第2話 今更ことの顛末を

 翌日になった。


 今日も三人は相談支援部に集まり、作戦会議を始めることにした。


 議題は、情報収集の方法についてだった。


「まずはおさらいです。今回掲げた目標は、『後輩たちにやる気を出してもらう』でしたね」


「この目標になるまでは大変だったよねー」


 甲賀と紅島とのやり取りを、貞彦は思い出していた。


 少しうんざりした。


「最初は、どっちのやり方が正しいか証明して欲しい、だったよな」


「そうでしたね。でも素直さんが『うまくいっていないんだったら二人とも正しくないんじゃないかな』って言ってましたね」


「うん。だってそうでしょ。実際にうまくいっていないから相談に来たんだろうしさ」


 素直は悪気なく言った。


 先輩であろうが遠慮なく言い放つ素直は、大物なのかもしれないと貞彦は思った。


 とはいえ、その後が大変だったのだ。


 ショックを受けた紅島は子供のように泣きじゃくり、甲賀は痛いところを突かれたことで、顔を真っ赤にして自己正当化を始めた。


 澄香は何も言わずに事が終わるまで微笑み続け、素直は普通にトイレに行った。


 結局、二人をなだめるのは貞彦の役目だった。


 我を忘れた甲賀には肩を揺すぶられ、優しくされたことでほだされた紅島には抱き着かれた。ドキドキよりも恐怖が勝った。


 甲賀の視線がなんとなく怖いものとなった気がした。


 素直には写メを撮られた。


 澄香はいつも通り微笑んでいた。


 澄香と素直以外が疲弊しきったところで、澄香は絶妙なタイミングでコーヒーを淹れた。


 それでようやく、落ち着いて話ができるようになった。


「それにしても、一杯のコーヒーで落ち着くなんて、やっぱり何か入ってるだろ」


「いえ、コーヒーには入ってないですよ」


「入ってないの!?」


「ええ。カフェインレスコーヒーですから。秘密ですよ」


 澄香は人差し指を、自分の唇の前に持っていった。


「いや、内緒で手品のタネを教えてくれるみたいな感じで言われても……」


 話が逸れまくった。


 結局、澄香が「お二人の本当の目的は、後輩さんたちに立派になって欲しい、ということなのではないでしょうか」と要約したことで、目標が定まった。


 目標が決まったところで、どうやって情報収集を行うか、という方法について話し合うこととなったのだった。


「まずは後輩さんたちについて、知っていることがあれば教えてください」


 澄香に促されて、貞彦は心当たりのある人物を探してみた。


 けれど、記憶の中には小鹿と竜也という人物に心当たりはなかった。


「俺は何も知らないな」


「学年も違いますし、仕方がないと思います」


 澄香は特に気にした様子はなかった。


「素直さんは、何か知っていることはありますか?」


「うーん」


 素直は友達が多い。


 なぜなら、人に話しかけることや、関りを持つことに抵抗がないからだ。


 そんな素直が、同学年の人物でなかなか思い当たらないのは、珍しいことだと思った。


「二人の名前は小鹿こじかカルナと奥霧竜也おくぎりりゅうやって人じゃないかな。でも」


 素直はわかりやすく頭を抱えた。


「その二人のことはほとんど知らないんだよね」


「素直さんが知らないのは、なぜなのですか?」


「だってそもそも会ったことがないよ」


「学校にあまり来ていないってことなのか?」


「多分そうだと思う」


 学校に来ていないことに、一体どんな理由が考えられるだろうか。


 勉強が嫌いなのか、友達と馴染めないのか、はたまた別の理由があるのか。


 今の時点で推測しようにも、情報が足りなかった。


「やはり実際に会って話を聞かないと、何もわからないか」


「そうですね。それにしても、貞彦さんが人と会おうと提案するなんて」


 澄香は涙を流して感動している、フリをした。


「成長しましたねぇ」


「貞彦先輩えらいよー」


 素直まで空気に乗っかって、いい子いい子してきたので、貞彦はむくれた。


「俺のことはどうもでいい。で、問題はどうやって二人と会って話を聞くかってことだけど」


「また、前みたいに突撃しますか?」


 黒田に関する一件を思い出す。


 貞彦の心は重くなった。


 芝居がかった強引なやり口は、精神をすり減らす感覚に襲われる。


 できれば、ああいった手段はあまりとりたくはなかった。


「それはちょっとキツイ。大見にも変な誤解をされてしまったし」


「あー『定期的に飲み物を奢らないと体が悲鳴をあげる』ってやつ?」


「なんで知ってるんだよ!」


「オオミンが楽しそうに話してたよ」


「私も聞きました。貞彦さんらしくて、とても面白かったです」


 二人して思い出し笑いを始めたため、貞彦は居心地が悪かった。


 話が全然進まないことをさすがに危惧したのか、澄香が場を仕切りなおした。


「コンタクトをとるとするなら、今のところ考える方法は二つですね」


「学校にあまりこないってことは、学外で何か活動してる可能性もあるんじゃないか」


「一つ目はその通りです。何らかの活動をしているのであれば、その場に行こうと思います。しかし、今の段階では何もわかりませんので、保留にします」


 結局のところ、何を想定しようとも、わからないことはわからない。


 わかることから、できることから始めようということが、澄香のスタンスだった。


「二つ目ですが、実際に風紀委員の活動にお邪魔するということはどうでしょうか」


「そういえば新人たちがたるんでるって言ってたけど活動に来ないとは言ってなかったもんね」


 素直が言ったことに、澄香は頷く。


「そうですね。ただ問題があるとすれば、毎日風紀委員の活動があるわけじゃない、ということですね」


 校内の見回り、登校時の制服や持ち物チェック、定期的な校内告示などが主に行われている活動だと、貞彦は理解している。


 しかし、毎日あるわけでなく、風紀強化週間だったり、必要に応じての活動だったはずだ。


 知らないところで、密かに活動していることもあるのかもしれないが、実際に何をしているのか貞彦は知らなかった。


「それだと実際に会えるまでは時間がかかるかもしれないね」


「そうなんですよ。時間制限があるわけではないですが、早めに道筋をつけたいところですね。その方が面白いですし」


 その方が(私が)面白いという風に、貞彦には聞こえた。


 とはいえ、乗りかかってしまった船ではあるので、何も進まないという状況に留まっていることは本意ではなかった。


「素直の友達ネットワークを使って、少しでも情報を集められたりはしないのか?」


「同学年だからね。知っている人は知っていると思うしやってみようかな。それでさ」


 素直は貞彦の方へ身を寄せた。


「貞彦先輩は何をするの?」


 責められているというより、試されているように感じた。


 ニヤニヤと揺れる唇。期待と挑戦を含んだ瞳。


 素直だけにやることを任せるというのも、確かに不公平なのかもしれないと、貞彦は思った。


「お、俺も情報を集めてみるさ。貞彦の友達ネットワークで」


「貞彦さんはネットワークと言えるほどに、お友達がいらっしゃったんですね。さすがです」


 澄香は貞彦を褒めた。


 褒めてくれるより、いっそのことツッコんで欲しかったと貞彦は思う。


 今更、そんなにいねぇよと言うのは、バツが悪かった。


「とはいえ、お二人だけに頼りすぎるというのも、不公平ですね。私は甲賀さんと紅島さんから直接をお話をお聞きしようと思います」


「今日のところで決められるのは、そんなもんか」


「そうだね」


「それでは、本日は解散して、これから自由行動にいたしま」


 澄香が言い切る前に、突然相談支援部室の扉が開いた。


「おじゃましまー」


「っす」


 入ってきたのは、なんとも対称的な二人だった。


 髪を染めていてメイクバリバリのギャルといった風貌の女子。


 陰気でもやしみたいな貧弱さを感じさせるが、眼光だけは鋭い男子。


「あたしぃ小鹿カルナでーす。よろよろ~」


「奥霧竜也」


「まあ」


 澄香は珍しく驚いているようだった。


 貞彦も驚いていた。


 どうやって会おうかと考えていた相手が、まさか自分の方から来てくれるなんて。


 そんな都合の良い展開は、元から考えていなかったのだ。


 それにしても、と貞彦は思う。


 なんとなく軽そうで、適当な感じのする小鹿。


 非協力的で、周囲に溶け込むことを拒みそうな感じのする奥霧。


「風紀委員っていうより、風紀を乱す側の奴らっぽいじゃねえか」


 貞彦がそう言うと、素直は唇を尖らせた。


「イメージだけで判断するのはよくないよ。澄香先輩の言ってたことを全然理解してない。心せまーい」

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