第3話 後輩たちも困ってる

「それで、お二人はどうしてこちらにいらしたのですか?」


 相談支援部員も自己紹介を済ませ、本題に入ることにした。


 五人でテーブルを囲み、相談を受けるスタイルとなった。


 昨日と同じような構図には、デジャヴを感じる。


「あたしたち風紀委員に入れさせられたんだけど、ちょっと困ってるんだよね」


 まずは小鹿が話し始めた。


 奥霧はぼんやりとした表情で椅子に座っており、感情をあまり感じなかった。


「入れさせられた、ということは自身の意思ではないのですよね。どういった事情なんですか?」


 その点は貞彦も気になっていた。


「なんかわかんないんだけど、学生としての心構えが足りないとかせんせーに言われて、気が付いたら風紀委員に入れられてたんだ」


「なるほど。奥霧さんはどういった事情なんですか?」


 澄香が聞くと、奥霧は興味なさげに視線を右上に向けた。


「俺も、カルナとほぼ一緒」


「そうだったのですね。奥霧さんも風紀委員に所属させられて、困っていると」


 奥霧は頷いた。


 どうやら二人とも、授業態度だったり出席日数だったり、何かしらの理由で教師から目を着けられているようだった。


 風紀を乱す側だという貞彦の感想は、真実とはそう遠くなさそうだった。


 けれど、そんなことを言うと、また「心が狭い」と言われそうな気がして、固く口を結んだ。


「それでは、お二人から順番に話を聞かせてください。まずは小鹿さんの方から」


 澄香が促すと、小鹿は何か言いたげに手を上げた。


「はいはーい。あたしのことは小鹿じゃなくて、気軽にカルナちゃんって呼んでくんない?」


 名前で呼ばせることで、他人と距離を詰めようとするのが彼女のやり方なのかもしれないと、貞彦は思った。


「わかりました。カルナさんとお呼びしますね」


 澄香は動揺した様子もなく言った。


 名前で呼びはするものの、一定の距離を保っているように感じた。


「それで、カルナさんは何に困っているのですか?」


 澄香が聞くと、カルナの表情に怒りが混じった。


「風紀委員長のガンちゃん先輩っているじゃん? あの人にはマジ困るっての。『校内の風紀を正すポスターを作れ』とか言って命令するくせに、なんも教えてくんないわけ」


「ふむふむ。なるほど」


「それでどうすればいいか教えてーって聞くと『そんなこともわからんのか』って偉そうな態度。マジムカつく」


「それで、教えてはくれるんですか?」


「『風紀を正すには、健全な精神が必要だ』って言われても意味わかんねーし。しかもあたしの髪も黒に染めろって。余計なお世話だし」


 立ち上がって踊りのように腕を振り乱し、カルナは怒っていた。


 話を聞く限り、本当に風紀委員に所属していることがわかった。


 それにしても、甲賀先輩もなんて不器用な人なんだろうと、貞彦は同情すら覚えた。


 この話だけを聞いていると、カルナの言い分の方が最もなように思えてきた。


「なるほど、大体わかりました。それは大変な思いをされてきたのですね」


「スミちゃん先輩ってば話がわかるー」


「いえいえ。それでは、奥霧さんにも困っていることを聞かせていただきたいです」


 奥霧は、両腕をだらんと伸ばし、やる気がなさそうに答えた。


「まりあ先輩が、ウザい」


「と、言いますと?」


「丁寧に仕事を教えてくれるのは別にいい」


 奥霧は一度言葉を切った。


 少し考えるように視線をそらして、また続きを話す。


「ただ五分ごとに確認に来たり、『この書類は今までの一年生たちがみんながんばってきたものでね』みたいな、聞いてもいない説明が延々と続くのは、勘弁して欲しい」


「丁寧すぎる、ということでしょうか?」


「そう。出来たらすげえ褒められるけど、それも嫌だ」


「なぜでしょう? 褒められて、認めてくれるということは、とても良い体験だと、私は思いますが?」


 澄香の言葉を受けて、奥霧の瞳が更に吊り上がった。


「だからこそ嫌だ。書類一枚出来ただけで『よくがんばったね、すごいよ』って抱きしめられるんだが、なんだかバカにされてる感じがする」


 褒められることは嬉しいはずである。


 けれど、奥霧はそれをバカにされているという。


 その言葉の意味について、貞彦は考えていた。


「つまり、奥霧のやった仕事は簡単なもので、そんなに褒められるほどのものでもないから、バカにされたって感じている。それであってるか?」


「ま、そういうこと」


 奥霧は再びそっぽを向く。


 態度はぞんざいだが、どうやら彼なりの言い分も、プライドもあるらしい。


 確かに高校のテストで小学生がやる内容のものをさせられたら、バカにされているように思うだろう。


 そう考えると、奥霧の言うことも理解できるような気がした。


 澄香はペンを回しながら、二人のことを見ていた。


 どのような質問をしようかと、考えている様子だった。


「事情はなんとなく理解しました。ちなみになのですが、当部活動では契約を交わした皆様に対して、達成目標を設定します。契約するかは別として、カルナさんと奥霧さんは、今後どうしていきたいのですか?」


 相談だけであれば、なんらかのアドバイスや意見を伝えることで終わりかもしれない。


 しかしそれだけではなく、支援を行っていくことが目的の部活動である。


 ただ単に困っていることに手を貸すのではなく、達成する場所。すなわち目標が必要となる。


 カルナと奥霧は悩みだした。


 もしかしたら愚痴を言いにきただけかもしれない。そう考えると、いきなり目標と言われても思いつかないのかもしれない。


「お互いが個別の目標を設定してもいいですし、お二人で相談して共通の目標を設定してもよろしいですよ」


 澄香が助け舟を出すと、カルナと奥霧はひそひそと相談を始めた。


 勝手なイメージだが、水と油のように正反対に感じる二人だが、お互いを嫌っている様子はない。


 二人一緒に相談に来るくらいに、関係性は結べているのかもしれないと、貞彦は推測した。


 ひそひそ話が終わり、二人は澄香に向き直った。


「先輩たちには、もう少しきちんとして欲しい」


 二人揃って言った。


 澄香はわからないことがあるらしく、親指を絡め始めていた。


「設定目標をもっと具体的にするために、いくつか質問をしてもよろしいでしょうか?」


「いいよー」


 カルナが答えて、奥霧は頷く。


「まず、お二人は先輩方に関して不満があると思いますが、今まで同様の経験はありますか?


「別にないよー」


「ないな」


 最初の質問は、二人とも否定だった。


「まるで関係のない質問のように思いますが、よろしければお答えください。学校生活は楽しいですか?」


 カルナと奥霧は、悩みだした。


「うーん。正直わかんない。あんま気が合う子はいないかなー。あたしってこんなだし」


「別に。俺は特に楽しみたいなんて思わん」


 微妙なところだが、否定寄りの答えだった。


「お答えいただき、ありがとうございます。最後の質問です。無理やり入らされたにも関わらず、お二人とも働いていらっしゃるのはとてもすごいことだと思います」


 澄香は親指の動きを速める。


 射抜くごとき、鋭さを発する瞳。


「しかし、辞めようとは思わないのですか?」


 澄香に問われて、二人は目を逸らしていた。


 なんとなく気まずそうな仕草が、貞彦には気になっていた。


「あたしは別に、辞めようと思えばいつでも辞めれるしー」


「今はただの、きまぐれだ」


 返ってきた返答に、貞彦はどう判断していいものか迷った。


 澄香の方を見ると、親指の動きは止まっていた。


「わかりました。お答えいただき、ありがとうございます」


 澄香は丁寧にお辞儀をした。


 何故かはわからないが笑顔の度合いが増していた。


「これはあくまで提案なのですが、先輩たちを変えるのではなく、自分自身が成長する、というのはどうでしょう?」





「なあ澄香先輩。今回の目標を『成長する』って設定したのは、甲賀先輩と紅島先輩の目標と合わせるためだったのか?」


 貞彦は、以前澄香から自分で考えてみるように言われたことを思い出していた。


 答えを直接聞くのではなく、自分なりの答えを考えてから発言した。


 貞彦の意図を察しているのか、澄香は嬉しそうだった。


「そういった意図はないとは言いません。けれど、あの二人にとっての目標自体は、甲賀さんも紅島さんも関係ありません」


「つまり、先輩たちのためではないと」


「ええ」


 カルナと奥霧は、釈然としない様子ではあったが、契約を交わして帰っていった。


 これで現在交わしている契約は四つになる。


 普段なら複数にまたがる契約は行わない。一つ一つの依頼に対して、ないがしろにならないようにとの配慮であった。


 けれど、今回の場合は、全ての事情に関わってくるため、例外的に全て引き受けることにしたのだった。


「あくまでカルナと奥霧のことを考えて、ということはわかった。あとは今回の質問の意図は……いや、なんでもない」


 貞彦は言いかけた言葉を引っ込めた。全てを聞きすぎることはよくないと思ったからだ。


 貞彦は、もう一度自分で考えてみることにした。


「貞彦さんを見ていると、私は退屈しませんね」


「澄香先輩の暇つぶしにでもなれるのなら、光栄だな」


「暇つぶしなんてものではないですよ。日々成長している姿が見られますから。親になることって、こういう気持ちなのかもしれないですね」


 澄香は感慨深げに言った。


 澄香を母親のようだと、素直は言っていた。


 素直の言うことはわかるのだが、澄香を母親と重ねることはできなかった。


「それはさすがに、ごめんだな」


 母親は貞彦にとっては一人だけであり、澄香先輩も一人だけだった。


 そして、澄香にとってたった一人の。


「もちろん冗談です。とてもいい気分になりましたので、大切なことの一つを貞彦さんにお伝えしましょう」


「大切なことの一つ?」


「ええ。会話をする、ということはとても大切なことです。相手の言う言葉には意味があり、思考の結果があり、思いがあります。けれど、それだけではないのです」


 会話をすることは大切。


 貞彦は嫌というほど思い知っていた。


 けれど、それだけではないと澄香は言う。


 他にある大切なこととは、なんなのだろうか。


「相手の言ったことに、人は注目するはずです。しかし、本当に大切なことは、言わなかったことなのです」


「言ったことじゃなくて、言わなかったことが大切?」


「質問をした時に、返ってきた言葉には、言ったことと言わなかったことがあります。言いたいことを選択したのではなく、言いたくないことを隠した可能性もあるわけです」


 会話をする際に使われる言葉には、無限のパターンがある。


 その中から導き出された答えの裏には、言わなかった無数の言葉がある。


 なぜその言葉を言わなかったのか。


 そこに真意があると、貞彦は理解した。


 澄香は微笑んだ。


「何を言って何を言わなかったのか、貞彦さんなりに考えてみてくださいね」

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