第1話 私らしさ

「あのな、澄香先輩。楽しむことは良いことだと思うけど、大事な場面でふざけるのはどうかと思うんだ」


「はい」


 貞彦は澄香に説教をしていた。


 あまりにも普段のキャラと違った言動をされたことで、貞彦の中の何かが許せなかったのだ。


 ちなみに、甲賀と紅島は契約を交わしたら、相変わらず言い合いをしながら帰っていった。


「普段は優しくて真面目な雰囲気なのに、急にお茶目な態度を取られたら、周りはびっくりしちゃうだろ」


「はい」


 澄香は説教をされているというのに、なんだか嬉しそうだった。


 正座しているにも関わらず、苦痛な表情は一切ない。


 返事のトーンも弾んでいた。


「澄香先輩には澄香先輩のキャラがあるんだから」


 貞彦がそう言ったところで、澄香は反撃にでた。


「私のキャラクターというと、それは一体どういったものでしょうか?」


「へ? 色々なことを知っていて、楽しいことが大好きで、優しくてなんでも許してくれて……」


 貞彦は言葉に詰まった。


 改めて問われると、なんと答えていいのかよくわからなかった。


「なるほど、それが私というキャラクターなんですね」


 肯定されたらされたで、なんだか違うような気がした。


「身長は高めで、細身の体系で、高校三年生で、いつも柔らかな笑みを浮かべていて」


「いじわるな質問かもしれませんが、それではもし私が嫌な顔でむくれていたりしたら、それは私ではないのですか? 高校生でなくなった私は、私でなくなるのですか?」


「そんなことは、ないと思う」


 答えとしては、それしかなかった。


 澄香だって人間だから、何かに怒ったり拗ねたりすることもあるだろう。そんな姿を、貞彦は見たことがないけれど。


 今の時点では高校生という立場であっても、時間が流れれば高校を卒業し、また別の立場になっていく。


 それでも、彼女が白須美澄香以外の何者かに、変わるわけではないことはわかっていた。


「貞彦さんにお説教を頂いたことは、何一つ問題ないのです。とても新鮮で、楽しい体験でしたから。素直さんもとても喜んでいましたし」


 貞彦が説教をしている間、素直は腹を抱えて笑っていた。


 今は澄香に期待のまなざしを向けていた。


 しかし、貞彦は思った。


 お説教が楽しかったということは、何一つ心に響いてないじゃねぇか。


「考えたことは、私の発言でどうして貞彦さんがお説教を始めるくらいに動揺したのか、ということです」


 透明に近い瞳が貞彦を射抜く。


 心の奥底まで見抜かれるようで、貞彦は嫌な汗が出た。


「なんでって言われても、なんとなくそうしたくなって」


「なんとなくの中にある感情を言語化することで、より答えが見えてきますよ」


 なんで諭される立場になっているんだろうと、納得がいかないながらも貞彦は考えた。


 澄香というキャラクターに合わないことをされたから、説教をしてしまった。


 自分自身で探れる理由は、この程度だった。


「澄香先輩にあのキャラは違う。そう思ったことは確かだ」


「そうですね。思ったのは貞彦さんなんです」


 澄香は素直の方に手をかざした。


「貞彦さんの中の、素直さんとはどういった人物ですか?」


 澄香に指定されて、素直はわくわくした表情をしていた。


「わくわく」


 実際口にも出していた。


「良いことは良い、嫌なことは嫌って言う。自分に正直で真っすぐな奴だと思う」


「よかったですね素直さん。貞彦さんに褒められましたよ」


「わーい」


 素直は澄香に抱き着いた。


「でも、もしかしたら素直さんにだって、本当は嫌だと思うことでも行っていたり、好きでもないものに対して、付き合いで自分も好きであるかのように示すこともあると思うのです」


「えー。多分ないと思うよ」


「あると思うのです」


 澄香は自分の言ったことを貫き通した。


「相手にこうであって欲しい、相手はきっとこう言うだろう、という風に思っているのは、自分自身です。貞彦さんが期待している私でなかったから、きっとびっくりしてしまったのですね」


 貞彦は押し黙った。


 澄香のことをわかったような気でいたことに、気が付いたからだった。


「落ち込んだような顔をされては、悲しくなってしまいます。キャラクターというものが定まっていたり、なんらかの型に当てはめてしまうことは楽ですから、悪いことではないですよ」


「楽だからって言われると、確かにそうかもしれない」


 お調子者である奴は、おもしろいけどアホだ。


 熱血漢な人は、テンションが高く涙もろい。


 なんらかの型やイメージに当てはめてしまえば、理解をすることは楽になる。


「例えばいじっぱりな性格の人が、物事を素直に認めて謝ったりしたら、びっくりしてしまうと思うのです」


「いじっぱりな奴が、あまりやらないであろう行動だからってことか?」


「そう言えると思います。逆に言えば、キャラクターに沿っていることに安心するのです。キャラクターというものとうまくかみ合わない部分に、個性が潜んでいると考えると、とてもおもしろいですよ」


 桃太郎が悪に目覚めたら、それはきっと納得がいかない。


 浦島太郎が亀をいじめたら、そいつは浦島太郎とは思えない。


 けれど現実では、不良が誰かを助けたりする。真面目な奴が犯罪を犯したりする。


 こいつならこうするだろうって考えが、物事を見えにくくしているのではないかと、貞彦は感じた。


「なので貞彦さんは、相談支援部の澄香先輩ではなく、白須美澄香として私を見てくれると、とても嬉しいですね」


 本当の私を見て。


 そう言われているようで、貞彦は胸が詰まりそうになった。


「そういえば澄香先輩は自分自身のことはあまり話さないね」


 素直は何気なく言った。


 何気ないからこそ、意識せずに核心を突いている鋭さを感じた。


 実際、貞彦自身もそのことは感じていた。


 本で読んだ知識や聞いた話など、ためになる話はよく伝えてくれる。


 悩み事や何気ない会話なども、嫌な顔一つせずに聞いてくれる。


 澄香自身の考えや、思いについても教えてくれる。


 けれども、澄香自身の情報は極端に少ないのだ。


 貞彦は、素直のストレートな質問にどう答えるか気になっていた。


「乙女座のAB型。好きなお菓子は柿の種のチョコ味。趣味は読書と散歩とうたた寝です」


 澄香は動揺する様子もなく、すらすらと答えた。


「そうだったんだ」


「好きな言葉の一つは『いわく、これを知る者は之を好む者にかず。之を好む者は之を楽しむ者に如かず』です」


 動揺や戸惑いは一切見せずに言い放ったことで、貞彦はあっけにとられた。


 自分が気になっていた事柄が、あっという間に覆された。


 犯人を見つけたと思ったら、すでに逃げられた後だったような。そんな気持ちだった。


「どういう意味なの?」


「人が人である道を志すのなら、極めていかなければならない。道を知っている者は知らない者よりは優れているけれども、好む者には及ばない。好む者も、楽しむ者には及ばない」


 澄香はウィンクをした。


「つまり、楽しむことが一番ということだと思っていますよ」


「澄香先輩の言う通りだね。楽しむぞイエーイ!」


 なんだかいい感じに話はまとまったが、貞彦は澄香の発言に違和感を感じていた。


 けれども今の時点ではまだ、違和感に気づけないでいた。

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