第4話 風紀委員の実情※良い子はマネしないでください
「一度、担当を交代してみてはどうでしょうか?」
甲賀と紅島に対し、澄香はそう提案した。
例によって色々ともめたのだが、なぜそうするのかといった理由、交代をすることのメリットなどを説明し、二人は渋々とではあるが承諾した。
しかし、実際に指導している場面を見ないことでは、効果があったかどうかの判断がうまくできない。
そんなわけで、効果があったのかを評価するために、実際の場面を見せてもらう。といったことの運びとなった。
それは別に構わないと、貞彦は思っていたのだが。
「貞彦先輩。ちょっと狭いからもう少し詰めてくれないかな?」
「これ以上は無理だって。もう肘が壁にめりこんでるんだからな」
貞彦と素直は、会議室の片隅で箱詰め状態になっていた。
他人に見られている状態では、普段とは違う姿を見せられる可能性がある。
授業参観の時に、親が見ているから気合を入れる先生や生徒と、同じようなものだと理解した。
言っていることはわかるが、それではどうすればいいのかと議論になった。
「それでは、バレないようにこっそりと見守りましょう」
澄香はいつもの微笑みとは違った様相を見せた。
悪戯をしかける子供のような笑みだった。
その結果、巨大段ボールの中から、風紀委員の様子を見守ることとなった。
そんなことが許されるのだろうかと貞彦は心配になったが、澄香はきちんと先生に許可を取りにいった。
相談支援部顧問の
さすがに断られるだろうと思っていたのだが、水無川先生から澄香に対する信頼は絶大なもので、二つ返事でOKがでたのだった。
「それにしても見ているだけっていうのも大変だね」
「だな。今のところ大きな動きはないしな」
わずかに開けた穴から、風紀委員の活動の様子を観察した。
甲賀は奥霧に「来月の風紀に関する標語ポスターを作れ。皆が規律を守ることができるような物をな」とわかるようでわからない命令をしていた。
奥霧は過去のポスターを見返して、今までどのような物が作られてきたのかを分析しているようだった。
やり方としては悪くない、そう貞彦は思った。
「奥霧くんが動き出したよ」
素直に言われて、貞彦も注目した。
一つの案が出来たため、甲賀に確認をしてもらうようだった。
甲賀は、素案を確認するなり、眉間にしわが寄り険しい表情になった。
「こんなもんはダメだ。『服装を崩すと取り締まります』という理由であれば、罰が怖くて規律を守るようになる。それではいかんのだ」
奥霧の目つきが鋭くなり、拳が震えていた。
「……じゃあどうすればいいんすか?」
「そんなもん自分で考えろ」
甲賀は慈悲のかけらもなしに、奥霧に素案を突き返した。
必死に怒りを我慢しているのだろう、足取りは乱れて動きも大げさなものになっていた。
「あの態度を見てると、奥霧やカルナがやる気を失くすのも、わかる気がするな」
貞彦は嘆息した。
「それはそうかも。だけど甲賀先輩の言っていることも間違っているわけじゃないよね」
罰が怖くて規律を守ることは違う。
そうではなくて、規律のことを正しく理解して、自らの心に従って守ること。そうでなければ、本当に規律を守るという精神は養われない。
素直に言われたことで、貞彦もなんとなく甲賀の考え方がわかったような気になった。
「でもやっぱり伝え方が良くないよね」
「それは俺も思った。スタンスは理解できるんだが、相手に正しく伝えるための努力をしていないって感じだな」
貞彦は澄香のことを考えた。
言葉は長ったらしいと感じることはあるが、それはきっと誤解をできる限り減らそうという、澄香の努力なのだと感じられる。
話をする雰囲気、言葉遣い、声のトーン、表情など、ありとあらゆる面で配慮を行っているんだと、改めて感じられた。
「カルナの方は……相変わらずだな」
カルナは風紀委員の活動報告書を作っている様子だった。
何をどうやって書けばいいのかわからないらしく、ペンを口の上に乗せながら、時折唸っている様子である。
その度に、紅島はカルナに声をかけに行っていた。
「カルナちゃん。どこがわかんないのかな?」
「活動内容ってとこに、何を書けばいいのかわかんないっす」
「例えばね、この前校門前で朝のあいさつができるようにっていう活動をしたでしょ。こちらからあいさつをすることで、相手もあいさつを返してくれることが増えると思うの」
「そーなんすか?」
「うん。お互いに朝からあいさつをすることで、朝から声を出して気持ちを上げることもできるだろうし、きちんとした礼儀も身に着けることができると思うの。それに、なんとなく気持ちいいと思う」
「そーいう理由があってやってるんすね」
「うん。一人一人が気持ちよくなってもらえれば、きっと心も綺麗になっていくんだよ。私たちの愛は、みんなに伝わっていくんだよ」
自分なりの愛に酔ったのか、恍惚とした表情で紅島は自分の席に戻った。
「なんか、まともなことを言ってるな」
貞彦が前向きに評価すると、素直はちょんちょんと貞彦の袖を引っ張った。
「言っていることはいいかもしんないけどね。ちょっと紅島先輩に注目してみて」
素直に言われて、貞彦は紅島を見た。
自席に戻ってからも、落ち着かずにそわそわしている。視線はカルナの方にちらちらと動き、何かしらの理由をつけて、立ち上がってはカルナの近くを行ったり来たりしていた。
紅島が近くを通るたびに、カルナは作業を中断してしまっている。なかなか集中が保たれていない様子だった。
「ね?」
素直の言いたいことを貞彦は知った。
「心配なのかもしれないけど、あれだけ近くをうろつかれたり、見られている感じが続くと、やり辛いだろうな」
「奥霧くんが紅島先輩をウザいって言ってた意味がわかっちゃったね」
「そういえば、前に澄香先輩が信用と信頼の違いについて話をしてたな」
「なんて言ってたの?」
貞彦は、澄香が伝えてくれた話を思い出そうとした。
「信用は、過去の実績や成果に基づくものだって。太田くんだったら、過去に文化祭を成功させたっていう実績がある。それに基づくものが信用」
「それじゃあ、信頼は?」
「信頼は、未来の行動を信じ期待すること。信用があるから信頼があるものであるかもしれないが、信用がなくても、この人ならきっと大丈夫だろう信じられるのが信頼だって」
「ふーん。そうなんだね」
素直の感想は、簡単なものだった。
適当に流しているわけではなく、何か考えている様子だった。
「そう考えると紅島先輩って相手を信用も信頼もしていない感じに見えるね」
素直の指摘の鋭さに、貞彦は驚いていた。
全部教えてあげるという姿勢は、まるで赤ん坊の世話をするようである。
相手に対する愛情がそうさせるのかもしれないが、ある意味では何もできない存在とみなしている。そのように見えてしまっていた。
「なんとなく、かみ合わない点が見えてきた気がするな」
「そうだね。澄香先輩に報告したいしそろそろ戻ろ……」
素直は途中で言葉に詰まり、貞彦は不思議に思った。
「素直?」
「わたしたちどうやって戻ればいいの?」
「どうやってって、普通にここから出ればいいんじゃ……」
そこまで言って、貞彦は気づいた。
風紀委員の面々には内緒で、見張っているというのが前提にある。
現在も風紀委員たちは活動の真っ最中である。現在は風紀に関する近況報告を行っている様子だった。
そんな中で出ていこうものなら、監視をしていたことがバレてしまうことは明白だった。
「ど、ど、ど、どうしよう」
貞彦は動揺した。
「どうしようって言っても活動が終わるまで待つしかないんじゃないかな。もう! そろそろ暑くて限界なのに」
まだ冷房のついていない会議室には、熱気がこもっていた。
ましてや狭い箱の中に二人きりの状態である。暑さを感じないわけがなかった。
蒸し風呂に入れられているような暑さで、ワイシャツにも汗が滲んでいる。肌に張り付く気持ち悪さにも、じっと耐えなければいけなかった。
素直も限界が近いらしく、呼吸が浅く、激しくなっていた。
充満する熱気、強くなる呼吸音。密着している上腕の湿り気。
改めて意識してしまうと、別の意味でもおかしくなりそうだった。
「あーもう限界」
素直はそう言って、無理やり制服を脱ぎ始めた。
「おい。お前こんなところで」
「もう限界だよ。それに脱いだのはブレザーだけだからさ」
素直はなんでもないことのように言ったが、暗闇に目が慣れて、わずかな光でも箱の内部が見えるようになっていた。
そのせいで、素直に張り付くシャツが透けて、上半身の柔肌をわずかに視認した。
貞彦は壁に頭を打ち付けた。
「貞彦先輩何やってんの!?」
「おま、だって、透け」
素直は、貞彦の言いたいことを瞬時に理解した。
素直は一瞬で蒸発しそうなくらいに真っ赤になった。
とても珍しい表情だと貞彦は思った。
「み、み、見たなー。お兄ちゃんにも見られたことないのに!」
「悪かった。悪かったから。ごめんって」
貞彦はひたすら謝ることにした。
本音では自分が悪くないと思っているが、感情的になった相手に対しては、何を言っても無駄なことを理解していたからだ。
素直は冷静さを失い、声が大きくなっていたのだが「最近では校内でカップルどもが横行している現状を見過ごせない。学生の本分とは勉学にあり!」と甲賀が大声で持論を振りかざしているため、まだ二人は気づかれていなかった。
素直はついに貞彦の胸元を叩きだした。
「信頼してたのに貞彦先輩のえっち」
「信用はしてねえのかよ」
「微妙に信用はしてないよ。心せまいし」
貞彦は微妙にショックを受けた。
素直は、そんなことはお構いなしに続けた。
「せきにん! せきにんとってよ!」
「どうやってとればいいんだよ」
「わかんないよ!」
その時、素直はバランスを崩し、地面に倒れそうになった。
咄嗟に貞彦は素直の手を掴み、地面に叩きつけられることを防ぐため、自ら地面に向かって倒れこんだ。
二人を覆っていた箱は吹っ飛び、貞彦は素直を抱え込んだままに背中から床に落ちた。
衝撃に呼吸が止まる。痛みに耐えながら息を吐きだし、なんとか呼吸を整えることができた。
「なんとかなったな」
「何がだ?」
地獄から響きそうな低音を耳にした。
恐る恐る声の方へ向いた。
風紀委員の面々が、貞彦と素直を見つめていた。
「これにはワケがありまして」
こんなセリフを言う奴なんかいるのかと思っていたが、咄嗟の場面ではこんな言葉しか出てこないんだと、貞彦は実感していた。
「ほう。言ってみろ。風紀委員長としては、風紀を乱すような行動は見過ごせんからな」
実は風紀委員の方々がどうやって指導を行っていたのか内緒で監視させていただいてました。
言えるわけがなかった。
「違うよ。わたしたちは依頼を達成するためにここにいただけで決して風紀を乱すようなことはしてないよ」
素直は起き上がり言い放った。
しかし、残念ながら体勢が悪かった。
倒れこんだ体勢から起き上がったことで、素直は貞彦の腰辺りにまたがっている格好となっていた。
貞彦は両手で顔面を覆った。
「そんな状態で信用できるかああああああ。貴様らが風紀を乱してどうすんじゃああああああああ」
貞彦はぐうの音もでなかった。
早くここから逃げたいと思っていると「美しい愛だね!」と艶っぽい声が聞こえた。
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