには、ぜひともミネミネさんと関わっていただきたいのです」
「指導して欲しいというわけではなく、関わってもらいたいということですか。それはなぜでしょうか?」
「指導者という立場は、甲賀さんと紅島さんです。あのお二方の顔を立てる意味もあります。甲賀さんと紅島さんのやり方が間違っているわけではないのですから、見識を深めるという意味で、カルナさんと奥霧さんを短期間預かって欲しいと思います」
スミスミは臆する様子もなく言い放った。
ミネミネはあごに手を当てて、考え込んでいた。
「私は特に、誰かを育て上げるということに長けているわけでも、その術を知っているわけでもありません。どうして私なんですか?」
スミスミはニッと笑った。
普段の穏やかさを感じる笑みとは違っていた。なんだか、ミネミネだけに向けるような特別な意味が含まれているように思えた。
「私が信用し、なおかつ信頼している相手がミネミネさんだから。そういった個人的な理由ではいけませんか?」
ミネミネは嘆息した。
「そう言われてしまうと弱いですね。とはいえ、名ばかりですが私も生徒会長という立場にあります。決して暇というわけではないことはわかっていただけますか?」
「もちろんです。なので、はっきりとした期間を決めましょう。もちろんミネミネさんの都合が優先ですから、期間についてはミネミネさんに合わせます」
ミネミネは再び考え出した。
どの程度の期間であれば、負担が重くなりすぎずに、なおかつ効果的なことが行えるのか、思案しているようだった。
「二人同時というのは難しいので、片方ずつであれば可能です。期間は……三日間ずつということで良ければ、お受けしましょう」
澄香は笑顔で手を合わせた。
「ありがとうございます」
「私は了承しましたが、一番大事なことは当人たちの希望です。もし誰か一人でもこの話を拒むようでしたら、お受けすることはできませんよ」
「もちろん、皆様には私の方から説明を行って、全員の了承が得られれば実行にいたしましょう」
一応のカタはついたところで、サダサダは疲労を感じた。
真面目な話というものは、肩ひじが張るのだった。
「話もまとまったので、少し休憩にしましょうか。大したものではありませんが、お茶菓子でも振る舞わせてください」
「そんな。悪いですよミネミネ先輩」
サダサダが遠慮をすると、ミネミネはふんわりとした笑顔を見せた。
「いえいえ、今日は私一人だけでしたし、ちょうど一息つこうと思っていたところだったんです」
ミネミネは四人分のお茶菓子と飲み物を用意した。
「それに、生徒さんたちを大事にすることも、生徒会長の役目ですから」
スミスミがミネミネを認めている理由。
サダサダもなんとなくわかってきた。
「ミネミネ先輩ありがとー」
「ミネミネ先輩、ありがとうございます」
「ありがとうミネミネさん」
「いいえ、どういたしまして……」
きちんと笑顔は保っていたが、ミネミネの口元はぴくぴく動いていた。
ミネミネラッシュには思うところがあるのだろう。
みんなでクッキーを食べながら、しばし談笑した。
「す、スミスミさん」
呼び慣れていないせいか、ミネミネは言い辛そうだった。
「はい、なんでしょうか?」
「ずっと聞きたかったんですが、あなたはどうしてそのような部活動に励んでいるんですか?」
他人の相談にのって、できる支援を行う。
自分の生活にいっぱいいっぱいになる人も多い中、他人に時間や労力を費やすことなど、狂気の沙汰のようにすら思える。
ミネミネが疑問に思うのも、当然だった。
ミネミネの質問を受けて、スミスミはいつも通り微笑む。
「それはもちろん――楽しいからですよ」
スミスミの答えは、やはりいつも通りだった。
「楽しいということであれば、それはとても良いことですね。でも、どうしてそんなに他人のために」
ミネミネが言い切る前に、スミスミは珍しいことに口を挟んだ。
「他人のため、というのは適切ではありませんね。私の行動原理は自分自身のためです。誰かのことを考えたり、思ったりはしますが、目的はあくまで自分自身のためなんです」
穏やかさの中に、決意と力強さが秘められていた。
言葉を受けたミネミネは、笑顔で目を閉じていた。
思い出の残滓をなでるかのように、愛おし気に。
「変わらないですね。スミスミさんは」
「人はなかなか変わらない。だからこそ面白いのだと思います。それに、ミネミネさんだって、変わっていないように思いますよ」
ミネミネは微笑む。
「そうかもしれないです。生徒会長だって、誰かのためにやっているわけじゃない。私も自分のためにやっているだけ。そのことを改めて思い出しました」
「ふふふ」
二人だけの思い出があり、今の関係がある。
ふざけあったり、真面目なことを語り合ったりと、深い絆があるんだとサダサダは知った。
和やかな雰囲気に、サダサダは心地よさを感じていた。
というだけではなかった。
「サダサダ先輩。なんだかソワソワしてない?」
スナスナはサダサダの違和感に気づいているようだった。
チャンスだと思い、サダサダはずっと言いたかったことを言うことにした。
「あの、こんな雰囲気の中でいうのも大変恐縮なんだけど……」
「いいですよサダサダさん。言いたいことを我慢されると、スミスミも悲しくなりますから」
「私も会ったばかりですけど、遠慮しすぎる関係ではありたくないと思います。どうぞさ、サダサダくんの思うことを言ってください」
二人の先輩に促され、サダサダは口を開いた。
「そろそろいつも通り呼んでもいいですか!? もう俺この恥ずかしい感じに耐えられない!」
貞彦は本心をぶちまけたことで、澄香と素直はくすくすと笑いだした。
峰子は激しく同意するように頷いた。
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